折れたフラグを立て直し


ヴァニシュの体がようやく動くようになった頃、ロスは自分とシステルの状況をようやく話してくれた。

いつもいつもシステルに求婚してくる男達が急に殺しにかかって来たこと。
顔に火傷を負った男が助けてくれたこと。
まんまるな頭をした顔も何もない女の子フェイスが、家族を助けてほしいと。自分達は赤髪の魔女の物語に入り込んでいると言い、その話を聞いた直後、ロスとシステルはいつの間にかこの場所にいて、偶然‥‥いや、フェイスの力だろうか。恐らくそれで、ここに居たのだと話した。

「そういえば、それっきりフェイスはいないわね」

システルが言い、

「一体、あいつは何者だったんだろうな‥‥透けてたし、オバケ?」

ロスは難しそうな顔をして言う。

「あー。しっかし、魔女だ正常だ異常だ、いきなり言われても頭が追い付かねーな。聞いたところで、俺達は何をしたらいいんだ?」
「この街の方も、さっきから異常な惨事が始まってるんです。もしかしたら、全部‥‥魔女の、シャイさんの力?」
「‥‥やっぱ、シャイを取っ捕まえるしかないか」

ロスとヴァニシュはそう話し込み、システルはそんな二人の話を黙って聞いている。
ヴァニシュは彼女に視線を向け、

「そういえば、記憶を取り戻した元のシステルさんと話をするのは、初めてですよね」

そう言った。
以前同行していた時は、結局システルだけが最後までヴァニシュの姿を捉えることはなく、システルがヴァニシュを認識したのは、記憶を失った時である。

「そうね。だから、私はママのこと知らないの。ただ、あの時、勝手にご飯が出てきたのはママだったのよね」

なんてシステルが言って、そんなこともあったなと、ヴァニシュにとっては苦い思い出だ。

「でも、記憶が戻ったのなら、もう私やロスさんをパパ、ママと呼ぶ必要はないですよね。私のことは好きに呼んで下さ」
「い・や」

ヴァニシュの言葉に重ねるように、システルは一言、否定の言葉を放ち、くるくると踊るように回りながら、

「ねえママ!街ってあれ?ほら、パパも早く行きましょ!」

なんて愛らしく笑いながら、小走りで行ってしまうので、

「ちょっ!街は危ないんですよ!」

ヴァニシュは慌てて彼女を追い、

「ったく。記憶が戻ったと思ったらこの我が儘っぷりも復活かよ」

そう言いながらロスも後に続く。

「そういやヴァニシュちゃん、無事あいつを見つけたんだな」
「‥‥あ、はい」

シャイに会ったことで忘れていたが、ディエに「お前なんか死んでしまえば」と吐いて去ったままだったことを思い出した。

「‥‥君、その顔。まさか何かやらかしたのか?」
「‥‥ちょっとばかり、死んじゃえ的な発言をしてしまったような気がします」
「あいつにそう言いたい気持ちはわかるけど何があってそんなことに」

呆れるような声音でロスに聞かれ、

「だって義兄さん、シャイさんのこと忘れたままだし、何よりシャイさん泣きそうな顔してたから、ついカッとしてしまって。システルさん同様、シャイさんも本当に義兄さんのことが好きだった。魔女とかそんなの関係なく、あの想いは本物ですよね」
「ああ、そうだな。それこそ異常なくらい、二人ともあいつにぞっこんだったよなぁ‥‥なんか、いま思い出したら、ほんと奇妙な日々だったな」

二年前、嫌なことばかりであったが、それでもこうして今、それぞれが少しずつでも変わることが出来たのだからこの出会いは間違いではなかったのだろう。

「でも、システルさん。記憶が戻ったらまた異常に囚われるかと心配しましたが‥‥私の姿が見えているし、あの頃に比べたら、トゲがなくなったって言うか‥‥とにかく良かったです」
「良かったけどよ、記憶が戻った瞬間ディエLOVE発言だぜ。腹立つわー」
「あはは‥‥あ!街に着く。きっとまだ騒動は続いてるから、ロスさんも気を付けて下さいね。私は、異常者達には姿は見えていなかったけど‥‥」
「ああ、わかった。おいシステル!一緒に行くから一人で街に入るなよ!」

ロスに言われ、システルは「はーい」と返事をして街の前で立ち止まった。
ロスとヴァニシュがシステルの前まで来ると、彼女は二人の間に入り、ロスの左腕を組み、ヴァニシュの右腕を組み、

「パパとママが守ってくれるものね!記憶をなくした私を守ってくれていた日々と同じように」

なんて、システルは言う。ロスはやれやれと言う顔をし、ヴァニシュは、

「ねえ、システルさん」
「なあに?」
「‥‥私は、五人で一緒に居た日々で、あなたのこと、あまり好きじゃなかったんですよ」
「‥‥」

それに、システルはきょとんと瞬きを数回し、ヴァニシュの顔を見つめる。

「むしろ、怖かったのかもしれない。あまりに異常者過ぎるあなたが‥‥シャイさんにさっき言われたんです。正常は人の心を踏みにじり、抉り取るって。だから多分、今これを言っておかないと、私はいつか必要ない場面でシステルさんを傷つけてしまうかもしれないから」
「奴にカッとして、死んじゃえ!って言ったように?」

茶化すようにロスに言われ、

「はは、そう。いつどんな時に、‘私はシステルさんが嫌いだった!’なんて言ってしまうかもしれないから」

ヴァニシュは苦笑いした。
システルは絡めたままのヴァニシュの右腕に頬を寄せ、

「じゃあ、今は?」

そう聞いてきて、

「今は‥‥すっごく可愛い女の子だなって思います。私達、同じ歳だけど、あなたは本当に可愛いし、記憶をなくしていたあなたと接している内に、あなたが私をママだなんて呼ぶから、変な情が湧いたのかな。あなたに幸せになってほしい、なんて思ってるんですよ。その思いは、ロスさんの方が強いでしょうが」

と、ヴァニシュはロスに目配せする。

「ママ、パパ、ありがと。私、二人が大好きよ。だから、私も、二人には幸せになってほしいの」
「‥‥」

システルの言葉にロスとヴァニシュは顔を見合わせ、困ったように笑い合った。

「じゃあさシステル。俺とヴァニシュちゃんとあの異常者ーー。一番好きなのは?」

ロスが聞けば、

「ディエさん!」

二人の腕の間で、彼女は迷いなくその名を言う。

「わかんないなぁー。義兄さんのどこがいいんだか」
「全く同意だぜ‥‥ちくしょう」
「私だったら、絶対にロスさ‥‥」
「ん?」
「あ、いえ‥‥」

二人のそんな様子を見ながら、システルはクスクスと笑って、しかし、不意に後ろを見た時に、僅かに体が震えた。
するり、と。
彼女の腕がすり抜けていって、そのまま走り出す。ロスとヴァニシュは慌ててシステルの行った方を振り向いたが、そこで見たものを理解し、ロスは少しだけ寂しそうに微笑んで俯き、ヴァニシュはタイミングの悪さに唇を噛み締める。

「ディエさん!」

なんて、あの日々と全く同じ。
愛らしく、嬉しそうな声で、ディエの姿を見つけたシステルは彼に抱き着いた。

「‥‥」

ディエはそんな彼女を無言で見下ろし、離れた場所に立つロスとヴァニシュを見る。

「おい、ちょっと離れろシステル」

ディエに言われ、

「嫌です!だってディエさんと私の感動の再会なんですから!」

しかし、そう言ってシステルは離れようとしないので、

「じゃあお前らこっち来い」

仕方なくロスとヴァニシュを呼ぶも、

「死ね!異常者!」

ロスが言い、

「ロスさんの目の前でロスさんを傷付けるなんて、本当に酷い!」

ヴァニシュが言い、ディエはうんざりした顔をするしかなくて。
しばらくしてシステルが落ち着いた後、四人はようやくまともに話せる状況となる。
システルは変わらずディエにベッタリしているが。


「に‥‥ディエさんは、その、街の外に、居たんですか?」

微妙な別れ方をしたままの為、ヴァニシュは口もごりながら聞く。

「お前それよりそれはどうした、切り傷だな?誰に切られた?街の異常者共にはお前、見えないはずだろ」
「い、いえ。別にこれは」

サッと、クルエリティに切られ、血が滲んだままの左腕を隠す。

「あ、わかったぞ。お前ヴァニシュちゃんと喧嘩して、しばらく悩んだ末に街を飛び出て行ったヴァニシュちゃんを捜しに行ってたんだな!ったくよぉ、素直にそう言えっての。だからお前らわかり合えないんだよ」

悪気もなくロスがそう言って、

「おいロス、久々に会ったかと思ったらなんだそりゃ、それになんだそのヴァニシュ‘ちゃん’ってのは。お前もなんとか言ってやれヴァニシュ」
「し、心配掛けて、ごめんなさい。それから、たまに、酷いこと言って、本当に‥‥ごめんなさい」

なんて謝られたので、ディエは言葉を詰まらせた。

(‥‥シャイさんに言われてやっと気付いた。私だけが、あの日々の中で何も変わっていなかった。義兄さんもロスさんもシステルさんだって変われたのに、私だけが過去に囚われたまま。私も、向き合わないとな)

すぐには難しいが、一人、そう決意する。

「ねえ、ディエさん。ディエさんはママのこと好きなのね」

ディエにくっついたままのシステルは彼を見上げながら突拍子もなくそう聞いて、

「ばっ‥‥」
「きゃーっ」

思わずディエはシステルの頭を小突いた。

「ん。まあ、今のはシステルが悪い、かな」

以前のロスならばシステルに何かあれば異常に怒り狂っていたが、今は冷静にそう言う。
ディエは横目でロスの隣に立つヴァニシュを見て、

「シャイさんが言ったように‥‥本当に、そう、だったのか‥‥」

ヴァニシュは呟き、

「ここまで気付かないのもすげえよな、ヴァニシュちゃんは」

ロスはおかしそうに笑った。

「違う!そんなんじゃ、ないからな。とにかくだ、街に入ってお前らなんでここに居るのか状況を聞かせろ。お前らじゃここに居たって殺しが出来る訳もないだろ役立たず共」

そう言って踵を返し、ディエは街に入り、システルはディエの腕にしがみついたまま嬉しそうにしている。

残されたヴァニシュはロスに、

「ロスさん、私、どうしたらいいんでしょう」
「これは君達の問題だからな。君が向き合わないと。まあ、久々に会ってわかったよ。今のあいつなら、大丈夫そうだな。もし、システルが本当にあいつがいいってんなら‥‥任せれる」
「‥‥でも、シャイさんも‥‥ああ、私、こういうとこがダメなんだな。また、シャイさんを怒らせちゃう」

ヴァニシュはため息を吐き、

「俺もさ、あの日々はあんま好きじゃなかった。でも今なら、五人揃って、あの日々よりも腹割って話したり、しょうもない喧嘩したり、笑い合えるかもしれないよな」

ロスは雪空を見上げ、

「俺だって、シャイのこと心配だよ。悪い奴じゃなかったからな」
「はい。でもなんか、二年振りに四人だけ揃って、義兄さんはロスさんとシステルさんに会うの久々なのに、ほんと、あの日々となんら変わらない光景ですね」
「‥‥だな」

前を歩くディエに寄り添うシステル。
そしてその後ろでシャイがよくガミガミ言っていた。

幸せじゃなかったはずのあの日々を、ヴァニシュもロスも酷く、懐かしく思う。


・To Be Continued・

毒菓子



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