この街に来て三日程経った。
ようやくまともな衣類を身に付け、人目も気にならなくなる。
降り続ける雪空を仰ぎ、ミモリは手を大きく掲げてはしゃいでいた。

同じ年頃の街の子供達もミモリと同じようにはしゃいでいるが、違うのは、両親と共に在ること。
ミモリは静かにそれを見つめ、

「ねーさん。とーさんとかーさんってなに?ぼくらにはいないの?」

そう悪気なく、ミモリは聞いてくる。

「そうね。私達にはいないわ。でも、私がいるから大丈夫よ」

と、少女はミモリの頭に積もった雪を払いながら小さく微笑んだ。
ミモリはそれ以上、興味はなかったようで「そっか」とだけ言い、また雪を見てはしゃぐ。

自分も、少し前までは両親に囲まれて街を歩いたことを思い出していた。そんなに、遠くない日なのに、今ではまるで幻想のように、両親なんて最初からいなかったことのように思えてしまう。

「!」

ふと顔を上げた時、知った顔と目が合った。

「や、やあ」

知った顔ーーコアは、少しだけ気まずそうに苦笑する。
その態度を見て、

「‥‥いつから」

少女が聞き、

「いや、君を見掛けて。声を掛けるタイミングがなかなか」

恐らくコアは少女とミモリの会話を耳にしただろう。けれど、聞かれても別に、どうってことのない話である。
少女は手に提げていた紙袋をコアに見せ、

「ちょうど、図書館に行こうと思ってたの。コート、ありがとう」
「あ、うん。じゃあぼくが持って行っておくよ」

と、コアは紙袋を受け取った。
それから、雪遊びをしている赤髪の少年に視線を移し、

「あの子が君の弟?」
「ええ。ミモリというの」
「君達二人は、綺麗な赤髪をしてるね。この辺じゃ、あまり赤髪は見掛けないから」

そんな他愛ない会話をしていると、いつの間にかミモリが二人の前まで来ていて、

「おにーさん、だれ?」

そう聞き、

「ぼくはコア。この街の図書館でお仕事してるんだよ」
「としょ‥‥?」
「本がたくさんあるところ」
「ほん?」

教会にいた頃は、皆で絵本を読んだりしていた。けれど、全てを失ってから、ミモリは本なんて目にしたことはない。

「‥‥君も今度おいでよ。そうだなぁ、閉館後、貸しきりに出来るか館長に頼んでみる!」

コアが言って、

「でもコア、悪いわそんなの」
「いいって。ぼく、一人っ子だからさ。なんていうか、兄弟っていいなーって思って」
「?」
「まあ、そういうわけだから!またいつでも図書館に来てよ。それまでに館長に頼んでおくからさ、またいい日を決めよう」

それだけ言って、コアは走って行った。
そうして、夜の図書館を貸し切りにする日はすぐに決まる。

図書館には子供向けの本もたくさんあり、カボチャ頭の魔法使いやら、ハサミおばけ、人魚姫、頭に花を咲かせた一つ目おばけ、二足歩行の猫、顔のない女の子ーー様々な絵本をミモリは読み漁った。

「‥‥ありがとう、コア」

不意に、少女の口からそんな言葉が出る。

「え?」
「‥‥私、ミモリに子供らしいこと、何もさせてなかった。ぜんぶ、奪っちゃってたのかもって」

それを聞いたコアは、

「立ち聞きしたつもりじゃなかったけど、君達の親は‥‥?」
「‥‥死んだ、わ」
「‥‥そうなんだ。それと、聞きたかったことがあって」

今は、袖のある服に身を通し、腕も足も隠れてはいるが、

「体に包帯、たくさん巻いてたよね。あれは?‥‥あ‥‥!言いたくなかったらもちろん言わなくていいよ!」

コアが最初の疑問を言えば、少女は目を細め、しばらく考え込む。そのまま小さく口を開き、

「私とミモリの家は父と母が経営する教会の孤児院で、その子供達と家族のように暮らしてた。たくさん遊んだわ。でも、ミモリが生まれてから、子供達は急に冷たくなって、私とミモリは‥‥」

少女は自身の体をぎゅうっと強く握り締めた。

「私とミモリは全部失って、やっと苦しみから解放されて、二人で旅をしてる」
「旅って‥‥そんな、子供だけで?」

コアの言葉に、少女の澄んだ空色の目に陰が入り、

「そうよ。お金を稼ぐくらい、簡単だわ。こんな体一つでバカみたいな男達から稼ぐくらい。そのせいで、一つの場所に長居は出来ないけど‥‥」

それを聞いたコアは顔を青ざめさせ、少女の歪みに体を震わせる。

「軽蔑するでしょう、こんなボロボロの汚ない体。でも‥‥ミモリが生きる為には、私がなんとかしなきゃいけない。意味のないわけのわからない暴力を受けたあんな日を知るのは、私だけでいい」

そう言った少女に、

「そ、そんなの、おかしいよ!だって君は‥‥君達は、何も悪くはないのに!」

コアは言う。

「意味のないわけのわからない暴力なわけではなく、孤児院の子供達は‥‥それは、本当の家族を持った君を、みんな羨んでいたんだろうね。だから、嫉妬して嫉妬して、君たち姉弟を‥‥」

そんなの、間違ってる!
コアは少女の境遇に怒りを感じたが、

(‥‥本当の家族を、羨んだ‥‥)

境遇から逃れる為に必死すぎて、自分では思い浮かばなかったそれを、少女は静かに考える。

そして、コアは言った。
少し、涙目になりながら。

「ほら、よく言うだろう?ここで会ったのも何かの縁って。ぼくは‥‥ぼくは君達の味方になりたい。いや、友達に、なろう。ぼくは、孤児院の子達みたいに、絶対に、裏切らないから!」

コアは、根っからのお人好しだったのだろう。
困っている人を放っておけない性格だったのだろう。
そんな人間は、数多に存在する。
けれど少女の周りには居なかった。

親切心の皮を被り、その皮を被ったままではいられなかった人間ばかり。

だから、決してコアは特別な人間などではない。
ただ、少女の境遇からして、珍しすぎる人間だっただけ。

だから、不慮の事故でコアが死んだ時、少女は酷く裏切りを感じてしまった。



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