届かなくても、この心が向かう先へ。


「待って!」

と、城に足を踏み入れようとした赤髪の青年は、かつて彼がよく聞き慣れていた愛らしい声に呼び止められる。
振り返れば、急いで来たのか、乱れた金の髪、大きな青い目を少しだけ潤ませてこちらを見るシステルと、大体の話はコアから聞いたのか、険しい表情で睨み付けて来るディエの姿があった。

「待って。あなたは‥‥その、ロスじゃ、ないの?」

システルに不安気に聞かれ、赤髪の青年は、

「そうだなぁ。俺は赤髪の魔王だとかメモリーだとか呼ばれてるけど、まあ大体聞いたんだろ?この体はロスのものだ。魂は‥‥そうだな、俺と同化しちまってるから、ロスとは言えないかもな」
「お前ミモリってんだろ?あの赤髪の女の弟」

苛立つような声でディエに言われ、

「ミモリって人間は、ガキは、あの時にもう死んだんだよ。今の俺は、アブノーマルの夢の中の存在メモリーさ。まあ、ヴァニシュちゃんも結局、最後まで俺をミモリと呼んだけど」

ミモリが自嘲するように言って笑えば、その言葉を聞いたシステルは、ギュッと胸に手をあて、俯いてしまう。

「‥‥ヴァニシュちゃんのことは悪かった。でもちゃんと‘ロスらしく’やってあげれたと思う」
「‥‥ロスらしく?」

低い声でディエが聞き返して、彼はミモリの前まで行き、そのまま彼の胸ぐらを掴み上げ、

「ロスはもういねぇ、じゃあそれは誰のもんだよ」

そうディエに言われ、なんのことかわからずにミモリは目を丸くした。
そうしてふと、自分の目からまた涙が溢れていることに気付く。

「‥‥は、はは。誰の、だろうなぁ?」

ミモリは右手でそれを拭い、ディエはため息を一つ吐いて彼の胸ぐらを掴む手を離した。

「彼女は奇跡を信じると言っていた。それに、次は、次こそは、皆で仲良く生きたいってさ。もしその奇跡が叶わなくても‥‥約束した。彼女だけを一人にはさせないと。俺が‥‥あの子を一人にはさせない。だから安心しなよ、お義兄さん」

そう、最後だけ茶化すように言ってみれば、

「ふーん?その言い草、なんだ、テメェも死ぬのか?」
「さて、ね」

ミモリは肩を竦める。そこで、しばらく黙ったままだったシステルと目が合った。彼女は酷く不安な表情をしたまま、

「ロス‥‥ねえ、ロス。ヴァニシュは本当にもういないの?そして、あなたも、いなくなるの?」

そう、か細い声で聞いてきた。

「‥‥システル」

ミモリは胸がちくりと痛むのを感じる。
ロスが幼い頃からずっと守って来た少女。
形はどうあれ、囚人の代わりに守って来た少女。
とても、強く、優しく、一途に、愛した少女。

「私、簡単に考えてた。私とロスをフェイスがここに連れて来て、ヴァニシュに会って、ディエさんに再会して‥‥そして簡単にシャイさんを連れ戻せるんじゃないかなって。それで、ずっとずっと、皆一緒だって思って。なのに、なのにこれは夢なの?シャイさんの‥‥魔女ってやつの夢なの?」

彼女は溢れ出そうな涙を堪え、真っ直ぐにミモリを見て訴えかける。

「そうだよシステル。これは、もう簡単じゃない。もしかしたら、みんな死んじゃうかもしない。でもこれは夢だ。魔女の夢。でも、俺達の存在がどこまで夢なのか‥‥それは定かじゃない。だって世界も意思も、魔女の手から離れているから‥‥そう。異常を潜り抜けて来た人間は、他の人間のように魔女の手の上で踊らないんだ」

ミモリは、魔女の放つ毒によってこの雪の街に続々とやって来て殺し合いなどを始めた人間達と、自分の意思を強くもったシステル達を比較する。

「それより、お前達はどうするんだ?ロスはいない。ヴァニシュちゃんはいない。お前達に関わりがあるのは‥‥後はまあ、姉さーー‥‥シャイだけだ。でも、お前達は別にシャイに情はないんだろ?お前はシャイを忘れたままだし、システル‥‥お前は、シャイを嫌っていたはずだ」

ミモリはそう言い、

「後は俺や囚人ーーあの、顔に火傷を負った金髪の男な。俺らに任せてくれてもいいんだぜ。俺達には魔女と対峙する明確な理由がある。取り戻さなきゃいけない家族がいる。俺達は、それだけでいい。俺は、それが出来るなら‥‥この世界が、魔女の夢が終わったっていい。俺達は、家族の為に動くって決めたから」

そう言って笑う。

「そんな‥‥世界が終わったら、私達は消えちゃうんじゃないの?」

システルが聞けば、

「わからない。我が姉ながら、本質がわからないんだ。俺だって、これがたった一人の、愛情に餓えた女の子が生み出した夢の世界だなんて‥‥未だ信じられない。でも、俺は死んだ。ガキのまま、死んだ。そんな俺を‥‥こんな大人の姿で魔女は再構築した。ほんっと、なんでもありだよなぁ」

ミモリは皮肉気に言い、

「でも、なんでもありだからこそ、この夢を、本物に出来るんじゃないかなとか‥‥思ったり、な」

そう、小さく呟いた。その言葉にシステルが彼を見据え、

「そこに‥‥あなたはいるの?」

と、静かに問い掛けて、

「いないさ。俺は二度死んだから。本物の世界で死に、赤髪の魔王として囚人と先生に看取られてこの世界で死んだ。コアに魂を預かっててもらって、無理矢理ロスの体を貰って魂をここに入れた。言うなれば、継ぎ接ぎだらけの体さ。ちょっとでかいことしたらそれで終わりだろうさ」
「でかいこと?」

首を傾げるシステルにミモリは肩を竦め、

「まあ、こんな無駄話はいいんだよ。お前達がどうしたいかって話さ。俺も早く囚人達を追いたいんだよな」
「追いたいなら追えばいいじゃねーか。別に俺はお前に用はねーよ。逆に、お前が行けねーんじゃねえのか?‥‥あれだろ?こいつに何か用があるんだろ?ロスの感情とやらがさ」

冷めた風にディエが言い、システルを指す。ミモリは眉を潜め、数秒押し黙っていたが、

「‥‥ロスって奴はさ、優柔不断だよな」

小さく笑って言い、

「ヴァニシュちゃんが好きで、シャイが心配で、システルが‥‥システルを‥‥君を‥‥愛してるってさ」
「‥‥っ」

ロスではない、ミモリの口から言われて、システルは目を見開かせる。
知っていた、ロスの想いは知っていた。
けれど、ロス自身は決してシステルにその想いを告げなかった。
システルは体を震わせる。小さな己の体を、己が細い腕で抱き抱える。
そんな姿が、あの日に出会った小さな少女と重なった。

『私もさっき、お母さんとお父さんが知らない人に殺されちゃったの。家の中の食べ物やお金も持って行かれちゃった』

そう、笑ったまま、目に涙を溜め、それを頬に伝わせながら泣いていた小さな少女。
でも、今は違う。
彼女はあの日みたいに笑っていない。笑ったまま、泣いていない。
もう、笑顔が張り付いたままの少女ではない。

今はちゃんと、泣いている。
その姿にミモリは小さく息を吐き、

「なんだこいつ。変な女。人が苦労して盗ったリンゴをうまそうに食いやがる。一人ぼっち。同じ。名前をくれた。失いたくない。あの子が腹を空かせてる、あの子が待ってる。守りたい、俺が守らなきゃ、一人ぼっちになんかさせない、でも、死んでも守り抜きたい。俺に名前を、人間という生き方をくれた‥‥」

フワッと、システルの頭の上によく知った手が優しく置かれ、

「俺の大事な‥‥家族」
「‥‥」

顔を上げれば、目の前にはミモリが立っていた。
優しい優しい、

(兄ちゃんの‥‥パパの‥‥ロスの顔)

ぶわっと、涙が溢れて止まらない。

「っ‥‥うぁ‥‥ああっーー‥‥!!!!」

嗚咽を漏らし、やがて大きな大きな泣き声がその場に響いた。
勢い良く胸に飛び込んで来た愛しい少女を、ミモリは家族として、優しく包み込む。

「ロス‥‥ロスっ‥‥私、私ね‥‥あなたの想いには応えられない‥‥でも、でもね、私はロスが大好きよ‥‥!だって、家族だもの‥‥!!一人ぼっちになった私の側に、どれだけ私が異常でも、記憶をなくしても、変わらずに私を守ってくれた‥‥あなたは私の大事な‥‥大事な家族‥‥!!だから、嫌よ‥‥あなたが居なくなるなんて、ずっと、ずっと一緒だったのに‥‥」

感情を吐き出していく彼女の髪を優しく撫で、ミモリは彼女の体を引き離した。

「‥‥システル。君の本当の家族が、俺なんかよりも、君を‥‥想ってる」
「本当の、家族?そんな人、私には‥‥」
「‥‥」

ミモリは柔らかくシステルに微笑みを向け、

「ディエ。決めてあげて。システルとお前、今からどうするのか、一緒に決めてあげて」

そう言って、ミモリは今度こそ、忘却の地の孤独の城に向き直り、二人に背を向けて、

「ロスは幸せだったよ。システルに出会えたから。愛せたから。ヴァニシュちゃんを好きになれたから。同じ境遇で、同じ境遇の子を好きになったディエという対等な存在がいたから」

だからーー。

「だから、俺は今、一人ぼっちのシャイの、アブノーマルの、姉さんの元に行かなきゃいけない。約束もしたから、一人ぼっちで逝かせちゃったヴァニシュちゃんを一人にさせない。システル、今の君にはディエがいる。あいつも‥‥いるから」
「誰、誰なの?私の家族って、あいつって‥‥?」

システルの問いに、ミモリは答えるわけにはいかない。
でも、囚人はきっと自分の口から語らない。
だからせめて、システルの中に仄めかせてやりたかった。
システルにはまだ、本物の家族が居るんだということを。

「俺はもう行くよ。俺を救ってくれた家族達と、俺が傷付けた家族達のところに。ロスはもう居ない。ここに居るのはーー赤髪の魔王様さ!」

そう言って、彼の姿は城内に消えた。

「‥‥っ‥‥ロス‥‥ロス、ごめんなさい‥‥ごめんなさい、ロス‥‥何も、何も、返してあげられなかったわ‥‥あなたに、何も」

小刻みに肩を震わせ、泣き続けるシステルの背をディエが軽く叩く。

「‥‥ディエさ‥‥」
「いいじゃねーか。お前は愛されてさ、よくわかったろ。俺なんか、見てたろ。あいつ、あんなだからよ。人の心配ばっかしやがって」

と、先刻の別れ際のヴァニシュの言葉をシステルは思い浮かべた。

「‥‥っ、ふふ‥‥そうかしら。ロスの方が酷いじゃない。だってもう、ロスは居ないのに、別の人が‥‥私とロスが出会った日の話まで持ち出して‥‥もう、居ないの、あの人は。だから、今は少し羨ましい‥‥ディエさんとヴァニシュのこと」

システルは涙を拭いながら城を見上げ、

「でも、これからどうしたらいいの?彼に任せていたらいいの?私達が行って‥‥何か、出来るの?と言うよりも、ディエさんがシャイさんを思い出したら話は早いのに。あっ、でも思い出してもディエさんはシャイさんに思い入れ‥‥あるのかしら?んーーー‥‥あの頃のディエさん、今思ったらよくわからないわね。だってヴァニシュのことも忘れてたんでしょ?ロスに執着してたし、私とシャイさんのアプローチも適当にあしらってたし」

うーん‥‥と、先程まで泣いていたはずのシステルが急にいつもみたいなおどけた口振りになって、

「‥‥チッ、元気じゃねーか。ペラペラよく喋るな、めんどくせ。ってかよ、俺とお前で決めろとか、あの赤髪何様だ。っても、お前のこと、ロスからもヴァニシュからも頼まれてんだ。めんどくせーけど、お前はどうしたいんだ?俺はもうどうでもいいんだがよ」
「‥‥」

システルは静かに城を見上げたまま、

(私が異常に狂った時、微かに覚えてる。ディエさんが私を殺そうとして‥‥ロスもヴァニシュも、そしてシャイさんも‥‥ディエさんから私を庇おうとしてくれてた。シャイさんのことは好きじゃなかったけど‥‥でも、シャイさんはそうじゃなかったのかな。私と同じ気持ちだったら、きっと私が死んだっていいって思ってたはず)

システルは胸に手をあて、次にフェイスを思い浮かべ、

(そうだわ。フェイスも言ってた。私の本物の家族。その家族をフェイスは助けたいって。私を見て顔なんかないのに泣いて、悔しさと嫉妬の目を私に向けて、私に助けを求めてた。私の、本当の家族。きっと私は‥‥関係なくなんかないんだわ。でもディエさんは?ディエさんは‥‥そう、そうね)

システルはディエに向き直り、

「赤髪の魔女の物語。私達は深くそれに入り込んでいるのよね。だったらもう無関係なんかじゃない。奇跡ーーコアって人が言ってたものね。きっと、何もしなきゃ奇跡は起きない!私は行くわ、何も出来ないかもしれないけど‥‥ヴァニシュは一人で立ち向かって、ロスだってミモリさんの中でミモリさんと一緒に立ち向かおうとしてる‥‥と思うから。えっと‥‥ディエさんは‥‥」

勢い良く言ったはいいが、不安そうに上目遣いでディエを見て、それにディエは深く息を吐き、

「奇跡なんてねーよ」
「うっ‥‥」

言われてシステルは肩を縮こまらせたが、

「だが、なんでもありな世界だとか言ってやがったな。だったら‥‥俺もあいつに何も返してやれてねーから‥‥お前と、同じだな。もし本当に、あいつに返せるんなら‥‥」

そこでディエは口ごもってしまったが、続く言葉は理解できる。システルはパアッと顔を輝かせ、

「ふふふ!そうよ!私とディエさんとロスとヴァニシュと‥‥シャイさん!あの日々は、シャイさんの中で偽物なんかじゃなかったはず。きっと私達ならーー!」

兄譲りの正義感を持って、今のシステルの中には希望だけが巡っていた。「さあ、行こう」と、ロスが手を差し出して、引っ張ってくれるような、そんな感覚を感じながら、この世界のほんの一部の人達の物語が繋がろうとしていた。


・To Be Continued・

空想アリア



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