三日目
休日だというのに早くに目が覚めた。昨日のことを思い出す度に、ロファースは頭痛を感じてしまう。
戦場に立った、剣を手にした。しかし、人を斬ることは出来なかった。
ぐるぐるぐるぐるとそればかりを考え、静かな城下町を歩く。
(‥‥久し振りだな)
広場を抜けた先にある教会の前に立ち、建物を見上げた。
ロファースは幼い頃に戦争で両親を亡くし、この教会に引き取られ、暮らしてきた。
『お前は本当に国を、エウルドスを愛してんのか?』
昨日、対峙したエモイト国の騎士の言葉が何度も脳裏に浮かび、
(エウルドス‥‥いや、俺はエウルドスのほんの一部であるこの場所を愛している。でも、これだってエウルドス王国を愛していると言えるんじゃないのか?だってここは、エウルドス王国なのだから)
そんなことを考えながら、数年振りに教会の扉に触れ、扉を開けようと手に力を入れた時、
「ロファース、ですか‥‥?」
背後から名前を呼ばれて、ロファースは手に込めた力を緩めた。
聞き覚えのある声に少しだけ目を見張り、後ろに振り向きながら、
「神父様!」
と、そう呼んだ。
そこには、短い灰色の髪と目をし、聖職者の衣装に身を包んだ三十代前後の青年が立っていた。
彼こそがこの教会の神父であり、ロファースを引き取った者なのだ。
彼はロファースを見て柔らかく笑み、
「とても久しいですね、心配していたのですよ。二年前に騎士となって城へ行き、それきり一度も帰って来なかったのですから‥‥顔ぐらい見せてくれればいいものを」
「はは‥‥すみません‥‥」
ロファースは苦笑いをしながら俯いた。
「ところで、急にどうしたのですか?顔を見せに来た‥‥という様子ではなさそうですね」
言われて、しかしロファースは暗い顔をしたまま俯き続ける。
「立ち話もなんでしょう。中に入りましょうか。ここは、貴方の家なのですから」
神父に促され、ロファースは久し振りに、大切な懐かしい場所へと足を踏み入れた。
ーー教会内にある一室。
そこはかつて、ロファースが使っていた部屋である。
部屋に入ると、ロファースは少し驚いたように部屋を見回した。
「貴方がいつでも戻って来れるよう、部屋はそのままにしていたんですよ。勿論、掃除はちゃんとしていますから安心して下さい」
そう、神父は微笑む。
彼の言葉通り、二年前と変わらぬままの配置で家具など撤去されずに置かれていた。
変わらない居場所を見て、二年もここに顔を出さなかったことに罪悪感を感じてしまう。
「もう、十八でしたね」
神父に言われ、ロファースは顔を上げた。
「エウルドス王国では、十八歳は一人の騎士として認められる歳。耳にしましたよ、昨日は貴方の初陣だったと。優しい貴方のことです。そのことに関して何かあったのでしょう?だから、ここに来た。違いますか?」
言い当てられ、見透かされて、しかし、ロファースは俯いた顔を上げることができない。
「ふふ、違いましたかね?偉そうな口を叩いてすみません。さて、お茶でも淹れて来ましょうか」
神父は困ったように笑い、部屋を出ようとするので、
「しっ、神父様!」
と、ロファースは彼を呼び止める。
「はっ、話が‥‥聞いてもらいたいことが、あるんです!」
声を絞り出して叫び、ロファースは昨日の戦の話をした。消化出来ない自分の思いを話した。
「昨日、俺は敵を倒す為に剣を振るえませんでした。たとえ敵であっても、人の命を奪うのはおかしいって‥‥それに、戦場独特の鉄臭さ、辺りに広がる赤い海‥‥友人や信頼していた人達が、血のこびりついた剣を手にして笑うんです。当たり前だと言う風に。俺だけがなぜか笑えなくて‥‥何も出来なくて‥‥!騎士なのに、情けないんです!神父様‥‥俺はおかしいのでしょうか?」
ロファースはそこまで言い、
「それに、エモイト王が亡くなられたのはご存知ですよね?もう、昨日広まっていましたから‥‥」
「ええ、昨日の戦でエモイトの王、レオルイドはエウルドスとの戦により戦死したーーと聞きました」
神父の言葉にロファースは首を横に振り、
「本当は違うんです!エモイト王は戦地には居ませんでした!エモイト城にエウルドスの兵を伏兵として送り、エモイト城の守りが手薄な内にその伏兵がエモイト王を暗殺したんです!」
「ーー!?」
ロファースの言葉に神父は目を見開かせる。
「エモイト王が居なくなれば統治は崩れ、徐々に混乱していき、エウルドスに構う暇なんかなくなる。そんな彼らはもう、この国に手出し出来ない。俺達の隊長はそれだけの為に暗殺なんて卑怯な手を使い、エモイト王を殺したんです!確かに戦争に卑怯なんてないのかもしれない。これが本当の戦争なのかもしれない!でも俺は、これを許せないと感じた!」
ロファースは心の底からそう叫んだ。神父は驚くような表情をしつつも、ロファースの言葉を待った。
「俺が戦ったエモイト兵が言ったんです。エウルドスの騎士はエウルドス王国の操り人形だと。幼い頃から剣を持ち、国の為に戦う。子供が子供らしく生きられない‥‥その兵はそのことにひどく怒りを表しているように見えました。俺は孤児だったから教会に居て‥‥でも、自分の意思で剣を持ちました」
両親の顔は覚えていない。だが、戦争で奪われたのなら‥‥戦争なんてものをなくしたい。
そう思い、幼いロファースは教会で剣の修行に励んでいた。
エウルドス王国の男子は十六の歳になると、見習い騎士として城で訓練を受けることとなる。
訓練後は家に帰る者もいれば、ロファースのように城の寮を借りる者もいた。
いつまでも教会の孤児院に頼るわけにもいかないと、自分で寮暮らしを選んだのだ。
「俺は自分の意志で剣を手にした。だからこれは自分の意思なのだと。だからこそ昨日、エモイト兵に反論できました。でも、一晩考えていたら‥‥なぜか彼の言葉が正しく思えてしまうんです。神父様、教えて下さい‥‥俺は間違っていますか?」
真っ直ぐに神父の顔を見つめ、疑問を吐き、言葉を待った。その問い掛けに彼はすぐに口を開き、
「ロファース。貴方は何の為に自ら教会で剣の修行をしていたのですか?」
そう尋ねられ、
「‥‥俺から家族を奪ったという戦争をなくしたかったのもあります。でも、守りたいものがあるんです」
「守りたいものーーエウルドス王国ですか?」
ロファースは首を数回横に振り、
「最初はそう思っていました。でも今は違います。俺はたぶん、エウルドス王国を愛していません。俺は、俺が暮らしたこの教会を守りたかったんです」
ロファースは小窓の前まで歩き、静かに窓を開ける。そこから見えるのは、綺麗な花が咲き、ブランコや滑り台の遊具がある小さな庭だった。
ここで自分よりもっと年下な子供達と駆け回り、一人、剣の修行をしていたことを懐かしく思う。
「俺と一緒に育って来た子供達を、俺を育ててくれた神父様を、そんな皆がいるこの場所を守りたくて‥‥そんな騎士に、なりたかった」
まるで今は、エウルドス王国に裏切られたような、そんな思いしかなかった。
「それで、思い出したんです。俺がここで剣の修行をしていた時、神父様は俺に言いましたよね。騎士になんてならなくてもいい‥‥剣なんか持たなくてもいいって‥‥でも、この国ではほとんどの男は必ず騎士にならなきゃいけないのに、なぜ神父様はあんなことを言ったんですか?俺は今日、それが聞きたくてここに来たんです」
当時は疑問には感じなかった、今までも。
だが、昨日の初陣を経て、あの日の神父の言葉をようやく不思議に感じた。
エウルドス王国にいる限り、剣を手にして騎士になることは抗えないというのに。
「ロファース。剣を持つことだけが何かを守るということではないのです。大切な者の傍に居ること、見守ること。それだけでも十分、大切なものを守れるんですよ。私はそれを伝えたかった」
「傍にいて‥‥見守る?」
それを聞くと、教会に引き取られた頃を思い出した。
教会に来た頃、自分はずっと泣いていたのだ。
両親を失ったと聞かされ、両親に対する記憶は全くないが、孤独と絶望を感じ、気がつけば周りには見ず知らずの場所、知らない人。
だが、神父はいつも、塞ぎ込んでいたロファースにあたたかい笑顔と言葉で接してきた。今の言葉通り、いつも傍に居て、見守ってくれていた。
ロファースはそれに救われたいたことに気がついた。守られていたことに気づいた。
「剣を握ることだけが、守ることじゃない‥‥」
噛み締めるように、口にする。神父はロファースに頷き、
「それともうひとつ」
と、何かを付け加えるように言い、
「子が剣を持つことに、喜ぶ親がどこにいるでしょうか?」
「ーー!」
込み上げてくる言い表しがたいものがある。流れてきた涙を拭い、ロファースは決意した。
「俺‥‥騎士を辞めます。そして、この国を棄てます。これからどうしたらいいかはわかりません。ただ‥‥この国のやり方は間違っている。その事だけは俺の中で真実なんです。情けないことに、敵兵の言葉で気付かされました」
ギュッと拳を握り、
「俺はこの国しか知らなかった。この国の方針が当たり前だと思っていた。だから、世界を知りたいと思うんです。何が正しいのか、何が間違っているのか‥‥その答えを見つけたい」
言い終えて、再び神父を見つめる。
「ーーお行きなさい、ロファース。私は笑顔で貴方を見送りましょう。私も貴方と同じなのです。この国の方針に疑問を抱く一人です。ですが、私はここを離れられません。たくさんの子らを連れて生きていくのは困難です。豊かな国であるここだからこそ、暮らすことができるのですから‥‥」
エウルドス王国は豊かである故に、衣食住ーー生活に必要なものは全て、他の国と比べて安く手に入りやすい。だからこそ、教会の、孤児院の運営も成り立つのだ。
それを理解しているからこそロファースは頷き、
「‥‥実はもう、荷造りは済ませてあるんです」
申し訳なさそうに笑い、ロファースは手にしていた鞄を見せた。神父との話がどうであれ、ロファースはこの国を出るつもりでここに来たのだ。
「なるほど‥‥しかしロファース。その格好のままでいいのですか?」
神父に言われ、ロファースは自分の服装に気付く。疲れていたのか、休日だというのに騎士服を着てしまっていた。
◆◆◆◆◆
時刻は昼に差し掛かろうとしている。旅立つ前に久し振りに教会で食事をした。孤児院の子供達も起きてきて、共に朝食を囲んだ。
「‥‥それじゃあ、行きますね」
ロファースは教会のドアの前に立ちながら言う。
騎士服を脱ぎ捨て、青と紫が基調の上着と、騎士服の時と同じ色の黒いズボン。
神父がロファースの為にと用意してくれていたらしい。サイズ合わせをしていない為、少しぶかぶかではあるが、特に問題はない。
「ロファース」
ロファースが扉に手を掛けた時、神父に名前を呼ばれた。
「貴方が見つけた答えを、いつか聞ける日を私は楽しみにしています」
「‥‥はい!必ず見つけます。そして、いつかまた、帰って来ます‥‥!」
ロファースは笑顔で教会を後にした。
約束を必ず守ると、必ず答えを見つけると決意して。
ロファースが発った後、神父はしばらく扉の前に立ち尽くし、静かに俯きながら呟いた。
「ロファース‥‥エウルドスは逃げ出す者を容赦なく追うでしょう‥‥」
◆◆◆◆◆
まるで果てまで広がっていそうな草原をロファースは歩く。
エウルドス王国から離れたことはあまりなく、宛てもないまま世界を行くと決めた。
この付近にあるのは昨日戦ったエモイト国。
だが、そこに足を踏み入れるわけにもいかず、船に乗り別の大陸に渡ろうかと考えた。
お金の方は騎士団に入った頃から年齢関係無く、言うなれば給料のように支給され、コツコツとそれを貯めていた為、今は心配する必要はない。
ただ、ひとつ心残りがあった。
友人であるセルダーにすら、黙って国を出たこと。
(ごめんな、セルダー‥‥)
心の中で謝り、
(俺は昨日、ためらいなく血のこびりついた剣を手にするお前のことでさえ、怖いと思ってしまった‥‥本当に、ごめんな)
だからこそ、彼と顔を合わせることが出来ず、ついには何も言わずに離れてしまった。
そんな自分を最低だとロファースは思う。
ーー‥‥そうこう考えている内に、海が見えてきた。
◆◆◆◆◆
辿り着いた場所は港町ハネス。
ロファースは早速、船の時刻表を確認していた。
(今からだと、もう時期フォード国行きの船が来るのか。フォード国か‥‥行ったことないな)
そう思いながら、フォード国行きのチケットを購入することにする。
出航まで三十分ほどの余裕があり、ロファースは港町を見て回ることにした。潮の匂いが風で運ばれてくる。
「お前らのせいで王が死んだんだーー!」
いきなり港町に響いた怒声にロファースは肩を揺らし、その方向を見た。
(王って‥‥エモイト王のことか?まさか、エウルドスの騎士が‥‥いや、あれは!)
エウルドスの騎士がいるのかと思ったが、それは別の見覚えのある姿だった。
鎧を見るからにして、昨日戦ったエモイト兵達である。
部隊長であるリンドもそこにはいた。
なぜか港町の住民がエモイト兵達に怒鳴り掛かっている。
「お前らはなんの為の騎士団だ!?なぜ王を守れなかった!」
港町の住民は次々にそう声を上げ、彼らを責め立てていく。
「エモイト王が‥‥あの方が居なくなってしまったら‥‥この大陸はエウルドスに支配されてしまうではないかぁああーー!」
「ーーっ!?」
住民の叫びに、ロファースは目を見開かせた。
すると、リンドが叫ぶ住民の前に立ち、
「言い訳はしない。だが、約束する。我らエモイト騎士団は必ずこの大陸を、貴公ら民達を守る。それだけは必ず約束する。この命に懸けて、これ以上エウルドスの好きにはさせない」
彼は深々と頭を下げながら凛とした声で言う。
部隊長である彼の行動に部下である兵達は戸惑いを見せるも、リンドと同じように住民達に頭を下げた。
それを目の当たりにし、彼らを責め立てていた住民達はばつが悪そうな顔をする。しかし、それでも行き場のない不安や怒りは収まらない。そんな時、
「騎士様達を責めてもどうにもならないだろう」
と、沈黙を破る声がした。
「騎士様達はあたしらの為に戦ってくれてるんだ。エモイト王は戦で戦死したんだろう?王だって、あたしらを守ってくれたんだ。戦場に立つ辛さ‥‥皆、考えてみなよ。あたしらは何も出来ないんだから。嫌な役回りを騎士様達に任せてるんだから」
人々の間を掻き分けて、一人の老婆が杖をつきながら言う。その話を聞きながら、
(エモイト王の暗殺の件は伏せられているのか。でも、どうして‥‥真実を話せば、エモイト騎士団が民達から責められることもないのに)
ロファースはそう感じる。
それから、一人の老婆の言葉により、住民達の非難の言葉は消えた。彼らは消化できない思いを抱えながらも、家や店に戻って行く。
「すまんね、騎士様。でも皆、不安なだけなんだ。王亡き今‥‥あたしらは、この大陸はどうなって行くのかって。だから、この大陸を守っておくれ‥‥何も出来ないあたしらの代わりに」
老婆はそれだけを言い、騎士達の元を去った。
野次馬のようにいた人々がいなくなり、エモイト騎士団とロファースだけがぽつんと残され、
「おっ、お前‥‥赤髪の、騎士さん?」
「ーー!」
聞き覚えのある呼び名と声で呼ばれ、しまったとロファースが動こうとした時には、ガッーー!と、胸ぐらを力強く掴まれていた。
「テメェ‥‥やっぱ昨日の‥‥何してやがるエウルドスの犬が!ここはエモイト国の領土だぞ!お前がいる場所じゃねえーー!」
エモイト兵達は皆、兜を被り顔がわからないが、そう怒鳴るエモイト兵は昨日、確かにロファースが対峙した男の声だった。
胸ぐらを掴まれたままの為、ロファースはうまく声が出せない。言葉の代わりに睨み合うような形が数秒続き、エモイト兵が今にも殴り掛かってきそうになったところで、
「何をしている、ディンオ!」
そう、部隊長であるリンドが怒鳴った。
「ーーっ!たっ、隊長!こいつはエウルドスの騎士です!俺は昨日、こいつと対峙しました!間違いない!」
ロファースの胸ぐらを掴んでいるエモイト兵ーーディンオは慌てるようにその手をようやく離し、リンドにロファースのことを話す。
それを聞いたリンドはロファースの前まで歩み寄り、目の前に立つと、
「歳はいくつだ?」
そう尋ねてきた。
「え?」
なぜそんなことを尋ねるのだろうと、思いも寄らない質問にロファースは戸惑った。
「歳は、と聞いたのだが」
聞き取れなかったのだろうと思い、リンドはもう一度言う。
「あっ‥‥先日、十八に‥‥」
不覚にも、声が震えた。何せ、目の前に立つのはエウルドスの部隊長ガランダと互角に戦っていた男なのだから。しかし、
「そう怖がることはない」
意外にもリンドは優しい声音で言い、何を思ったのか、躊躇う様子もなく頭に被っていた兜を取る。
「えっ‥‥隊長!?」
あっさりと敵に顔を見せたリンドに、ディンオは驚きの声を上げた。
昨日、戦地ではとても威圧的に見えたリンドだったが、その容姿は‥‥そう。
あまりにも戦場に似つかわしくない整った顔立ちをしていた。
長い茶の髪が現れ、エウルドスの部隊長ガランダと同じ五十代前後と思っていたのだがーー‥‥予想以上に若く、まだ三十代前半と言ったところだろう。
意外なことだらけで、ロファースは驚くようにリンドを見ていた。
「驚いただろう?いつも兜を被っているからな。部隊長故に振る舞う為か、もう少し歳に見られてしまってな」
リンドは苦笑混じりに言うが、ロファースは戸惑ったままであり、何を言ったらいいのかわからず、ただリンドをちらちらと見ることしかできない。
「っ‥‥!隊長!早く国へ戻りましょう!こんな、エウルドスの奴‥‥胸くそ悪い‥‥」
リンドの後ろでディンオが言い、
「すまないな、少年。だが、エウルドスはいつだって赦し難い行為ばかりを行ってきた。今回は王を奪われ、我らはもう、エウルドスを完全に赦せぬところまで来たのだよ‥‥次に会う時は、再び戦地でだな」
諭すような‥‥だが、とても強い口調でリンドが言い、ロファースの前を去ろうとした時、
「ーーっ‥‥!すみません‥‥本当に、すみません!あなた方の王の命‥‥取り返しのつかないことをエウルドスは‥‥俺達はしてしまった!本当に‥‥本当に‥‥」
「ーー謝るな!!」
「っ‥‥!」
リンドに怒鳴り返されてしまい、ロファースはビクッと肩を揺らす。
「‥‥わかっている、わかっているのだ。君は何も聞かされていなかったのだろう?王の暗殺計画のことを」
「えっ?」
どうしてそれをと、ロファースは内心驚いた。
「君の目はエウルドスに染まっていない。君は何も知らないのだろう?ディンオ、お前はこの少年と戦ったと言ったな。この少年は何も知らないのだろう?」
「‥‥おっ、恐らく」
不服そうにしながらもディンオは頷く。
なんのことかわからないとロファースが視線を泳がせていると、
「何も知らないのなら、エウルドスから離れるべきだと言ってやりたい。だが、人の生き方に口を出すわけにもいかん。疑問を抱くのならば、己でしっかりと見極めるのだ、若き騎士よ」
そう言って、リンドは今度こそロファースに背を向けて歩き出した。
唖然としたままそれを見送っていたロファースだが、ディンオと目が合う。
ーーいや、彼はまだ兜を被っているままだから目が合ったかどうかはわからないが、確かにこちらを見ていた。その証拠に、
「赤髪の騎士さんよぉ」
と、話し掛けてきて、
「さっきはよ、悪かったな‥‥熱くなりすぎた。そんだけだ。じゃあな!生きてたらまた戦場でな!剣ぐらいちゃんと使えるようになっとけよ!」
ディンオはそれだけ言って、他のエモイト兵達共々、港町を去って行った。
ロファースは言えなかった。自分が国を棄てたことを。
(あの人達はまだ戦うのに‥‥俺は逃げるのか?)
ーー汽笛の音が聞こえてくる。
どうやらフォード国行きの船が来たようだ。重たい気持ちのままロファースは船に乗り込んだ。
甲板で離れ行く大陸を、エウルドスが遠くなって行くのを静かに見つめる。
エウルドス王国。一応は、自分の故郷のような場所。
だが、寂しくはない。
教会や神父、友であるセルダー‥‥それだけが気掛かりで、他はどうでもよかった。
エモイト国の人間であるリンドの言葉、ディンオの言葉。
それが無性に心に響いて‥‥自分はその言葉に、不快感を覚えなかった。なぜなのかは、わからない。
フォード国に着くのは明日の朝だ。
〜 三日目〈終〉〜