語られる真実1

「…やあ、新米くん。おはよう」
「――!」

ジロウの声に応え、テンマがジロウが入って来た方とは別の扉から現れた。

「…そして、一応初めましての人も多数かな?」

テンマは広間に居る一同を見ながら言う。

「テンマさん!テンマさんも、無事だったんですね!良かったぁ!!」

そう、安堵したのはカトウだ。

「お、おいおい、いくらなんでも喜びすぎだろう?!」

銅鉱山内でのテンマの行いに当然、良い印象を持たないユウタがカトウに言う。

「おやおや、何が良かったって言うんだい、商人さん」

テンマは苦笑し、

「僕が無事ってことは、君達が危機に陥るってことなんだよ?」
「……なんじゃ、こいつは…」

テンマを見てヤクヤは身構える。
この場に居る一同は、テンマの纏う異様な雰囲気に気付いていた。
そんな中で、

「いやはや、しかしテンマさんが無事で良かったですよ」

スケルだけはニコニコと笑いながら言う。

「ああ、ネクロマンサーくんか」

テンマはスケルを横目に見て、

「まあ、まず一つ進んだね。世界を元通り…一つにするっていう目的が。これでやり易くなったよ、ありがとう新米くん」

ジロウを見て微笑んだ。

「天界、魔界の諸君。世界は一つになった。とは言っても…ほとんどの人々は黒い影に食べられちゃったからここに居る人達ぐらいかな、生き残りは。で、君達に質問をしよう。君達は天使、魔族、人間と、同じ世界で手を取り合って暮らせるかな?」

そんな質問を、テンマは広間に居る一同にする。
それを聞きながら、ジロウは銅鉱山の最奥でのテンマの言葉を思い出した。

――世界が一つに戻って、三つの種族が今さら仲良く出来ると思う?無理だろうね。そしたら何が起きる?…争いさ。昔と、同じ。

ジロウは慌てて天使や魔族たちを見た。

「…なんなんだい君は?」

マシュリがテンマを見て鼻で笑い、

「私とミルダくんは人間と魔族に復讐する為に生きて来た。手を取り合うとかバカな話はしないでほしいね」

そのマシュリの言葉にテンマは笑い、

「うん、それでいいんだよ。ミルダとマシュリ。君達はとても良い生き方をしてくれた」

と言うので、マシュリは目を丸くし、同じく名を挙げられたミルダがテンマを睨む。

「で、他の人達はどうだい?例えば……ウェル、ラダン、マグロ。世界が一つだった頃を知らない…話でしか聞いたことの無い君達は?」

テンマが三人を名指しした。

「なっ、なんで俺らの名前知っとるねん!?」

ラダンが警戒しながら言うも、

「いいから答えなよ、じゃなきゃ、ウェルを殺すよ?」
「!?」

テンマは笑みを称えたままそんなことを言う。
…しかし、ラダンにも、ウェルにも、マグロにもわかった。
それは単なる脅しではない雰囲気だと…

ラダンは軽く舌打ちをし、

「…人間とか、魔族とか、今、初めて見たし……大昔には争って、天使と魔族は人間の英雄に負けて、天使は空に追い遣られたことは知ってるが…」

ラダンが言い、

「…わたくしも、話でしか知り得ません。でも、もはや争う必要などどこにもないと思います」

ウェルが言い、

「オレも…。ずっと天界で、空で生きて来たから…。人間にも魔族にも、別に憎しみなんて…ない」

マグロが言った。

「ちょっと、なんであたしには聞かないわけよ」

すると、省かれたエメラがそう言い、

「ん?君は世界の事情には興味なさそうだからね。君の中心はカーラだろう?」
「!?」

テンマに言い当てられ、エメラは訝しげに彼を睨む。

「…ふむ。やれやれ。やはり戦争を知らない天使は腑抜けだなぁ」

テンマはそう言って笑い、次に魔族を見る。

「ヤクヤ、君ならわかるんじゃないか?かつての時代を血を流しながら生きた君ならば」
「ほう?俺の名前も知っているときたか」

ヤクヤは目を細めてテンマを見て、

「生憎じゃが。俺ももう歳の部類に入るからの。今更、憎しみだの復讐だの……そんな感情は無い。俺はただ平和に生きたい、フリーダムなのじゃからな」

そう、胸を張って言う。

「さ、さすがヤクヤさんですぜ!」

そんなヤクヤをトールが目を輝かして、尊敬するように見て…

「はぁ、バーサーカーと呼ばれた君なら、今でも戦いを愛してると思ったんだけど…」

呆れるようなテンマに、

「ヤクヤさんは弱きを守る魔族だ」

ムルがテンマを睨みながら言い、

「そうだな。ヤクヤは天使であるハルミナすら助けたし、人間であるジロウすらすんなり受け入れたのだからな」

ネヴェルがそう言った。
しかし、テンマはそれを嘲笑い、

「あはは。偽善者振るなよ、ネヴェル。そして、ナエラ、ムル、ラザル。君達は魔王の力に屈服し、今でも同族を力で捩じ伏せてきたじゃないか?」
「……そりゃあ、それが魔族の生き方…」

ラザルが言うと、

「魔界では力こそが全てとかなんだとか?それは言い訳だろ?魔族の中にだって、殺めることを嫌う奴らも居た。でも君達は力に負けた、屈服した。…そんな君達は、人間と天使と最初は手を取り合えたとしても、長くは保たない」

テンマは両手を広げ、

「すぐに力社会になるさ。誰が強いか、誰が強くて誰が弱いか、すぐに決めたがるはずさ。で、争いになる。血が流れ……」
「そんなのわかんないじゃないか」

テンマの言葉の途中で、ナエラが言葉を発した。

「確かにボクは…たくさん殺してしまった。魔王様に従い、同族を。…それが当たり前だったから。力を示さなきゃ生き残れないから、誰も助けてくれないから、自分が強くなるしかない、じゃなきゃ、殺されちゃうから」
「ナエラ…」

絞り出すように言葉を紡ぐ、いつも強気なはずの彼女を、ネヴェルが驚くように見る。

「言い訳なんかじゃない。これが魔界の常識だったんだから。話には聞いてた。ネヴェルちゃんから。大昔の話を…人間と天使と争い、人間の英雄によって…魔族が不自由な地底に落とされた話を。…人間も天使も、最低最悪な憎むべき奴等だって、ボクは思った」
「最低最悪だなんて!?」

天使も含まれていて、マグロは思わず不快な気分になった。

「…ナエラの言いたいことはわかるぜ。人間も天使も、生きて行く上では問題ない環境じゃねぇか。魔界は何も無いんだぜ。草木だってほとんど枯れ果てて、変色して、水だって汚染して…」

ラザルが眉間に皺を寄せながら言い、

「だから、今度は同族で争いが始まってしまった。奪って、生きる為に…」

ムルが続ける。

「…でも、私は知っています。恵まれない環境だからこそ、魔族は逞しく、本当は……魔族は皆、優しいってことを。本当は…殺したくて殺していたわけじゃ、ないんだって…生きる為に、皆、必死になるしか…なかったんだって…」

ハルミナは静かな口調で言い、ネヴェルを見た。

「そ、そうなんです!ハルミナさん!ネヴェルちゃんには理由がっ、ふがっ」

ネヴェルの'彼女'の話だろう。
それを言おうとしたカトウの口をネヴェルが手で塞いだ。

「…自分の口で後から話す」

ネヴェルはそう言う。
すると、テンマが深くため息を吐き、

「…ねえ、茶番はいいからさ。結局どうなわけ?魔族は人間と天使と仲良くなれないで纏めてもいい?だよね、人間と天使がのうのうと生きてた中、君達は不自由な生活だったんだからね」

そう言うので、

「…すぐには、人間と天使を理解できない」

ナエラが言う。

「お、おい、ヒステリック女…」

ジロウが困ったようにナエラを見て、

「でも…。お前はあの時、ボクを助けてくれた。…ボクは初めてだった。あんなに必死で助けようとしてくれて、他人が助かったことに安心する奴を、初めて見た……あの時、言い掛けて言えなかったけど…」

ナエラは少しだけ俯き、それから上目遣いにジロウを見て、

「あの時、助けてくれて、あ…、ありがと。…お前の行動のお陰で、ボクは他人から助けられるってことが嬉しいことなんだって……知った…」
「ヒステリック女、あんた…」
「……」

ようやく、あの時に遮られたお礼を言えてナエラは内心ホッとしたが…

「お前……ボコるわよ」
「な、なんでだ!?」
「ボクのこと、まだそんな呼び方してたのか!!」
「や、やっぱヒステリックじゃんかよ!!」

…いきなり始まったそんなやり取りに、

「…ぷっ、あのナエラが、なんだありゃ」

ラザルが笑い、隣でムルも笑いを堪えていて…

「…魔族って、もっと怖いイメージがありましたが…」

ウェルが目を丸くして言い、

「なんか、別にあたし達と変わんないわね」

エメラが頷きながら言った。

「はぁ……ほんと、新米くんは厄介だなぁ…」

そう、テンマが言い、

「テンマ、そろそろ教えてくれ。あんたは一体…何者なんだ?」

ジロウは真っ直ぐに彼を見つめる。

「まあ、ここまできたらいいか」

テンマはニコッと笑い、いきなり一同に軽く会釈をして…

「天界の住人よ、魔界の住人よ。今まで僕の役に立ってくれてありがとう」

なんてテンマが言うので、

「な、なんやねん?」

ラダンは首を捻る。

「ふふ。…まあ、こんな小さな姿じゃ見くびられてもしょうがないか。……僕は君達の王、すなわち天長と魔王を同時に演じてたんだよ」

テンマはそう言い、前方にある天長が座っていたはずの玉座と、後方にある魔王が座っていたはずの玉座を指差した。

「…どういう意味だ?貴様みたいな子供が、天長だと言うのか?」

ミルダが言い、

「あはは。君とは後で、ゆっくり話をさせてもらうつもりだから、そう急かなくていいよ」

テンマはミルダに笑い掛ける。
そして、二つの玉座に手を伸ばすと…

――ブォン…

と、玉座が光り、天幕の後ろに、いつものように顔が見えず、足元だけの天長と魔王の姿が現れた。

「なっ!?」

それにマグロが驚き、

「…ちなみにこれは幻影だよ。うまく出来てるだろう?で、後は幻影に僕が声を吹き込んで……ありもしない天長と魔王の完成さ」

そう、テンマは言う。

「ありも…しない?」

ネヴェルがテンマを睨み、

「君達はたまに疑問に思ったはずさ。いつの間にか現れた天長と魔王に」

テンマは一同を順番に見て行き、

「天長は的確な判断力と指示力、そして治癒力を天使に見せ、魔王は圧倒的な力を魔族に示す。たったそれだけの、…そう。そんなものを見せるだけで…バラバラにされた世界の住人は…導を失っていた君達は、知らず知らずの内に、どこかでオカシイと思いつつも、天長と魔王なんて存在を肯定した。なら後は簡単さ。新たに生まれて来た者達にとったら、天長や魔王は最初から居た存在になるんだから」

テンマは笑い、広間は静まり返ってしまった…
疑問の表情を浮かべる一同を見て、

「じゃあ…あんたの正体はそれだって言うのか?」

ジロウがテンマに聞けば、

「はは、これこそまだ茶番ってものさ。話にはまだ続きがあるよ。…それこそ、君が知りたがっていた、真実ってやつさ」

テンマは相変わらず笑ってそう言いながらも、しかし、どこかキツい眼差しでジロウを見据えていた。


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