道を開く者


結局、ハトネがなんだったのか、創造神の真実もよくわからないまま、彼女は消えてしまった。
何度か耳にした【妖精王ザメシア】。
一体、それはなんなのか。
ハトネとサジャエル、そしてザメシアの間に何があったのか‥‥
各々は疑問を抱えつつ、

「そういえば、クナイってフードの男が言ってたわ」

未だ滲む涙を拭い、螺旋階段を進みながらフィレアが口を開いた。

『かつて英雄達が倒した優しい王様、妖精王ザメシア。彼は永遠の時間に囚われている。死ぬことすら赦されない身。不老であり、不死身。僕の‥‥罪。彼のことを救えるのは、苦しめてしまった僕ではなく、君達だ
時代なら、全て終わると思った。続く輪廻を。だって、とうとう役者がこんなに揃ったんだ‥‥そして、君達は二番目に神相手に剣を向ける存在になる』

ーーそう、クナイが言っていたことを、あの場にいなかったクリュミケール、シュイア、カシル、ラズ、アドルに話す。
果ての世界でも、ハトネは『ザメシアの因果を止めてほしい』とクリュミケールに話した。

(そういえば、本の世界で悪魔の書物を読んだ時、妖精のことも書かれていた。妖精王の後は、黒く塗り潰されていた‥‥サジャエルが隠していた?ザメシアって、一体なんなんだ?)

クリュミケールは考えながらも真っ直ぐに前を見つめる。

「あっ、螺旋階段が終わる!」

アドルが言い、

「‥‥ああ、最上階に辿り着く」

この場所で暮らしていたと言うシュイアが言い、リウスも頷いた。

「あれはなんだ!?」

キャンドルは足を早めながら驚くような声を上げる。
長かった螺旋階段がようやく終わり、辿り着いた場所。
いくつもの氷のような水晶が辺り一面を覆っている、広い広いホールだった。
その水晶の数々は、リオラやハトネが封印されていた水晶と同じ形をしている。

シュイアは真っ先に何かを見つけ、ホールの最奥を見つめた。
そこには、未だ水晶の中で眠るリオラがいて‥‥彼女の周りにはまるで彼女を守るように水晶の檻が出来ている。
そしてーー。

「‥‥もう来ましたか」

と、リオラの傍に立っていたサジャエルが一行を冷たい目で見つめ、窓を指差し、

「ふふ。見てごらんなさい。空が黒く染まっていく様を‥‥神を失った世界。もうすぐ人は滅び、生き残るのは神だけ‥‥リオラを目覚めさせ、新たな世界を創造するのです!そうーー創造神の代わりに私が世界を救うのです!」

高笑いをしながら言い放った。

「サジャエル‥‥」

フロアの中央が光り、そこには先ほど負傷し、後で追い付くと言っていたイラホーが現れる。

「リオラだけじゃない。ここにクリュミケールが、本物の【見届ける者】がいるわ」

イラホーがそう言うと、

「ふふ‥‥何を言う。紛い物同士が‥‥あなたもクリュミケールも偽物のくせに」

サジャエルはくすくすと笑った。しかしイラホーは首を横に振り、

「【見届ける者】は特別な環境下で生まれた‥‥それはもう、奇跡のように。だからこそ、最も創造神に近い女神。世界を消滅させることも、世界を創造することも‥‥そして、崩壊を止めることもできる。あなただけを倒して、何もないまま世界を続けることだってできる」

そう言いながら、クリュミケールに視線を移す。

(そう言われても、女神とかそんな‥‥自分に特別な力があるとは思えない)

クリュミケールは眉を潜めた。

「サジャエル。紛い物の私だけど、【回想する者】イラホーの力が私にも在る。過去が見える。あなたは壊れ行く世界を嘆いた‥‥英雄の死を嘆き、でも新たな命を愛そうとした。けれど‥‥そんな時にザメシアが現れ、創造神を消そうとした。そこから‥‥あなたは狂っていったーー狂いすぎて、何が真実なのかわからなくなった」

イラホーの言葉に、サジャエルは口を動かす。同時に、一同めがけて黒い光線が放たれる。
それぞれに武器を手にし、攻撃を防いだ。

「わわわわっ!?」

戦う術を知らないカルトルートは剣を手にしつつもレムズの後ろに隠れる。

「ようやくお前を倒す時が来た」

そう、カシルが言い、横目にシュイアを見た。二人にとって、サジャエルは故郷の仇でもあるのだから。

「サジャエル‥‥!お前には、感謝する点もある」

クリュミケールはそう言いながら彼女を睨み、

「お前がいたから、オレは皆に出会えた、シェイアードさんに出会えた。でも、失ったものも多すぎた‥‥だからっ!お前に命を弄ばれたシェイアードさんの、お前が殺めたハトネの為にも、お前を倒っーー」

勢いよくそう声を上げ、彼女に剣を向けようとしたが、クリュミケールは言葉を止め、放心するようにサジャエルを見た。クリュミケールだけじゃない、他の者も、同じだ。

何が起きたのかわからない。

サジャエルの胸に、心臓に、黒い杭のようなものが突き刺さっていたのだ。
だが、それだけじゃない。その杭のせいなのかなんなのか、サジャエルの透き通るような白い肌が毒々しい緑色に変色していき‥‥

「ぐっ‥‥は‥‥うあぁああああああああッーー!?‥‥馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!?」

サジャエルは苦しそうに叫び出す。

「なっ‥‥何が、起きたの‥‥?」

状況が飲み込めず、リウスは目を見張り、

「こっ‥‥この力は、まさか、まさかぁぁぁぁぁ!?どこだっ、どこにいるーー!?」

サジャエルは赤い目をギョロギョロと動かし、何かを見つけたのか視線を止めた。

「‥‥えっ?」

彼女の視線の先は、アドルだった。正確には、リウスに渡された、赤い石に白い羽がついたペンダントを見つめている。

「‥‥なぜ‥‥そこに、それが‥‥あっ‥‥ああっ‥‥」

苦しそうにしながら、その場から動くことが出来ず、しかしサジャエルは手を伸ばす。そのペンダントを求めるように。

「何故だ‥‥私は、こんなにも、世界を愛したのに‥‥創造神ーー我が友よ‥‥あなたは世界を、救えなかった‥‥愚かな人間に、主導権を奪われて‥‥あんなにも、あんなにも‥‥犠牲を出して‥‥彼を、苦しめて‥‥だから、私が世界を‥‥こんな、世界を‥‥」

蝕まれていくように、伸ばした手の指先もとうとう緑に変色し、

「さっ‥‥サジャエル」

わけがわからないまま、クリュミケールは彼女を凝視する。
ちかちかと、サジャエルの目に金の髪が焼き付く。

「‥‥私の‥‥望みは‥‥アル‥‥あなたの‥‥願い、を‥‥」

ぶわっーー‥‥!と、黒い杭は霧に変わり、サジャエルの全身を覆った。霧が消えた時、サジャエルの姿はなくなっていた‥‥

「なっ‥‥どう、なってるのよ‥‥」

フィレアは視線を泳がせ、

「なんだよ‥‥!サジャエルってのは、勝手に死んじまったのか!?俺達はまだ、ハトネの仇も何も‥‥」

キャンドルは瞳を震わせ、故郷の仇を自らの手で討てなかったシュイアとカシルも虚無感を感じてしまう。

「どうしたら、いいんだ?何も、わからないまま‥‥イラホー、不死鳥」

クリュミケールはイラホーを見つめ、己が中にいる不死鳥に問い掛けた。

「わっ‥‥わからない‥‥でも、サジャエルがいなければ、彼女が封印したリオラを目覚めさせる方法がわからない‥‥言ったように、リオラは【見届ける者】の力を使える。でも、クリュミケール‥‥あなたは力の使い道を、知らない‥‥」

そのイラホーの言葉に、

「そっ‥‥そんな‥‥!?」

アドルは慌ててリオラが眠る水晶を見つめる。

「リオラーー‥‥!」

シュイアが呼び掛けるように叫ぶが、彼女が目覚める様子は全くなくて‥‥

「このまま、世界が終わるのを‥‥待てと?」

レムズが言い、沈黙が走る。だって、言葉通りなのだ‥‥
もう、どうする術も‥‥ない。

「みっ‥‥【見届ける者】の力‥‥どうすれば‥‥どうすれば‥‥」

クリュミケールは必死に思考を働かせるが、絶望以外、何も浮かびはしない。
その瞬間ーー、

「リオーー!」
「えっ?」

慌てるような、切羽詰まるようなシュイアの声がして、クリュミケールが振り返ろうとした時には、シュイアの体がクリュミケールの体に覆い被さり、二人はその場に倒れこむ。

「シュイアさん‥‥?」

状況がわからず、視界はシュイアの胸元の鎧で遮られていて、しかし、

「シュイア‥‥!!」
「シュイア様ぁっ!!」

叫ぶカシルとフィレアの声が聞こえ、クリュミケールは彼の胸元を押し、慌てて起き上がった。
先程、サジャエルを貫いた杭と同じ物が、シュイアの鎧を貫き、彼の左肩に突き刺さっている。

「シュイアさん!!」

クリュミケールは目を見開かせ、叫んだ。

「‥‥っ‥‥これぐらいは大丈夫だ‥‥」

シュイアはそう言いながら、突き刺さる杭を引き抜く。鋭い痛みに、彼は一瞬目を細めた。
しかし、クリュミケールは先程のサジャエルを思い出す。蝕まれるように変色していく肌。それを想像し、クリュミケールは彼の傷口を見つめた。

「そっちに当たったか。安心しなよ‥‥それは神だとかそういうものにしか効果を発さない魔術。だから、ただの人間にはただの刃物でしかない」

そんな声が、言葉が聞こえ‥‥一同は一瞬、凍りつくようにその場に硬直する。
しかし、恐る恐る声の主を見た。
にっこりと笑う、青年の、ラズの顔を見た。

「ラズ、何を言って?」

彼の近くにいたフィレアが問うと、

「ふふっ‥‥ラズ。ラズか。慣れ親しんだ名前だ。今回の十数年‥‥しかしこの時代、まさかこんなにも役者が揃うなんて‥‥僕の力も少しだが‥‥取り戻せた」

ラズは不適に笑みながら両手を広げ、

「ここに至るまで何度か耳にしただろう‥‥我が名はザメシア。妖精王ーーザメシアだ」

そう、静かな口調で名乗る。

「っ‥‥何を言ってるの?どういうことなの?ラズ‥‥こんな時に、なんの冗談?」

フィレアが苦笑いをして言うも、ラズは無言で一行を見据えた。

「ラズ‥‥君が、サジャエルを殺したのか?君が‥‥シュイアさんを‥‥いや、違う。シュイアさんがオレを庇ったということは、君はオレに刃を向けたのか!?」

負傷したシュイアの体を支えながら、クリュミケールは彼に問い詰める。ラズは一つ頷いて、

「そうだ。もっと早くに力を取り戻せていたら‥‥サジャエルごとき、早くに殺せたのにな。それに、【見届ける者】‥‥君の存在は邪魔になる。私が望むのは世界の本当の破滅ーー君が力の使い方を知らなくても、いつどうなるかはわからないからな」

いつもと違う低い声をして、ラズは冷静な顔で淡々と答えた。

「らっ‥‥ラズさん、どうしちゃったのさ?」

おずおずとカルトルートが聞けば、

「もはやラズなどいない。私の名はザメシア。もう、くだらない仲間ごっこを演じる必要もないだろう」
「ラズ‥‥?」

冷たく言い放つ彼を、フィレアはただただ見つめることしかできない。

「まさか‥‥お前‥‥ハトネのこと‥‥わざと、サジャエルに‥‥?」

嫌な予感がして、キャンドルはそう口にする。

「そうだ。サジャエルが来た時に抵抗の素振りは見せたが、簡単に創造神を連れ去れる状況を作ってやった。お陰で、世界は何もしなくても滅びてくれる‥‥君達が邪魔さえしなければね」

ラズーーザメシアはそう答えた。

「なんてことを‥‥じゃあ、創造神は、あなたのせいで‥‥」

イラホーは声を震わせる。

「らっ‥‥ラズ‥‥」

彼の近くに立ち尽くすフィレアが手を伸ばそうとしたが、ザメシアは左手を凪ぎ払うように動かし、旋風が巻き起こった。二人の間に竜巻のような隔たりができ、フィレアは彼に近づくことができない。

「仲間ごっこは終わりと言ったはずだ、フィレア」

彼のその言葉に、

「ごっこ‥‥だと?」

クリュミケールは怒りの混じる声音でザメシアを睨み付けた。

「ーーっ!!俺は知らねーがなぁ、ずっと仲間だったんだろ?お前、仲間だったんだろ!?」

キャンドルが叫ぶが、ザメシアはそれにため息を吐き、リオラが眠る水晶を見つめる。

「‥‥リオラの死まで、望むか」

クリュミケールに支えられたままのシュイアはそう言い、肩の傷口を押さえながら立ち上がった。

「偽者とはいえ、れっきとした【見届ける者】の力を宿し、使い方を知っている。ゆっくりと世界が滅ぶのを待ち続けている間に目覚められたら厄介だ‥‥ん?」

言いながら、ザメシアは首を傾げる。アドルが静かにリオラの水晶の前に立ったからだ。

「クリュミケールさんもリオラさんも殺させやしない。おれ達も、もう誰も死なない」
「それは無理な願いだよ、アドル。私は一度世界を滅ぼした‥‥はずだった。だが、今も世界は存続している。だから次こそ、何も残らない世界にする」

その言葉に、「なんの意味があるんだ」とクリュミケールは聞いた。それに、

「復讐ーーこの、たった二文字が意味さ」

ザメシアはそう答える。

「妖精ーー君達はその存在を知らないだろう。書物の中でその文字と、架空の絵を見たことがあるぐらいだろう。妖精は‥‥私以外誰一人、生き残っていないのだから‥‥まあ、人間以外の種族にも言えることか」
「どういうことだ‥‥」

レムズが疑問げに言うと、

「さっき創造神が言っていただろう。『多くの贄のもと、世界を保ってきた』と。そう‥‥この世界は誰かの命で成り立っている。創造神や女神は自分達が滅ぶのを恐れ、他者に押し付けてきた。‥‥傲慢な人間は死ぬことを拒んだ。人間は妖精を贄にした」
「それは、どういう‥‥」

理解できなくてアドルが問うと、ザメシアはギロリと彼を睨み、

「今のこの世界はずっと‥‥我ら妖精の命で成り立っているのだーー!お前達は、妖精達の犠牲の中、何百年ものうのうと生きているんだ‥‥!」

ザメシアはあらん限りの声で叫んだ。

「何百年も前、まだ、多くの種族が友好関係にあった頃‥‥この世界は最初、創造神の力で保たれていた。しかし、種族の数は増えていき、創造神一人の力では厳しくなった。だから、贄を作ることにした。膨大な魔力を与え、【世界の心臓】を作ることにした。最初は、一人の少女が選ばれた。昔は創造神の下に神族も多くいて、神族の少女一人の命で世界は保たれようとしていたーーが‥‥」

ザメシアは一瞬だけ、寂しそうな表情を浮かべ、

「神族の少女を愛してしまった一人の青年が‥‥少女を贄から解放してしまった。そして‥‥そこから世界の均衡は崩れ始めた‥‥創造神はこんなことになるなどと予想しておらず、代替えも用意していない、自らの力でも急に世界の均衡を制御できはしなかったーーそこで、創造神は言ったんだ。『新たな贄を早急に用意せねば世界は滅びる。多くの命が必要だ‥‥今度は多くの命を贄とし、世界を永久に持続させる仕組みにする』と」
「まさか、それが‥‥」

フィレアは気づくようにザメシアを見つめ、

「妖精達は‥‥絆を大切にする種族だった‥‥だから、人間に謀られたーー!人間は崩れ行く世界を救う為に話し合いの場を持つと言い、我らを招いたのだ‥‥だが、王である私を拘束し、人間は妖精国に攻め入り‥‥我が同族を、惨殺したーー!」

悲痛な叫びが、この場に広がる。
クリュミケールは絶句し、フィレアは目を見開かせ‥‥

「では、なぜお前は生きている?」

沈黙を破るようにカシルが尋ねた。

「それこそ【器】だ。【世界の心臓】としての、器が必要だったんだよ‥‥私のこの身にはな、同族の血肉が流れている。惨殺された同族の血と肉を‥‥たった一日で、無理矢理に喰らわされた‥‥思い出しても気が狂いそうだ‥‥まるで、道具を見るような目で私を見下ろし、私の口に無理矢理、同族の肉を喰らわせた‥‥あの人間‥‥」

それを聞いた一同は、ゾッとする。一体、何があったのか、どんな光景だったのか‥‥想像がつかない。

「そして‥‥私は創造神の前に連れて行かれ、奴の術で世界の核となった‥‥不死身の、体だ。死ぬことの赦されない身だーー!!何度も死のうとした!なのに、傷は放っておけば塞がり、粉々になった骨は元に戻り、潰れた頭は修復され、取り出した臓器は再生されるーー!これが、世界の成り立ちだ!私達の命で、世界は回り続けているんだ!」

張り詰めた声。彼の体は怒りと嘆きで震えた。

誰もまだ、何も信じられなかった。
いつも優しく、穏やかな笑みをよく見せていた彼は‥‥本当にあのラズは偽りだったのか?
創造神であるハトネが、人間が、ザメシア達を贄にした?

「話すだけもう無駄だ。ここまで人間達の中に紛れて耐えて堪えて‥‥やっとだ。創造神、三女神‥‥そして、何百年の末に、創造神に封印された私の力も戻ってきた‥‥だから、見過ごすわけにはいかない。私を貶めた全てを滅し、世界を滅し、私も死に‥‥ようやく私の中に在る同族達の魂を解放してやれるのだ!だから‥‥邪魔はさせない!」

ザメシアがそう叫ぶと、彼の背から透明な翼が広げられた。


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