炎の中で(前編)
「リオちゃん!会いに行くんでしょう?女王に」
フィレアが夜になっても布団の中でまるまって起きないリオに言った。
昨日の件で、すっかり疲れてしまったようで、ついつい夜まで寝てしまっていた。
「うーん‥‥あっ!そうでした‥‥!すっかり寝てましたーーって、もう夜なんですか!?」
リオはそう言うと、慌てて起き上がる。
◆◆◆◆◆
「あの、皆さんは女王様がなぜ、余所者や貧乏な人を嫌うのか知ってますか?」
フィレアが用意した夕食のシチューを口にしながら、リオはフィレア、アイム、ハトネに聞いた。
「さぁ。理由なんてないんじゃないかしら。ただ、差別だとか毛嫌いしてるだけなんじゃない?」
フィレアが言い、
「んー‥‥そういえば私、聞いたことあるかも」
ハトネが言って、リオとフィレアは不思議そうに彼女を見る。
「なんだったかなぁ。確か、女王様の旦那さんがただの庶民で、他国から来た人だって聞いたよ」
「女王様の旦那さんってことは‥‥王様?」
リオは首を傾げた。
ハトネは噂を聞いただけだからと、苦笑いをして頷く。
「私がこの国に来た頃には王様は亡くなられていたから‥‥知らないわ」
フィレアが言えば、
「その噂は本当だよ」
と、アイムが言った。
「この国の王は、この国の外から来た男で、ただの庶民だったんだよ」
「そうなの?おばさん」
フィレアはそんな話を初めて聞くので、興味津々に目を丸くする。
「庶民と女王がどういった出会いをしたのかは知らないけどねぇ。二人は互いに愛し合ったようだよ」
「あの女王が‥‥庶民と」
フィレアは耳を疑った。
「王は、とても優しく立派な人だった。庶民だった彼のお陰で、この国が、長きに渡る貧困の差が変わろうとしていたんだよ。だがね、王は十年以上前に悲惨な死に方をしたんだ」
アイムのその言葉に、三人は息を呑む。
「国民が、フォード国の貴族達が‥‥王を認めなかった。『たかが庶民の分際で、女王の隣に居ていいはずがない』とね。だから、王はそんな奴らに殺されたんだよ。たった一撃‥‥レイラ王女が二歳になる誕生日の式の日に‥‥不意打ちだよ。後ろから剣で、王の胸をグサリーーとね」
王と一緒にいた頃の女王は、それはもうお優しかったとアイムは語る。
若かった為、貧困問題をどうすることも出来なかったが‥‥それでも今よりはまだ、マシだったと。
だけど、王が殺されてしまった。
ただ、身分が違う。
ただ、住む国が違う。
ただ、それだけで。
だから女王は変わった。
その事件から、庶民や余所者を嫌い始めたらしい。
それを聞いたリオは、
(ううん‥‥嫌いと言うか、関わりたくないのかもしれない。もう、そんな悲劇を味わいたくないんだと思う‥‥)
そう感じる。
そして数年前に、女王はあの制度を作ったそうだ。
リオは一人、頭の中を整理させる。
「なっ‥‥何よそれ!同情なんか、できないわよ!」
フィレアが言葉を詰まらせながら言い、リオは昨日の件で、フィレアの気持ちもわかっていた。
「私、行きます。女王様のところに。今の話を聞いて、行かなきゃいけないと思いました!余所者の私だけなら、皆に迷惑はかからないだろうし!」
リオはそう言って微笑む。
「リオ君‥‥」
「リオちゃん‥‥」
ハトネとフィレアが心配そうにリオを見る。
「リオや」
アイムに呼ばれ、リオは微笑みながらアイムを見た。
「お前のその真っ直ぐな心は、いつしかお前を闇に追い込むかもしれないよ。それでも今、行くのかい?」
意味深な言葉に、リオは少し戸惑ったが、
「はいーー!私はこの間違いを、なくしたい!」
その言葉に、アイムは静かに目を閉じる。
「懐かしいね‥‥昔、お前のような少年に出会ったよ。この国を変えたいと言ってくれた、優しい少年との約束を‥‥」
「‥‥アイムさん?」
どこか寂しそうに話すアイムをリオは心配そうに見つめた。
「行っておいで、リオや。気を付けてな」
その見送りの言葉に、リオは大きく頷く。
ーーとても、穏やかな時間だった。
だが、
「フィレアさん!アイムさん!大変だよ‥‥!」
その声に、一気に穏やかだった空間は緊迫感に包まれる。
昨日の銀髪の少年、ラズがアイムの家のドアを開け、叫んだ。
彼は昨日負った傷のせいで、体のいたるところに痛々しくも包帯やテープを貼っている。
「ラズ坊や?どうしたんだい、そんなに慌てて‥‥」
アイムがそう聞くと、
「しっ、城がっ‥‥フォード城が‥‥!」
ラズはそこから先の言葉が出ないようだ。
「ラズ、落ち着いて、ゆっくりでいいから」
フィレアのその言葉に、ラズは呼吸を落ち着かせ、
「フォード城が燃えてるんだ‥‥!!」
やっと出たその言葉に、一同は目を見開くことしか‥‥口をぽかんと開けることしかできなかった。
しばらくして、リオの頭の中に一つのことが浮かぶ。
(レイラちゃん‥‥)
城の中には、彼女がいるのでは‥‥
リオの脳裏に嫌な考えばかり浮かんでくる。
「とっ、とにかく行ってみましょう!」
フィレアがそう言った。
◆◆◆◆◆
辿り着いた場所は、真っ赤に染まっている。
ごうごうと、城は激しい炎に包まれていた。
リオとフィレア、ハトネとアイム、ラズの五人は、燃え上がる城を見つめる。
当然、民衆たちも城を見つめていた。
「なっ‥‥中には、中にはまだ誰かいるんですか!?レイラちゃ‥‥王女様は!?」
リオは近くにいた男に必死になって尋ねる。
「あっ‥‥ぁあ‥‥中にはまだ、恐らく女王様や王女様が‥‥?って‥‥お前らは‥‥!!」
男はリオ達を見て驚いた。
その姿に、ラズはビクッと肩を揺らす。
なぜなら、その男は昨日、散々ラズを蹴り飛ばした男だったからだ。
「わかったぞ!昨日の腹いせにお前らが城に火を放ったんだな!?それしかねぇ!」
男がそんなことを言うので、民衆はリオ達を見る。
「なっ、そんなわけっ‥‥」
フィレアが反論しようとしたが、
「今は誰がやっただとかそんなことを言ってる場合じゃない!この中にまだ人がいるかもしれないんですよ!?それをあなたは見ているだけなんですか!?」
リオは男にそう言葉を投げ掛けた。
それから男を睨み付けた後で、ふいっと顔を逸らし、
「私、行きます!この中にはもしかしたら、私の友達がいるかもしれない。それに、助けを求めてる人がいるかもしれないんですよ!子供の私にだって‥‥そんなことぐらいわかります!」
リオはそう言って、燃え盛る火の中に飛び込んで行く。
「リオ君!待って!!」
「リオちゃん!」
ハトネとフィレアが追おうとしたが、
「あの中に行くのは危険だよ」
と、アイムがそう言って、静かに二人を止めた。
「でっ‥‥でも!」
ハトネもフィレアも戸惑うが、
「あの子は自らこの道を選んだ。大丈夫‥‥あの子はきっと、強い娘だよ」
アイムはそう言い、
(力が強いんじゃない。そう、あの子の強さはきっと‥‥あの人と同じで‥‥)
◆◆◆◆◆
「うっ‥‥げほげほっ」
酷い煙のせいで、すぐに喉がやられてしまう。
「ぐっ‥‥レイラちゃん‥‥レイラちゃん!」
それでも、リオは必死でレイラの名前を呼んだ。だが、返事はない。
「レイラちゃん!!女王様‥‥女王様っ!!」
どちらの返事も返ってこない。
「はぁ、はぁっ‥‥くっ‥‥レイラ、ちゃん‥‥ーーえ?」
どこからか、誰かの叫び声が聞こえたような気がした。
すると、
「リオ。戻りなさい、リオ」
ーーと。
「えっ‥‥道を、開く者‥‥さん!?」
どこからか、道を開く者の声が聞こえた。姿は見えないが‥‥
「リオ、戻りなさい。その扉を開けば、あなたのこれからの人生は大きく‥‥不幸へと導かれるでしょう。だから、そうなる前に」
「‥‥扉?」
リオは目の前にある大きな扉を見た。
「この中に、レイラちゃんが‥‥?」
リオは頭がぼんやりとしているせいか、無意識に扉を開けようとする。
「‥‥行くのですね、リオ」
幻聴だったのか、道を開く者の声が消えていく。
止められているはずが、どこかこの扉の先に行けと促されたような気分にもなる。
そしてリオは扉を開けた。