裏側
フィレアに協力すると言ったリオだが、戦いを避けて、カシルとなんとか話すことができるならーーと、リオは思う。
だが、カシルと話すにしても、貴族でもない自分達は行事がないかぎり城には入れないし‥‥カシルがいたとしても、傍には必ずレイラがいる。
なんとかレイラのいない場所で、彼女を巻き込まないようにして事を進めたいと感じた。
本当なら、レイラのことも、カシルのことも放っておいていいはずなのに。自分には何も関係ないはずなのに‥‥
なんでこんなことをしようとしているんだろう?
自分は何をしようとしているんだろう?
そう、リオは静かに思う。
(カシルさんがこんなに一定の場所にとどまるなんて‥‥シュイアさんが六年かけても見つからなかったっていうのに‥‥)
リオは宿屋の部屋を片付けていた。
(そろそろ私もここから出よう。さすがに一ヶ月以上も泊まってたんだ。なんだか怪しい客だよね)
そう思い、リオは一人、苦笑いする。
(カシルさんに何を話せばいいんだろう。目的を聞いて教えてくれるような人じゃないし。それになんでか知らないけど、レイラちゃんの前じゃ私と知り合いなんかじゃないって言い張るしなぁ‥‥まあ、知り合いとも言えないかー)
リオは荷をまとめ、部屋から出た。
「終わった?」
ーーと。
部屋の外にはフィレアが立っていた。
リオは頷き、手に持った少ない荷物をフィレアに見せる。
「そっ。じゃあ、行きましょうか」
フィレアはそう言って、リオと宿を出た。
これからはしばらくの間、フィレアの家に泊めてもらえることになったのだ。
ーーフォード国。
街中の誰もが綺麗に着飾っていて、品があり、何不自由なく育った者達だらけの活気ある街。
‥‥そう、思っていた。
だが、『裏側を見た』とでも言うのだろうか。
『フォード国内の隅っこにあるフォード国』と言ってもいいだろう。
とある細長い路地裏を歩き、辿り着いた場所。
そこに住まう人達は、ボロボロの服を身に纏い、痩せ細った人が大半で‥‥
家が半壊しているところもあれば、家さえない者もいるようだ。
「ここは、なんて言うかな。貧困街って言ったら分かるかな」
フィレアは「うーん」と考えながら言い、
「簡単に言えば‥‥貧乏人の住んでる場所よ」
次に厳しい顔をして続ける。
「え‥‥どうして?国の人達は皆‥‥」
「皆、金持ちだと思ったでしょう?違うのよ。そうじゃなかったのよ」
フィレアは拳を強く握り、
「私はここに住んでるの。十年前からね」
ーー‥‥十年前。
確か、フィレアの家族が、住んでいた村が奪われた頃、シュイアに助けられたと言っていた時期だ。
「シュイア様がね、身寄りのなくなった私を引き取ってくれる人を探してくれたの」
「シュイアさんが‥‥」
彼は、無口で冷たいように見えて、本当はいつだって優しいのだーーそれは昔も今も同じなのだなと、リオは感じる。
「その引き取ってくれた人が‥‥」
「フィレア」
フィレアが言葉を続けようとしたら、誰かが彼女の名前を呼んだ。
「あっ、アイムおばさん!」
フィレアはその姿を確認すると、その人に笑顔で手を振る。
「あの人よ。私を引き取ってくれた人は」
フィレアは微笑みながら、小声でリオに言った。
リオはその人物に視線を移す。
もう、八十代ぐらいであろう老婆だ。
杖をつき、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
「アイムおばさん!無理しないで」
フィレアがアイムの傍に駆け寄り、体を支えてやった。
「おお‥‥フィレア。お前の友達かい?ずいぶん小さな友達だね」
アイムはリオを見ながらフィレアにそう聞けば、
「えっと‥‥そういうわけではなくて‥‥」
フィレアは困ったような顔をする。
「あっ、あの、初めまして。リオと言います」
リオはアイムの前まで歩み寄り、挨拶をした。
「初めまして、お嬢さん。私はアイム。こんな年寄りだけど、フィレアの親代わりみたいなもんだよ」
そう、アイムは笑う。
皺だらけの顔に、更に皺が増えた。
その笑った顔がとても、あたたかいなと、リオは思った。
「アイムおばさん、あの‥‥今日はお願いがあって‥‥」
フィレアは申し訳なさそうに本題を切り出す。
「なんだい?フィレア。お前が頼み事だなんて珍しい、言ってごらん」
アイムが優しく微笑みながら聞けば、
「この子、シュイア様の知り合いなの」
フィレアがリオを見ながら言った。
「‥‥シュイア?‥‥はて」
アイムが首を傾げるので、
「覚えてるかしら?アイムおばさんに私を紹介してくれた男の人‥‥」
フィレアの言葉を聞いたアイムは少し時間をかけて記憶を探り、
「ああ。十年ほど前の、あの青年か」
アイムは思い出したようで、ぱあっと笑顔になり、
「おお、おお‥‥そうか‥‥あの青年の知り合いか」
それを知ると、アイムはリオを見て嬉しそうにした。
アイムがあまりに見てくるものだから、リオは恥ずかしくなり、落ち着きなく目をちらつかせている。
「それで、この子も私と同じように親がいなくて、それで‥‥」
「もちろん構わんよ、フィレアや」
「えっ?」
フィレアはまだ本題を何も言っていないのに、アイムが納得したように言うので、
「おばさん‥‥私、まだ何も‥‥」
「その子もお前と同じように私の家で暮らそうと言うのだろう?」
言い当てられたフィレアは、驚きながらも頷いた。
「あの!この子の生活費とかは私がなんとかするから‥‥アイムおばさんには絶対に迷惑をかけないから、だから‥‥」
フィレアが必死で訴える姿を見て、なぜ、出会ったばかりの自分のことでこんなに必死になってくれるのか‥‥
リオは不思議だった。
「あっ、あの‥‥ずっといるわけじゃないんです。一ヶ月だけで構いません。この国でやらなければならないことがあるんです。だからそれまで、フィレアさんにもアイムさんにも絶対ご迷惑をかけないようにします」
リオもそう頼み込む。
この国でのリオの目的は三つ。
カシルの目的を突き止めること。
カシルをレイラから引き離すこと。
カシルがこの国にいる間に、なんとかシュイアを見つけて連れてくること。
ーーどれもリオにはまったく関係のないことだ。
得することなんて何もないはず。
リオはただ、前の暮らしを求めただけだった。
シュイアと旅していた頃の暮らしを。
たった一人の、家族との暮らしを‥‥
「おやおや二人共‥‥そんなに頭を下げて。私は駄目だなんて一言も言っていないよ」
アイムのその言葉に、二人は顔を上げた。
「え?じゃあ‥‥」
フィレアが目を大きく開いて聞くと、
「リオと言ったね。好きなだけ居るといい。ただ、見ての通りここでの暮らしは裕福でないが‥‥それで良ければの話だがね」
アイムは細長い目でリオを見つめ、笑ってそう言ってやる。
「ぜ‥‥全然、そんなの構いません!家で暮らすということだけで、私には贅沢ですから‥‥それよりもその‥‥本当にアイムさんに迷惑はかかりませんか?」
リオは申し訳なさそうにアイムを見た。
「なあに。家族が増えたーーただそれだけのことだよ。さあ、フィレアや。この子を家に案内しておやり。私は今から散歩でね」
アイムはそう言って、空を眺めながら歩き始める。
しばらく二人はアイムの後ろ姿を見つめ‥‥
「いい人‥‥ですね」
リオは静かに言った。
「ええ。シュイア様が十年前に言っていたわ」
フィレアはこの十年間、自分の育ってきた場所を見つめ、
「『裕福な生活を送る者よりも、必死に生きて行く者の方が本当の優しさを知っている』ってね。」
シュイアの言葉を思い出しながら、フィレアは目を閉じる。
「本当の、優しさ‥‥」
リオは小さく呟いて、レイラのことを思い出した。
(レイラちゃんは裕福な生活を送って過ごしてきたんだよね。だけど、レイラちゃんは優しいと思う)
リオは俯き、
『私も、皆と一緒がいいの。王女なんて立場よりも‥‥』
以前のレイラの言葉が蘇る。
(それは、裕福な暮らしをレイラちゃんが望んでいないからなのかな?)
リオは自分の中に疑問が生まれたことに気付き、
(どうして私は会ったばかりの彼女をこんなにも気にかけているんだろう?彼女が本気なのか冗談なのか私を友達だって言うから‥‥)
リオは目を閉じる。
シュイアと六年間旅して来て、毎日毎日、新しい場所に移って。
フォード国が、この国が初めてだった。
こんなに長い間いた場所は。
そして、ここ最近は不思議なことばかりだった。
たくさんの人と出会って関わった。
ハトネに出会った。
カシルに出会った。
レイラに出会った。
フィレアに出会った。
アイムに出会った。
そして謎の女性‥‥【道を開く者】に出会った。
そしてその中で、ハトネとカシルと道を開く者は、どことなくリオのことを知っているような素振りを見せる。
そして、ハトネとレイラとフィレアは、なぜだか出会ったばかりのリオに親しくしてくれた。
カシルとフィレアとアイムはシュイアを知っている。
カシルとレイラは接触を持っている。
ーー繋がっている、この出会いは、繋がっている。
リオはそう感じた。