唇に毒をのせて


街中を捜し回ったがシャイの姿はなく、街を出た少し先ーー城下町跡の商業地、そして、忘却の地の孤独の城と呼ばれる建物。

商業地に張られたテントと、置き去りにされた売り物。商人達の姿はなかった。
ヴァニシュはテントの間の道を通り、高くそびえる城を見上げる。

(あんな場所に、居るわけないか)

そう思い踵を返そうとした時、

「久し振りだね、お嬢ちゃん。こんな場所で何をしてるんだい?」

今、確かに眼前には誰もいなかった。けれど、前方から掛けられた声は確かにーー。

「シャイさん‥‥!」

ヴァニシュは目の前に立つ赤髪の女性を見てそう、声を張り出す。

「シャイさん、一体‥‥一体いままでどこに」
「その名前で呼ばれるのも久し振りだね。ただ、宛てもなくさ迷っていただけだよ」

そう、再会に焦る様子もなく冷静に語る彼女に、

「私、昨日までシャイさんのことを忘れていたんです。ロスさんも、義兄さんも‥‥あ。義兄というのは、ディエさんのことで‥‥」

あの惨劇の後、姿を消してしまったシャイにはまだ、自分とディエの詳しい関係を話していなかったことを思い出したが、

「ああ、もう知ってるよ」

そう返され、ヴァニシュは目を丸くした。
どこか、以前共に行動していた彼女よりも冷たさを感じつつ、

「シャイさん、詳しくはわかりませんが、一緒に義兄さんの所に行きましょう。ちゃんと話せば、シャイさんのことを思い出すかもしれないし‥‥」

ヴァニシュの言葉にシャイは小さく息を吐き、

「別にこのままで構わないよ。今はまだ、思い出されたところでなんの準備も出来てないし」
「準備?」
「それに、お嬢ちゃん。あんたには同情されたくないんだよ」
「‥‥同情?」

放たれた言葉にヴァニシュは疑問を抱く。

「私がディエを好いている。それなのにディエに忘れられて可哀想だ。なんとかしたい。‥‥そんなところだろう?」
「え‥‥た、確かにそう思ってます。でも、同情なんかじゃ‥‥」
「それは同情だろう?だってお嬢ちゃん、あんたはどう足掻いたって正常者なんだから。異常を持ち合わせていないから、正常だからこそ、平気で他人を傷付ける」
「!?」

シャイの言葉の意味がわからず、ヴァニシュはただ動揺することしか出来なくて。

「真っ直ぐすぎるあんたは、あんたの正常を押し通そうとして、相手の気持ちなんか考えていないってこと」
「わ、私、そんなこと‥‥」
「じゃあ、どうして私があんたに同情されるのを嫌がると思う?」

シャイは酷く冷めきった視線でヴァニシュを捉えた。

「シャイさん、どうしちゃったんですか?だって、だってシャイさんは‥‥シャイさんとロスさんは‥‥ペンダントがなくても私の姿をたまに見つけてくれて‥‥それに、シャイさんはあの時、ロスさんが殺されかけた時‥‥義兄さんの異常を止めて‥‥ロスさんと私を助けてくれた。だから私、私はシャイさんのこと‥‥きゃっ!?」

ヴァニシュが言い切る前に、ドシャッとシャイが降り積もる雪を蹴り上げ、それがヴァニシュに降り掛かる。

「だから、昔から正常すぎる人間は嫌いなんだ。平気で、平気で私を傷付けーー!」

そこで、シャイは言葉を止め、一瞬驚いた表情をした。
それは、ヴァニシュを見て驚いたわけじゃない。その後ろーー。
ヴァニシュが振り返れば、あの紫髪をした、黒いコートに身を包んだ男ーークルエリティが立っていた。

「やあ、久し振りだね、赤髪のお美しい魔女さん。でも、僕のことわかるかな?なんたって、こんなに背も伸びたし。でもところで、まるで誰かと話していたみたいだけど、誰もいないね。まあいいけど」

クルエリティにはヴァニシュの姿は見えておらず、ただただ目的の女性、シャイをニヤニヤと笑いながら見据える。

「貴女にはなんの意味もない行動だったんだろうけど、貴女が僕をあの海に投げ捨てたのは事実。それに、元を辿ればあの集落に魔王を縛り付けたのは貴女なんだから、貴女のせいで僕は右目も右腕も失ったようなものじゃないかなぁ?」

左目を瞬きすることさえ忘れ、カッと目を見開かせたままクルエリティは早口で言い、

(愚弟の、名前を縛る魔法。愚弟が死んだ今、それを解くことは誰にも出来ない。この男はこのまま壊れていくだけだね)

シャイは息を吐き、ちらりと状況を呑み込めず、立ち尽くしたままのヴァニシュを一瞬見た。たった一瞬。
しかし、クルエリティはそれに気付き、

「んー、やっぱ何か居るのかな?」

言いながら、マーシーの為にフルーツを切ってあげた果物ナイフをコートのポケットから出し、シャイが一瞬見た場所を切りつける。

「ーー!」

ヴァニシュは咄嗟に避けたが、刃先が腕を掠め、軽く血が飛んだ。

「あれ?血だ。それに何か切った感触ーーああ、そうか。魔女さん。貴女と一緒に行動していた正常者がここに居るんだね」

クルエリティはにっこり笑ってシャイに振り返る。シャイは眉を潜めたが、

「わかってるくせに。貴女が僕を投げ捨てた海は、貴女が支配していたもの。魔王を縛り付けていた為、普通の世界から遠ざけ、時空を歪めていた。ふふ、一体どんなカラクリなのか。僕は貴女の力の全てを知っているわけじゃないからねぇ」

嘲笑うように言い、

「そのせいで、僕は時間の海に囚われた。まあお陰で、色んな異常の物語が僕の中に流れ込んで来たよ。でも、凄いね。この世界は本当に異常にまみれていて、異常者が世界を作り上げている!あは、醜い世界だ!それで、最近の貴女の物語も流れて来たんだよ。でもまさか、ディエだったっけ?彼がこの街に来た時はビックリしたよ。なんたって」

クルエリティは腕を伸ばして左手でシャイを指し、

「今までと同じゲーム感覚で始めたのに、貴女が本気で愛してしまった男、だもんね!」

べらべら喋り続ける彼を、シャイは表情一つ変えず、静かに見ている。

「でも、貴女が愛した男は別の女が好きだった、それは‥‥同情なんかされたくないよね、そんな女に!」
「!?」

クルエリティの言葉を横で静かに聞いていたヴァニシュは顔を上げた。

「ましてやその女は男の気持ちすら理解していなくて、知らないとはいえ、貴女にとって邪魔な女が貴女の手助けをしようとする。あはは、不愉快だよねそれは!ふふ、ははは、‥‥はぁ。残念だよ、魔女さん。貴女、それじゃあただの人間の女みたいだ。気持ち悪い」

今まで散々、面白おかしく声を張り上げていたクルエリティは急に声のトーンを下げ、軽蔑するような目をシャイに向ける。

「話したいのはそれだけ?つまらないね。用がないなら失せてくれるかしら?」

まるで、クルエリティに興味がないーーという風にシャイが言うので、

「いやいやまさかぁ。今から、今から始まるんだよ。僕が魔女を殺し、関わった全てを殺し尽くす正義のお伽噺がね!」

正義を語るには程遠い男が、まるで子供みたいに無邪気な笑顔を称え、己が目的の幕を切った。


・To Be Continued・

毒菓子



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