最後の時間
楽園と呼ばれる塔に向かう前に、それぞれ食事を済ませ、スノウライナの街で武具類や道具を整えることにした。
「フィレアさん、この槍はどう?短めで邪魔にならないんじゃない?」
「そうねえ‥‥」
「って言うか、なんで僕と出掛けてるの?」
二人で武器屋にいるのはいいが、なぜだっけとラズは言う。
「嫌なの?一応、幼馴染みたいなものじゃない。歳は離れてるけど」
「うーん‥‥今ならシュイアさんフリーだし、てっきり『シュイア様ー』って、シュイアさんにくっつき回るかと‥‥いたっ!!」
ぺしっと、フィレアに頭をはたかれて、
「じょっ、冗談だってば‥‥何も叩かなくても」
「そういうラズこそ!クリュミケールちゃんのところに行かなくていいの?好きなんでしょ」
そう言われ、ラズは頭を掻き、
「はは‥‥まあ、お互い様、だね」
と、苦笑した。
フィレアはシュイアとリオラの過去を見た。
ラズはクリュミケールとシェイアードの絆を見た。
「私がフォード国に、シュイア様に連れられてアイムおばさんと会った時、私はまだ十二歳で‥‥それから二年後に‥‥ラズが‥‥あら?」
フィレアとラズは歳が十四歳離れている。と言っても、五年前にフィレアはエルフの血を飲み、時の流れが歪んだ。
実際ならば三十四歳になるが、今は二十八歳まで時を刻んでいる。
しかし、年齢は別にいい。妙な違和感が浮かんだ。
(ラズのお母さんは、昔から貧困街にいた。そういえば、お父さんは‥‥?私、ラズが生まれた瞬間を、知らない‥‥?)
フィレアは思い出せなかった、ラズが赤ん坊だった頃を。
不思議そうにラズを見つめると、彼は金の目をふわりと細め、
「でも、フィレアさん綺麗になったね。性格も、昔は無鉄砲だったけど、クリュミケールさんの言ったように、いいお姉さんになった」
「なっ‥‥」
「僕は君の成長を近くで見てきたからね、よく知ってるよ」
自分より年下のラズに言われ、
「ラズってたまに、年寄りみたいなこと言うわよね、二十歳のくせに」
フィレアが肩を竦めながら言うと、ラズはにこっと笑う。
そうしてフィレアは疑問を振り切り、ラズと共に、再び武具類を見て回った。
◆◆◆◆◆
「僕も武器、買わなきゃダメなの?」
「一応な」
街中を歩きながら、カルトルートはため息を吐く。隣にはクリュミケールとレムズ、アドルとリウスが歩いていた。
魔物に遭遇した時は、魔術の使えるレムズが助けてくれていたらしく、カルトルートは戦いの経験があまりないらしい。
その為、一緒に武器選びをしようという流れになったが、各々どこかに行ってしまって、残ったこの面子で行こうということになった。
「アドルって十五歳なんだっけ?」
カルトルートに聞かれ、アドルは頷く。
「でも、戦えるんだよね‥‥すごいなぁ」
カルトルートは再びため息を吐き、
「カルトルートは二十歳だったよな?ラズと同じ歳か」
と、クリュミケールが言った。
「って言うか、結局なんか僕らも行く流れになってるし‥‥なんなんだよ、【神を愛する者】ってさぁ」
ーー遡ること数十分前。宿屋に再びイラホーが現れ、一同に最終確認をしに来た。
本当に、サジャエル達を討つ勇気があるのかと。
それに、もちろん一同は当たり前だと返し、そこでカルトルートが聞いたのだ。
自分とレムズはどうしたらいいかと。
「カルトルート‥‥【神を愛する者】。楽園へ共に行きなさい。あなたにも、必要なことだから」
と、イラホーはそれだけを言った。
それを思い出し、
「確かに、イラホーもはっきり教えてくれたらいいのにな。カルトルートのこと、何か知ってるっぽいし」
クリュミケールが言い、
「いやいや‥‥僕はお姉さん達みたいに神様とかそんなのと全く関係ない人生送ってきたんだけど‥‥」
「あはは、それならおれもだよ!おれだって普通の人生だったのに、今は驚くことだらけなんだから!」
カルトルートの言葉に、アドルが明るく笑って言うので、アドルの‥‥ニキータ村の惨事に関わったクリュミケールとリウスは唇を噛み締める。
「あっ、あれ!?二人とも!やめてよそんな暗い顔!ほらっ、カルトルートさんの武器を買いに行かなきゃ!ねっ、行こっ!」
アドルはリウスの手を掴み、街中を走った。クリュミケールはその背中を見つめ、
「‥‥はぁ。アドルは強いなぁ」
と、苦笑いをする。
「なっ、なんかごめんね、僕がぐだぐだしちゃって‥‥雰囲気悪くしちゃって」
カルトルートが申し訳なさそうに言うので、
「いやいや!カルトルートは悪くないだろ。だって、レムズと成り行きでここまで、なぁ。なんか、本当に巻き込んじゃって悪いな」
クリュミケールは困ったように笑った。すると、
「‥‥上を見てみろ」
と、今まで黙っていたレムズが二人に言い、クリュミケールとカルトルートは不思議そうに雪空を見上げた。
雲の隙間が少しだけ開き、曇った空の隙間に、光がちかちかと見え隠れしている。
「わあっ、きれい」
素直にカルトルートはそんな感想を漏らし、クリュミケールも頷いた。
クリュミケールはたくさん旅をして、歩いて。色んな空を見上げてきた。
きっと、カルトルートとレムズも。
(レイラ、女王様、シェイアードさん、ニキータ村の皆‥‥必ず、決着をつけてくるよ、ロナスだけは、オレが絶対に‥‥)
◆◆◆◆◆
「‥‥ウサギさんだぁ!」
ハトネは宿屋のソファーに座りながら、テーブルに置かれた皿を見て目を輝かせた。
ウサギの形に切られた林檎が二つ乗っている。
「キャンドルさん、器用なんだね、男の人なのに!」
と、宿屋にはハトネとキャンドルだけが残っていた。
目覚めたばかりのハトネには当然、未来と過去で、神としてのハトネに出会った話はしていない。恐らく、ハトネ自身も自分の正体を忘れているのだろう。
あの遺跡のせいでハトネが気を失ったのかどうかはわからないが、クリュミケール達は楽園に向かうまではハトネに安静にしているようにと伝えた。
キャンドルは特に武具類を揃える必要はなかったそうで、一緒に宿屋で待っておくということになり、この現状だ。
「妹が体が弱かったからな、俺がよく料理当番してたんだよ」
と、キャンドルは答える。
「へえー、妹さんかぁ‥‥皆、それぞれ家族がいるんだね。血が繋がっていても、繋がってなくても」
フォークで林檎を刺しながら口に運び、ぽつりと呟いた。
「でもよ、お前にとっちゃ、クリュミケールが家族みたいなもんなんじゃないのか?よく知らねーけど、フィレアやラズとも付き合い長いんだろ?」
「うん‥‥」
「まあ、クリュミケールのことが好きなんだっけ?ライバル多そうだよな!」
キャンドルに言われ、
「うん。クリュミケール君は私を助けてくれたから、大好き‥‥!でも、今は、フィレアさんもラズ君も大好き!シュイアさんもアイムさんもカシルさんも‥‥カルトルート君もレムズさんも、出会った皆、すごく、大好き!クリュミケール君の友達のアドル君とキャンドルさんも、友達だよ!」
林檎を頬張りながら、ハトネは幸せそうに話す。
「!」
嘘偽りのない彼女の言葉と笑顔に、キャンドルは目を丸くした。
(クリュミケールもアドルもだが‥‥こいつらは本当に、素直っつーかなんというか‥‥子供の集まりだよなぁ)
キャンドルはクスッと笑い、神様かもしれない少女の前に座り、
「ほらっ、林檎ジュースも作ったぜ」
と、グラスを差し出す。
「りっ、林檎尽くしだぁー!?」
ハトネは思わず大きな声を出した。
◆◆◆◆◆
「それで、昨日はあれから話したのか?」
街中にあるテラス席に座りながら、シュイアがカシルに聞くと、
「ああ。ちゃんと話した」
「どうだったんだ?」
「‥‥別にいいだろ、お前には関係ねーし」
追求してくるシュイアに悪態混じりにカシルが答える。
「言っただろう。リオは抜けているところがある。他人のことには敏感だが、自分に向けられる感情はいまいち理解していない。だから、俺にもずっと騙されていたんだーー口にしないと伝わらない」
シュイアがそう言い、
「騙す、か。くくっ‥‥シュイア、お前はどこからどこまでが偽れていたんだか」
カシルはフォード国でシュイアと二度対峙した時を思い出し、そう言ってやる。
しばらく雪を見つめ、静寂に包まれる中、
「‥‥俺は、もしリオラを救えるのなら、死ぬ覚悟も持っている」
そう、シュイアが言って。
「あの日サジャエルについて行ったことを、後悔はしていない。俺は自分で選び、リオラと出会い、ここまで来た。だが、それでも‥‥道は交わったんだな」
「‥‥」
シュイアの言葉にカシルは微笑し、
『いつかこうしてまた、同じ道を行けるように』
幼き日に聞いた、クリュミケールの言葉を思い浮かべる。
(まるで全部、この日の為の布石のようだな‥‥)
そんな風にさえ、今では思えてしまう。
◆◆◆◆◆
それぞれに準備を整えた一行は、宿屋に足を進めた。
サジャエルやロナスと決着をつける為、リオラを救う為、それぞれの思いや決意、約束を抱え、神々や英雄という、遥か遠い昔の人々が繋いできた道を、知らず知らずに歩いていた。
〜第七章〜遠い約束〜〈完〉