夕闇のAnxiety


外を見れば、運良く夜であった。人通りも少ない。
白骨化している人物は後回しだ。
レトはまず、頭を抱えてうずくまったままのチョコと、気を失い倒れたままのフユミを優先することにした。

「さてと。ライトさん、剣の中に戻ってくれないかな?目障りなんだけど」

人の姿をしたままのライトに言えば、

「なんと言いますかラッキーですよね。レトさんは今、旧知に会って顔には出しませんが実際かなり動揺している。私を強制的に剣の中に戻すことも出来ない」

なんて言われ、

「そうだよ。わかっているなら早く自分で戻ってくれる?」

レトはあからさまに嫌な顔をして言う。

「でもさすがにレトさん、お二人を一人で運ぶのは無理でしょう?」
「なんとかする」
「レトさんの体格的に一人ずつしか無理でしょう」

そう言われ、

「なんなんだい?まさか、あなたが運ぶとか言うんじゃないだろうね」

レトが聞けば、

「ええ、手伝いますよ」

と、ライトが言うので、レトはしばらくチョコとフユミを見つめ、

「なら、ライトさんはフユミ君を運んであげて。私がチョコ君を担ぐから」

そう言った。

「おやおやレトさん、そんなにその娘がお気に入りで?」
「バカ言え。ライトさん、チョコ君の記憶を抉ったんだろう?どんな記憶かは知らないけど。これ以上、チョコ君に変なことをさせない為だ。いいかい?あなたは絶対に金輪際チョコ君に近付くな。って言うか世の中の女性に近付くな。フユミ君みたいな存在には構わないけど」

早口でそう言いながら、レトはうずくまりブツブツ言ったままのチョコを抱き上げて小屋から出る。出ようとして‥‥

「レトーー!!」
「ぶっ!?」

レトの顔面に何か黒い物体が直撃した。

「‥‥先生?何故ここに‥‥」

それは、黒い翼を持った目がバッテンのコウモリーーレトが先生と呼ぶ者だった。

「何故って、君が姿を消して一週間なんだよ?」
「‥‥一週間」

先生からそれを聞き、レトはライトを横目で睨む。
なぜならば、自分はライトの術により一週間、あの暗闇の空間で寝ていたことになるのだから。

(そりゃあ、ウィズ君にも見つかるってもんだよ)

レトは心の中でため息を吐き、先生に口を開こうとしたが、

「あのー」

と、別の声が聞こえてきて目を丸くする。小屋の外には、二人の少年少女の姿があった。
ワイトとシェラの姿である。

「実は、この二人からレトの匂いがして、二人からこの小屋の場所を聞いて来たんだよ。そしたら君が居て、本当に良かった」

と、先生は笑うが‥‥レトは何がなんだかわからずに、ただ無表情で固まった。


ーー場所は変わり、エタニティ学園の最上階。
だだっ広い校長室である。

レトは珍しく眉間にシワを寄せ、難しい表情をしてソファーに黙って座っていた。
その横には、未だ剣の中に戻ろうとしないライト。
前方のソファーには、キョロキョロと視線を至るところに動かしているワイトとシェラの姿。
先生はーー‥‥

「ちょっと待ってね、お茶でも淹れるから。えっと‥‥」

パタパタと、コウモリがどうやって茶を淹れるつもりなのか。レトはソファーから立ち上がり、

「先生、その姿じゃ無理です。私がしますから」

と言い、

「君達、コーヒーは飲めるかい?」

ワイトとシェラに聞けば、二人は警戒が解けない様子ではあるが、コクコク頷く。
レトと初対面の日、チョコに嫌味を言っていた威勢はどこへ行ったのやら。

(しかし、先生も何を考えているんだ。ワイト君とあの女の子。連れて来ちゃ不味いだろうに。ましてやライトさんはあの姿のままで、ましてや先生はコウモリの姿で堂々と‥‥)

表情には出さず、しかしレトは頭の中では苛々しながら黙々と校長室の戸棚を漁り、カップだ皿だ、飲料だを探す。

「あ、あの」

すると、シェラの声がした。

「リボンちゃんとフユタ君‥‥なんだか様子が変だったけど‥‥と言うより、あなた達、一体なんなの?それに、なんで校長室に?」

そう、当たり前の疑問を聞いている。
しかも、聞いている相手は前方のソファーに座っているライトに、だ。

「別に一から十まで説明しても良いんですけれどねぇ‥‥話してもいいですか?」

と、ライトはレトを見るので、

「駄目に決まってるだろう」

テーブルに皿とカップを並べながらレトは低い声音で言う。
ライトは頷き、それから冷めた目でワイトとシェラを見るので、二人は悪寒でも感じたのか、ビクリと肩を揺らした。

「では、記憶を消した方がいいですかね?少し衝撃でも与えたら吹き飛ぶでしょう」

なんてライトが言うので、ワイトとシェラは震え上がる。

ーー雑貨屋という小屋からエタニティ学園へ向かうまでの帰路、チョコはレトが、フユミはライトが抱えて連れて来た。

その途中、先生とワイトとシェラの経緯を聞かされる。

レトがワイトとシェラと接触したのは僅かであるが、先生はその匂いを感じ取り、二人に声を掛けた。
レトが姿を消して一週間。
同時に、チョコとフユミも姿を消して一週間だった。

ワイトとシェラはレトの名前を知らなかったが、先生から詳細ーー主に容姿を聞かされて、なんとなくその目立つ容姿を想像できたらしい。

とりあえず、まずはチョコの住むマンション、フユミの住むマンションだを訪れ、最後に、チョコがよく入っていく雑貨屋ーーボロ小屋をワイトとシェラは思い浮かべ、やって来たという経緯らしい。

本当の本当に、タイミングのいい偶然だ。
レトはため息を吐き、

「あのねライトさん。あなた、子供を恐がらせてどうするんだい」

そう言いながら、粉末を入れたカップの中にポットのお湯を注ぐ。
しかし、ライトはやんわりと笑い、

「レトさんが頭を悩ませているようですから、最善を考えたまでです。貴方の為でしたらなんだってしますよ」

なんて答えた。レトはそれを無視してワイトとシェラを見つめ、

「そこの変態は放っておいていいから。私と先生ーーコウモリの姿をした人ね。そっちは恐くないから安心しておくれ」

そう言いながら、淹れ終わった珈琲をワイトとシェラの前に運び、置いてやる。

「あれ?レトさん、私の分は?」

ライトが聞くので、

「あなた飲まないだろう?大昔にコーヒー淹れたらマズイマズイ連呼して吐き出したぐらいだろう?あの時も自分から飲みたいと言ったくせに」
「ああ、そういえばそうでしたねぇ」

レトは懐かしくもない会話をしながらますます眉間にシワを寄せ、

「それで先生、どうするんですか。そもそもこの子達を巻き込んだのは先生なんですよ?」

と、先程から部屋をせわしなくパタパタ飛んでいる先生に言った。

「すまない‥‥レトのことが心配で‥‥二人を何も考えずに連れて来てしまった‥‥」

なんて、先生が申し訳なさそうに言い、

「い、いえ。先生を責めているわけではありません。私は世界で一番先生を信頼して頼りにしていますし‥‥って、そんな話じゃなくて‥‥」

レトはとうとう額に手をあて、真夜中の外を見ながら、

「君達、帰らないとご両親が心配しないかい?」

そう二人に聞けば、

「連絡は入れてる」

ワイトが言い、

「明日は休みだから遊んで来るって一応言ったから‥‥」

シェラが言った。

「そうか。しっかりしてるね。じゃあなんだ、君達、夕食を食べていないんじゃないか?」

先生が放課後に二人を連れ回した的な話を何気なくしていたことをレトは思い出す。ワイトとシェラはやはり頷いた。
レト表情をひきつらせ、

「食事をしに行こう。迷惑を掛けた分、代金は私が持つ」

なんてレトが言うので、

「レトさん。隣室で寝たままのフユミさんと、無理やり気を失わせたチョコさんを置いて行くんですか?」

そうライトに言われ、

「仕方ないじゃないか。こんな時間になってまでご飯を食べてないだなんて可哀想じゃないか!私達とは体の作りが違うんだぞ!」

必死に言うレトを見て、

「‥‥なんか優男、イメージが違う」

ぽつりとワイトが言い、

「ワイト?あれからもあの人に会ったの?」

シェラに聞かれ「一度だけ」と、ワイトは答えた。
それを聞いていたライトが、

「それはそうですよ」

ライトはレトが背負っている剣を指差し、

「私をそこに封印し続ける為に、レトさんは感情を抑えておかなければいけないんです。今、私はこうして自由ですから、だからこそレトさんも感情を露に出来るというわけです。クールぶっていますが、言うなれば、素のレトさんはお優しくて可愛いんですよ」

なんてライトが言うので、

「ライトさん‥‥いや、この変態。殴るよ?」

レトは半目でライトを見る。

「ふ、封印?」
「剣に?感情を抑える?」

しかし、ワイトとシェラの頭は混乱するだけだった。

「そうだ、食事は僕が作るよ」

なんて、今度は先生が言う。

「僕に責任があるわけだから。それだったら、ここから動く必要もないだろう?」
「別に構いませんが、そのお姿で?」

ライトに嫌味っぽく言われ「まさか」と、先生は苦笑した。しかし、それが何を示すのか気づき、

「ちょっ‥‥先生!早まらないで下さい!」

レトは慌ててコウモリの姿をした先生を捕まえようとしたが‥‥
なんの音もなく。
なんの前触れもなく。

コウモリの姿をした彼は、普通に人の姿ーー青年の姿になってその場に立っていた。
桃色の短い髪と、この場に似つかわしくない大層な鎧を身に纏って。
ワイトとシェラの目は点だ。
しかしライトが、

「ああ、嫌なものを見ましたね」

と言えば、

「お互い様だろう?」

と、青年は笑い、レトは‥‥レトは無言。しかし数秒して、

「どうしてくれるんですかぁぁぁぁ!!誰が何をどう説明するんですかぁーー!?」

何者にも縛られないレトの、心からの、本心の叫びだった。


校長室には鼻歌と、美味しそうな料理の香りが充満していた。
どちらも、いきなりコウモリから人間の姿になった桃色の短い髪をした、時代に似つかわしくない大層な鎧を身に纏った男ーー【先生】の立つキッチンからである。
彼は楽しそうにフライパンの中に野菜を放り込んで炒め、鍋の中のスープを暖め、何やらオーブンも使っている。

ワイトとシェラはソファーに座り目を点にして固まったまま。
ライトも二人の向かいのソファーに座り、先生の様子を冷めた目で見ていて。

レトはといえば‥‥校長室から出ていた。
先生にウィズと会ったことや、チョコとフユミや雑貨屋でのこと、ライトの封印が解けてしまった経緯を話さなければならない。
しかし、ワイトとシェラが居ては話せない。
だが、ワイトとシェラにも何かしらうまい説明をしなければならない事態となってしまった。

決定的なのは、二人の目の前でコウモリが人間になってしまったことだ。
あとはライトが必要ないことまで言ってしまう。
それがなければ、なんとかうまい具合に話を誤魔化せて穏便にワイトとシェラを家に帰すことが出来たが‥‥

学園内の廊下を歩き、校長室の隣にある一室に入った。そこにはソファーが二つと机や棚があるだけの作業室。
各ソファーに、眠っているチョコとフユミの姿がある。

あれからフユミは目を覚まさない。息はしているが、体が酷く冷たいのだ。
何度声を掛けても反応すらない。
あの場所でフユミを眠らせたのは恐らくウィズ。去り際に彼は、

『やっと始まるねー、楽しみだなー』

と、まだ何かしでかそうとしているような言い方をしていた。
フユミが目覚めなければ、ウィズを見つけ出して何をしたのか聞かなければならない。

そして、錯乱したままのチョコは、ライトがレトを眠らせた例の術で眠らせている。
ウィズはあの雑貨屋の空間もチョコのことも昔作った『罠』だと言っていた。

チョコ自身がそのことを知っていて『罠』になった上でレトに偶然を装い接触する羽目になったのか‥‥それはわからない。だが、

(チョコ君とフユミ君。二人を先に雑貨屋に行かせてしまった。私がちゃんと一緒に行っていれば二人を巻き込まなくて済んだだろうし、ワイト君とシェラ君を巻き込むこともなかった)

レトは小さく息を吐き、チョコとフユミの寝顔を見つめ、

「罠だなんだ、巻き込んでしまった責任は私がとるよ」

そう誓い、

「まあ、こう言ってられるのはあの変態の封印が解けてる間だけなんだけどね。その間になんとかしなければ」

と、肩を竦めて一人、笑った。
そう、決意の雰囲気が出来たところで、

ーードンドンドンッ!!
部屋の外からドアを激しくノックされる。

「優男ーー!!」

なんて、ワイトの切羽詰まった声だ。

「どうしたんだい!?」

ライトか先生が何かしでかしたのだろうかと、レトが慌ててドアを開ければ、そこには半泣きになっているワイトと、瞳を潤わせているシェラの姿があった。

(だから君達、初対面の時にチョコ君に嫌味を言っていたあの威勢はどこに行ったんだ)

レトは心の中で突っ込みを入れた。

「あ、あんなとこに置いてかないで!?」

シェラが言い、

「あんな怪しい黒服の男と、鎧のコスプレと一緒に居れるか!?ってかなんだよアイツ!コウモリが喋ってさ!人間になって!?」

ワイトは困惑の叫びをあげる。当然の反応だ。

「君達、どうする?帰る?今なら無事に帰れるよ?って言っても、色々と見なかったことには出来ないか」

レトが言えば、

「そ、そうよ。できれば説明が欲しいわね」

シェラが言って、

「そうだね。説明は、なんとかするよ。その前に、じゃあ、君達が知っているチョコ君のこと‥‥チョコ君がいじめられてる理由を教えてくれるかな」

レトは言う。それがわかれば、ウィズの『罠』の理由が大体わかるかもしれない。

「い、いいけどよ‥‥」

ワイトが頷き、しかしレトより背の高い二人はレトの両脇を固めるようにしがみついてきたので、レトは首を傾げた。

「お前も大体ヘンだけど、あ、あの二人よりは多分マシだ!って言うかここに居させてくれ!」
「お願いよ!!」

二人にそんな懇願をされ、

(だから私達は人と関わるべきじゃないんだ。まあ、今回は私がチョコ君やフユミ君に関わりすぎたせいか‥‥)

そう思いながらため息を吐く。

「とりあえずだ。君達、ご飯を食べよう。先生がもうじき作り終わる頃だろうから。お腹が空いたろう?」

レトが聞くも、

「先生ってあれだろ!?あのコスプレ!」
「そうよ!コウモリが鎧になって!あんなのの作った料理を食べろって言うの!?」

ワイトとシェラが口々に言い、

「いや、まあ、君達からしたら‥‥うん、そう言いたい気持ちはわかるよ、うん」

レトは苦笑しながら言い、

「でもね、本当に先生は信用して大丈夫だから。それに、あの人の作る料理は本当に美味しいんだ」

そう言いながらレトはニコリと笑った。


ーー‥‥三人が校長室に戻ると、テーブルの上はご馳走の山だった。

オムライスに、野菜を炒めたもの、温かいスープ。
数こそ三品ではあるが、量がとても多くボリュームがある。

ちょうどそれらをテーブルの上に並べ終えたのであろう先生がようやく戻って来た三人を嬉しそうに見遣り、

「あ、ちょうど良かった。今、準備が済んだところだから。さあ、ワイト君にシェラさん、遠慮せずに召し上がれ」

なんて、先生に言われ‥‥レトにも促され、二人は渋々席に着いた。

ーーそうして数十分。
黙々と、奇妙な夕食は幕を閉じる。何が奇妙かと言えば‥‥

先生が作った夕飯を食べているのはワイトとシェラだけ。
レトはアイスコーヒーを飲み、ライトは何かしらレトに話し掛けているがシカトされ、先生はワイトとシェラが自分の手料理を食べている様を嬉しそうに見ているという‥‥なんとも妙な光景である。

「ごちそうさまでした‥‥」

ワイトとシェラが言い、

「どう?美味しかったかな?今の子の口に合っただろうか?」

先生は即座にそう聞いた。

「うまかった、けど‥‥」
「けど?」

ワイトの焦らすような言葉に先生は首を傾げ、

「こんな状況で味わえるわけないじゃない‥‥はっきり言って喉を通らないわ。水で流し込んだ感じ‥‥お腹は膨れたけど」

シェラが言い、

「そ、そうだよね」

と、先生は落胆するように苦笑いをする。

「それで?その子達はどうなさるんですか?帰って頂きますか?」

ライトがワイトとシェラを見て言えば、

「チョコ君の話を聞かせてもらおうとは思うんだけどね。でも、もう真夜中だからな。どうする?」

レトが二人に聞くと、

「話すけど、そっちの話もしてくれよ!?」

ワイトが言った。レトは曖昧に頷いたが、

「ああ、そういえば。レトに言うのを忘れていたね、モカの子孫の話」

先生が急にその話題を持ち出す。この前、先生が確認してくると言って、結局そのままになっていた話ではあるが‥‥

「先生、なんで今その話を?」

レトは目を細めた。するとライトが、

「モカさんの子孫、チョコさんでしょう?チョコさんの記憶を覗いた時にはっきりとわかりましたし」

そんなことを言って、

「ああ、なんだ。知っていたのか」

と、先生は柔和に笑う。
レトは二人のやり取りをきょとんとした様子で見ていたが、

「はぁーーーー!?私は知りませんよそれ!?チョコ君が!?なんでもっと早くに言ってくれないんですか二人共!」

当然そう叫んだ。

「な、なんの話?リボンちゃんがなんの子孫?」

端で聞いているシェラもワイトも、理解しようのない話である。

「ああ、僕とレトとモカというのはね、魔王討伐部隊だったんだよ。ちなみに魔王は彼ね」

そう言いながら先生はライトを指した。
レトは目を見開かせ、開いた口が塞がらない。

「魔王なんて勝手に呼ばれてるだけなんですけどねぇ」

と、ライトは気にする様子はなく‥‥

「ま、ま、魔王!?討伐!?」

もはやワイトのものかシェラのものか‥‥どちらともわからない疑問の叫びが校長室に響き渡った。



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