それぞれの時間
「へえー!そうなんだ、リオラさんが‥‥」
アガラの町の小さな定食屋。
アドル達の様子を見に、カルトルートとレムズが立ち寄り、アドルとキャンドルの四人でテーブルを囲んでいた。
「それで、リオラさんは?」
カルトルートに聞かれ、
「カシルさんが言うには、偶然シュイアさんが来たらしくて‥‥たぶん、そのまま二人でどこかに行っちゃったみたいなんです」
アドルはそう話す。
「そっか‥‥良かったね、シュイアさんとリオラさんが無事に会えて。でも、お姉さんと‥‥その‥‥」
カルトルートは言いにくそうに俯いて、クリュミケールとリウスのことを言いたいのだろう。
アドルはニコッと笑い、
「リウスは帰って来た。だから、次はクリュミケールさんが帰って来るのを待つだけです。ニキータ村が元の形に戻る頃にはきっと‥‥」
そう、笑顔のまま言った。カルトルートは困ったような顔をしながらも微笑んで頷く。
「‥‥カシルはどうした?」
「あいつ、力があるじゃん?アガラの町でこき使われまくってるよ」
レムズの問いに、キャンドルがおかしそうに笑って答え、
「荷物運びに畑作業、時には爺さん婆さんが経営する店の手伝い‥‥ってか、なんか昔はそういうのしてたらしくて、確かに手際がいいんだよな。ちゃんとバイト代貰えるみたいだし。それにーー‥‥」
「女の子からお姉さん、おばあちゃんにまでモテモテ!」
キャンドルの言葉の続きをアドルが言い、それに、
「確かに、カシルさんカッコいいからね‥‥でも、お姉さん一筋なんでしょ?」
カルトルートは笑って返した。
「あっ、そういえば気になってたんです。二人はずっと旅してたんですよね?これからもなんですか?」
アドルに聞かれ、カルトルートとレムズは横目でお互いを見た後、
「いろいろあってね。偶然、レムズと出会って、腐れ縁で旅してるだけ、かな」
濁すようにカルトルートが言い、
「‥‥俺は、世界で最も綺麗な場所を探して旅をしている」
レムズがそう言うので、アドルとキャンドルは不思議そうに目を丸くする。
「昔‥‥友達がいた‥‥人間の。その人の墓を作る場所を‥‥探して、いる‥‥約束、だから」
レムズの話からして、その友達はすでに故人であることがわかった。それに、人間の友達。
エルフと魚人のハーフというレムズは、差別されて来たと聞いていた。
人間の友達ということは、レムズにとって、とても大切な人だったのだろうとアドルとキャンドルは推測する。
「まあ、僕もそれに付き合ってる感じ。綺麗な場所はたくさんあるけど、レムズが望むような綺麗な場所はないみたいでさ‥‥難しいよね」
カルトルートは苦笑いをした。
「綺麗な場所‥‥かぁ。だったら、いつか再建したニキータ村とかどうですか?絶対に綺麗ですよ!はははっ」
アドルが冗談混じりにそう言うと、
「‥‥考えて、おくよ」
小さく笑い、レムズは返す。
「それに、カルー‥‥もう、何年も付き合わせた。無理に、着いてこなくて、いいんだぞ」
「別に無理なんかじゃないよ。ここまで付き合ったんだ。お前の旅の最終地点まで、最後まで付き合うさ」
コツンと、カルトルートはレムズの胸を拳で軽く小突いた。
◆◆◆◆◆
「じゃあ、カシルさんによろしく伝えておいてよ。ニキータ村が元通りになった頃、また会いに来るね」
アガラの町を発つ際、カルトルートはアドルとキャンドルにそう言い、二人は頷いて、カルトルートとレムズを見送った。
なんだか寂しい気持ちになりながらも、アドルとキャンドルもいつもの日常に帰っていく。
本当に、あの戦いの日々は今思えば夢みたいだ。
◆◆◆◆◆
青空の下、フィレアは花束を抱え、自分を育ててくれた彼女の墓に花を供えていた。
墓に向けて微笑み、ふと顔を上げる。隣の家の二階の窓のカーテンが閉まっていることに顔をひきつらせた。
慣れた手順で家に入り、どすどすと階段を上がる。扉の前で立ち止まり、バンッーーと、勢いよく開けた。
「ラズーー!もう真っ昼間よ!?」
「‥‥うーん‥‥まだ早いよぉ」
フィレアは布団から出ようとしないラズを見てため息を吐き、
(本当にこれが妖精王ってやつなのかしら!)
そう思いながら一階に戻り、一室を覗く。
そこにはベッドに端座位になり、窓の外を見ているラズの母親の姿があった。
『偽りだったんだよ、全部ーー!ははっ‥‥あの母親だって偽物さ!子供の姿をして‥‥創造神も三女神も見つけられずにさ迷っていた私を孤児か何かだと勘違いして、自分の息子だと育て始めた、病弱な女なんだよーー!』
フィレアはあの時のラズの言葉を思い出す。
ーーシュイアに連れられてフォード国に来た、当時十二歳のフィレア。
その時にすでにラズの母親は暮らしていた。
少しずつ思い出す。本来ならその二年後にラズが生まれるはずだが、そうではない。
数年後に、ラズの母親は子供の姿をしてフォードを訪れていたザメシアを見つけ、孤児と思い、彼にラズと名付けて育てた。
しかし、フィレアはそれを全く覚えていない‥‥と言うよりも知らない。ラズが自分になんらかの記憶の操作をしたのかと思い聞いたが、
『君は初めて見た時からやんちゃくちゃで、シュイア様シュイア様と言ってはフォード国を飛び出していたよね。はっきり言うけど‥‥あの頃の君は周りのことなんか全く見てなかったよ。世界の中心はシュイアとアイムさんだけってね』
と、鼻で笑われた。
ラズと共にフォード国ーーレイラフォードに戻ってからも、ラズとラズの母親はいつも通りの生活をしている。
なぜなら、ラズの母親はラズの正体を知らないからだ。ラズも、彼女の前では子供のままでいるからだ。
「あら、フィレアちゃん。あの子、まだ寝ているのね」
ラズの母親が扉の前に立ち尽くしていたフィレアに気づき、柔らかく笑う。
「ーーおばさん。昼食の準備は私がしますね」
ラズの母親は変わらず身体が弱かった。生まれつきだそうで、動きすぎると喘息が出る。
たまに外出はするが、ほとんど家の中での生活だ。
だから、ラズの事情を知ってしまったからでもある。
隣同士ということもあり、フィレアは毎日ラズの家を訪れ、家事の手伝いをしていた。
「フィレアちゃんみたいなお嫁さんが来てくれたらいいのにね」
と、冗談か本気か、ラズの母はいつも言う。
「ふふ。でも、私とラズは歳が離れていますし‥‥」
「うー‥‥おはよー」
話の途中で、まだ眠そうな顔をしたままーー更には寝間着のまま、ラズが目を擦りながら階段を下りてきた。
「‥‥ラズ!なんなのそのだらしのない格好は!」
「わわわっ‥‥フィレアさん来てたの」
「さっき起こしに行ったでしょう!?」
最近では、もう毎日あたりまえとなってしまったこの光景。
ーーラズは思わなかった。
こうして、何にも縛られず、普通に暮らせる日が来るだなんて。
(ケルト‥‥ラリア、皆‥‥見ているかい、今の私を。私は‥‥生きている。君たちに、そしてクリュミケール達に救われたこの命。私は‥‥幸せになれたと思うよ‥‥でも)
ごく普通の日常を見つめて、静かに微笑み、
(でも、いいのだろうか‥‥私だけが‥‥たとえ、この一時としても‥‥)
小さく、ため息が漏れた。