繕うことを知らない言葉

――拝啓。
オレはジロウ。ただの人間です。
しかし、オレは今とても鼓動が早く、冷や汗も流れ出ています、緊張とは違います、恐怖とも違います。
なんか大掛かりな事を言ってしまったような気がして、とても複雑な心境なのです。

…と。
話を終えたジロウは、誰に語るでもなく、そんなことを考えていた。
なぜなら、話を終えたジロウに、この一室に居る誰も、何も言ってくれないから。

静まり返った一室で、エメラが息を吐き、

「熱い演説だったけど、あんたの話は夢物語ね」

そう言い、

「あの様子からして、ミルダもマシュリも生温くないわよ。何も傷付けずに…なんて、ただの綺麗事だわ」

続いたその言葉に、他の一同も同じ気持ちになる。
ジロウは唇を噛み締め、対抗する為の言葉を探す。
だが…

「ふふ。でも、可笑しいわね。馬鹿な話だってわかってるのに、そういうの、嫌いじゃないわよ」

エメラがそう言って笑ったので、ジロウは目を丸くした。

「…確かに、変やな。無理やろなーってわかっとるのに、なんやろ。妙に同調するっつーか…」

ラダンは悩むような顔をしながら頭を掻き、

「俺には無理かもしれんけど、お前ならやりかねるんじゃないか…なんて、思う」

そう、ジロウを見て言う。

「…なっ、なんだぁ?…ハッ、天使ってのは、マジでお人好し野郎だな」

その様子にラザルが言い、

「オレらは…」
「ジロウ。今言ったことを、本当にお前は実現できると思っているのか?」

ラザルが何か言おうとした所で、真剣な声音でムルが質問を投げ掛けた為、ラザルは驚くようにムルを見た。

「ああ。皆が思うように、自分でも綺麗事だとか、馬鹿なこと言ってるとかわかってる。でも、オレは自分の思いを捨てたくないんだ」

ジロウのその答えにムルは目を閉じ…

「お前は本気で、関わりも無い者を仲間だと言ってくれているのか?お前…いや、君に賭けてみよう。君と同じく、ヤクヤさんもさっき同じ言葉をくれた。俺達のこれからは変えていけると。だが…なぜだろうな?同じ言葉なのに、君の言葉は、酷く…心に響いた」
「…ムル?」

ラザルは目を見開かせる。
ムルが、微笑みながら涙を流していたのだ…

「君の言う通り、取り返しのつかないこと、忘れられないことが数多にある。だが、君は言ったな。もう誰も、苦しみや悲しみを背負わなくていいように、憎しみに囚われないでほしいと。そして君は自分を犠牲にする覚悟を持って、テンマすら赦している……俺は、変わってみようと思う。君を信じるよ、ジロウ」
「…っ!」

そう言われて、ジロウは大きく頷く。

「ムル、お前…」

ラザルは困惑するような表情のままで…

「誰かを傷付けるだけが戦いじゃない?じゃあ、テメェはオレのしてきたこと全部を否定するってのか?!」

ラザルが噛み付くようにジロウに言えば、

「あなたは本当に、ジロウちゃんの話を聞いていたのですか?それとも、もう全てを理解していて、見てみぬフリをしているのですか?」

ウェルが静かな声でラザルに問うので、

「またテメェかよ!」

と、ラザルは言った。

「ジロウちゃんは、あなた方の過去も受け止めた上で、皆でこれから変わっていこうと言っているのですよ」
「…チッ!んなこと、わかってんだよ!」
「じゃあなぜ、あなたはそんなに閉じ籠るのですか?」

そう言われてラザルは歯を軋め、無言を貫く。

「あ!わかりました!」

と、そこでカトウが大きな声を出すので、一同はビクリと肩を揺らした。

「ラザルさんは怖いんですよね!ジロウさんのことやここに居る皆を本当に信じれるのかどうかが!」
「はあ?!」

カトウの言葉にラザルは思わず顔を引きつらせながら叫ぶ。

「でも!大丈夫です!ジロウさんはいつだって真っ直ぐなんです!真っ直ぐなことしか言いません!私も…人間界で真っ黒な影達が現れて、世界が滅茶苦茶になった時、ジロウさんに励まされました。私だけじゃない、きっとハルミナさんやネヴェルちゃんにもそんなことがあったんじゃないかなーって、私は思うんです!だから断言します!ここに集まる皆さん!ジロウさんは馬鹿で真っ直ぐで、でも優しすぎて、とっても信頼できる方なんですよ!」

椅子から立ち上がり、両手を目一杯に広げ、笑顔でカトウは言った。

「カトウ!なんか、貶されてる気がするんだけど!?」

と、ジロウは苦笑いして言う。
そんなジロウにニッコリと笑い掛け、席に着いたカトウだが、そんな彼女の頭をバンダナの上からネヴェルがぐしゃぐしゃと撫でた。

「わわ!?ね、ネヴェルちゃん!?」

なぜ撫でられたのかわからずにカトウは疑問を返すが、ネヴェルの視線はラザルとムルの方に向いている。

「…い、意味わかんねえ!!」

と、ラザルは思ったことを叫んだ。

「…とにかくです。ラザルさん、でしたか?観念して下さい」

ウェルが言い、

「ジロウちゃんの言葉は戦えないわたくしに、勇気を与えてくれたわ。戦えなくても、出来ることがあるって…だからもう一度、あなたに言わせて下さい。皆さんと共に、戦いましょう、ラザルさん」

その言葉に、ラザルは目を細める。

――これからの自分は変えて生きたい。もう、見ているだけの自分ではなく、皆さんと共に、戦いたいのです

先刻のウェルの言葉を思い出し、纏まらない思いを胸にラザルは俯いた。

「…はぁ。魔界で初めて会った時から変な奴とは思ってたけど…」

ため息混じりにトールはジロウを見て、

「こりゃあ、観念するしかなさそうですぜ?」

と、次にラザルを見て言う。
俯いて、顔を上げることの出来ないラザルに、

「魔界の人達の暮らしは、この数日で色んな人達から聞いた。その苦しみを、同じ苦しみを持たないオレ達人間は共用できない。でもさ、あんた達が前に進む為に、手を貸すことは出来る。これから一緒に行動して、新しい人生を歩んで、新しい未来を作って…傷は消えないけど、でも変わっていける」

ジロウはそう、言葉を落とした。

「…わかんねえ、わかんねえよ…オレには、そんな生き方、わかんねえよ!?」
「…ラザル」

泣いて、頭を抱えるラザルにムルは目を伏せる。
しかし、ウェルがそんなラザルを背後から包み込むように抱き締めたので、ムルは目を丸くした。

「いいえ、ラザルさん。あなたはもう、わかっているのよ。ただ、気持ちを整理できないだけ…わたくしにはわかるわ。あなたは言動こそ優しさを込めていないけれど、本当はとても繊細で脆く、優しい心をしているって」

まるで、子供に言い聞かせるかのように、ウェルはゆっくりとラザルに言う。
ラザルは頭を抱えたまま、泣いて、震えて、嗚咽を洩らした…

「あらぁ、あれは嫉妬ものなんじゃない?」

その様子を、エメラが茶化すようにラダンに言うので、

「ええとこやねんから黙っとけって」

と、ラダンは複雑な表情をしながらも言った。

「…しかし、なんじゃ。やはり若い奴の言葉は響くものなのかのう。ジロウの言葉が、この場を纏めようとしておる」

そう、感心するようにヤクヤが言い、

「ああ。僕ら旧い存在の出る幕じゃないってわけだね。…彼の言葉は正論であり、しかし、実現できるかは危うい。でも、必要なのは、そんな正論を真っ直ぐに言える覚悟なんだろうね」

カーラはヤクヤにそう言って、

(…やれやれ。ハルミナが惚れる理由もわかるよ)

そう、ため息混じりに思う。

「ジロウ」
「…おう」

ネヴェルに名前を呼ばれ、緊張するかのようにジロウは振り向いた。

「ありがとう」
「…おう。って、…へ?」

今、お礼を言われたのか?…と、ジロウは数回瞬きをする。

「お前は繕うことを知らない人間だ。戦えないくせに、魔界でレイルや、敵だったナエラの為に自らを危険に晒し…俺を恐れていつも足を震えさせつつ、それでも歯向かって来た」
「うっ」

指摘され、ジロウはネヴェルから視線を逸らした。

「皆が言うように、お前は馬鹿で真っ直ぐだ。だからこそ、お前の言葉は俺達、魔界の存在に奇妙に渦巻いて響く。天使の正義感にも火を点ける…」
「そ、そうなのか?」
「ああ。俺も捨てていたものを…かつて、人間と天使と共存していた頃の思いを、甦させられた」

ネヴェルは微笑し、

「後でまた話そうと思うが…俺にはテンマを赦せない事情がある。だが、お前やカトウが奴を憎むなと願うのなら、お前が奴を止めると言うのなら、奴のことはお前に任せよう」
「ネヴェル、あんた、なんでそこまで…」

しばらく会わない内に、なんだか柔らかくなったネヴェルにジロウは言葉を詰まらせる。

「お前が言ったんだ。全部終わって、行き場の無い思いがあるなら、お前を憎めと。なら、俺はテンマへの憎しみを今は抑え、そうさせてもらうさ」
「ね、ネヴェルちゃん」

それは、いいことなのか悪いことなのか…はっきりとはわからなくて、カトウは複雑な心境になった。

「初めて会った時から、俺はお前が気に入らなかった。何も知らず、正論ばかり吐く人間だとな…」
「そ、そうだよなぁ。わ、悪かったよ…」

ジロウは視線を散らつかせて謝る。

「だが、今は気に入っている。お前のことが好きだから、俺はお前の決断に手を貸そう」
「ネヴェル…ありが……って、はぁあ?!な、なんだ?!なんかネヴェルが変だぞ!変なこと言ったぞ!?」
「ふん。凝った話は後にする、俺からは以上だ。ハルミナが話やすいようにしてやっただけさ」
「??」

ネヴェルの言葉の意味がわからずに、ジロウは疑問符を浮かべるしかなくて…
そのネヴェルの言葉にハルミナは何かを理解したのか、小さく「ありがとう…」と呟いた。

「ジロウさん。私は元よりジロウさんを信じています」
「ハルミナちゃん…」
「私……あなたのことが…」

ハルミナは何かを言い掛けて、ジロウと接していた時のナエラの態度を思い浮かべ、言葉を止める。
それから首を小さく横に振って微笑み、

「私も、ネヴェルさんと同じで、ジロウさんのことがとても好きなんです」

そう言った。
ネヴェルはハルミナが言葉の流れを繋ぎやすいように、言葉の意味を問われないように、先ほど敢えて恥ずかしい台詞を言ってくれたのだった。

「だから、私は最後まで、ジロウさんの優しい決断を信じます。誰かがあなたの答えを間違いだと言うのなら、私が全力であなたの意思を肯定します。あなたが何度も、私に希望を見せてくれたみたいに…今度は私が、私達が、あなたを支える番なんです」
「…ハルミナちゃん。ハルミナちゃんも、ネヴェルも、なんか、本当に、サンキューな。すっげえ、心強いぜ!」

ジロウは満面の笑みで言う。

「お前さぁ…お前さー…」

と、ハルミナの隣でユウタが項垂れるように言っているので、

「ど、どうしたんだよユウタ?!あ、あんたはなんか巻き込まれた感じだから、無理に何もしなくていいんだぜ!?」

ジロウが心配するように言えば、

「そうじゃなくて…ここまで来たら俺も付き合うけどさー、ああ、友達ながら本当に、お前って鈍感だよなぁ…」

と、ハルミナの想いに気付かないジロウに言い、そんなユウタを、

「ユウタさんったら、もういいんですよ」

と、ハルミナは可笑しそうに笑った。

「そういえば、マグロ。お前はどないすんねん?」

先程から、黙って一同の話を聞いていたマグロにラダンが聞くと、彼は、何か決意を込めた眼差しをして頷く。

「それは勿論、これからの事を考えていたんです」

と、マグロは答えた。


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