目覚める為に1

長い廊下を進み、ジロウは何かを見つけた。

それは、大きな真っ白な扉。
そして、その扉の前にはユウタと天使の女性が居たのだ。

(ユウタ、無事だったか!でも、こんなとこで何してんだ…?)

リョウタロウによって時間が止められている為、ユウタも天使の女性も石像のように固まっている。
よく見てみると、二人は扉に耳を当て、聞き耳を立てているような仕種だ。

(もしかして…この扉の先が、テンマが映し出した、ハルミナちゃん達の居るあの広間なのか?)

ジロウはそう思う。
そして、ジロウが広間に辿り着いた時に、時が動き出すとリョウタロウは言っていた。

(…よし、行ってみるか。…って、ちょっと待てよ)

大きな扉へジロウは向かおうとしたが、あることに気付く。

(オレって今、魂だけ…なんだよな。ど、どうやってこのデカイ扉を開けたらいいんだよ…)

念の為、試しにジロウは扉の手前まで行ってみるも、やはり触れることが出来なくて…

(お、おい!リョウタロウー!!どーすりゃいいんだよ?!漫画みたいな幽霊みたいに壁をすり抜けることも出来ないし!!)

ジロウはそう心の中で叫び、

「おい、ユウタ!聞こえないのかよ、ユウタ!!くそー!!」

時間を止められているユウタには当然ジロウの声が届くはずはなく…
どうするべきかとジロウが頭を悩ませていると…

――ギィッ…
と、いきなり扉が半分だけ開いてジロウは驚いた。

「一応、見に来て正解だったね」
「カーラ!!」

先ほど牢屋で会話したカーラが扉を開けてくれたようで、

「ってか、あんた、牢屋ん中に閉じ込められてたよな?!出れたのかよ?!」

ジロウが聞くと、

「ああ。あんなのは最初から出れたよ。それに、厳重に掛けられていた魔術もとっくに解いてたからね。君も簡単に出れただろ?」

そう言われ、(そういえば…)と、ジロウは思い出す。
地下牢から城内に繋がる扉もとても開放的だったことを…

「でも、なんで来てくれたんだ?さっきまでやる気なさそうだったのに」
「君が言ってたからね。天長の間の時間が止められてるって。だとしたら誰も扉を開けてくれない。肉体の無い今の君には扉を開けない。なんとなーく、それを考えて来ただけ」

と、カーラはヘラりと笑った。

「そっか。まあ、助かったぜ、サンキューな。…で、ここまで来てくれたからには、中まで一緒に入ってくれるんだよな?」

ジロウが聞けば、カーラは首を横に振り、

「それは無理。僕はこのまま牢屋に戻っとくよ」

そんなことを言う。
そんな彼に「はぁ?!」と、ジロウは驚いた。

「見えないかもだけど、実際、僕の体力はもうけっこう限界なんだよねぇ。目も霞んでるし、実はちょっと聞こえにくいし。まあ、君の声は大きいから助かるよ」
「なっ」

へらへら笑いながら、大変な事を言うカーラにジロウは絶句する。

「君、言っただろ?僕に死ぬなって。ハルミナに会わせるって。だったら僕は大人しく体力を保っとくよ」
「…そ、そっか」

何を言ったらいいのかわからずに、ジロウは曖昧に相槌を打った。

それから、半分だけ開いた扉に目を遣り、

「こんだけじゃ中が見えないけど、ハルミナちゃんの姿、見とかなくていいのか?」

ジロウが困ったように聞くと、

「うん、いい。後は君を信じて君に任せるから」

と、カーラは言い、

「君が中に入ったら、僕は扉を元通り閉めて見つからない内にずらかるよ。扉が半分開きっぱだったら、中の人達も気付いちゃうだろうし、そこに居るエメラと…人間の子もビックリして声を出しちゃうかもだしね」

そう続ける。

「わかった。じゃあ、中に入るぜ」
「あと一つ」
「な、なんだよ!今からどう行動したらいいか、助言でもしてくれんのか?」

広間へ向かおうとしたところを止められた為、ジロウがそう聞けば、

「助言なんてしないよ。ここから先は君自身が決めることだし。ただ…君が成功した時の話だ」

そう、カーラは言った。

成功した時…
すなわち、ジロウが無事目覚めた時のことであろう。

「最高の治癒術者と呼ばれる天使が居る。ウェルさんって言ってね。彼女なら、君の体内に回った毒をどうにかしてくれると思うよ」
「…!ま、マジか?」

いまいち、ジロウは気絶していた時だった為、自分の体内に毒を仕込まれたと言う実感はまだ無いが…

「ああ。昔、僕も毒を抜いてもらったことがあるしね」

そのカーラの言葉を聞き、ジロウは少しだけ安堵したような気がした。

「だから、迷わずに目覚めておいで、ジロウ君。まあ、君はすでに迷ってないか…」

そこで、カーラはもう何も言わなくなった為、'行ってこい'と言うことなのであろう。

ジロウはようやく扉へ入り、広間へと入った。

――バタン

と、背後で扉が閉まる。
カーラがさっき言ったように閉めてくれたようだ。

広間にはハルミナ、スケル、五人の天使、そして天長が居て…

リョウタロウによって止められていた時が動き出す。


「決めてやったぞ、ハルミナ」

時が動き出した瞬間に、天長の声がした。
しかし、ジロウは違和感を感じる。

(あ、あれ?声が二重に…)

天長の声に重なって、何か聞こえたのだ。
それから、再び広間を見回すと…

(な、なんでだ!?)

ジロウは驚愕する。
それは、今しがた自分が入って来た扉の方だ。
そこにぼんやりと、もう一つの光景が…
そう、魔界の、ネヴェル達が居る広間が映し出されていたのだ。

(ど、どうなってんだ?)

前方には天長、後方には魔王…
天界と、魔界。

――世界は一つだった。そして…天界の城と魔界の城は、同じ位置にあるんだ

…ジロウはそのリョウタロウの言葉を思い出す。

(同じ…位置にある?英雄の剣と紅い石を同じ場所に誘導しろとリョウタロウは言ってた。英雄の剣を持つカトウをこっちに呼んで、スケルの持つ紅い石を……って、そう簡単に行くのかよ?!)

ジロウが策を考えていると…

「さあ、決めてやったぞ、ネヴェル。お前の恋人の亡骸を返してやろう。その代わりに、お前はここに居る者達をお前の手で葬るのだ」

魔界の光景では、魔王がそんなことを言って、

(恋人の、亡骸…?)

なんのことかはジロウにはわからないが、魔王にそう命令されたネヴェルは、珍しい表情をしていた。
歯を食い縛り、悩むような表情…

そして。

「ハルミナよ。お前を異分子と蔑んで来たここに居る者達をお前の手で始末しろ。そうすれば、お前の友人を救う術を教えてやろう」

今度は天界の方で天長が言った。

(…友人?まさか、オレ…?)

ジロウは慌ててハルミナを見れば、ハルミナもネヴェルと同じように悩むような表情をしている。

(な、なんなんだよこれは?!なんでネヴェルとハルミナちゃんに人殺しをさせようとしてんだ?!)

しかし、二人がそんなことをするはずはない。
そんな道を選ぶはず…
そう、思いたいが、ジロウには不安しかなかった。

「わ、私は……」
「……俺は……」

ハルミナが、ネヴェルが、答えを出そうと口を開き…

「ネヴェル!!ハルミナちゃん!!ダメだぜ!?誰かを殺すとか、そんな道を選んじゃダメだ――!!」

答えを聞くのが怖くて、答えを聞く前にジロウはそう叫んだ。

すると、天界に居る人々も、魔界に居る人々も、驚いて辺りを見回し出す。
映し出されたような光景ではあるが、魔界にも声が届いたようだ。

「え?!ジロウさん!?」
「ジロウの声…だと?」

ハルミナとネヴェルがそう言う。
天界と魔界、両者の姿は見えず、声も聞こえずだが、ジロウの声だけは両方の世界に届いているようで。

「どうなっているんじゃ?」
「今の、間違いなくジロウさんの声です!!」

魔界でヤクヤとカトウがそう言い、

「な、なんやねん今の声…」

天界ではラダンがそう言い、他の者達も不審そうな表情をしていた。

――バンッ

「じ、ジロウなのか!?」
「あ、あんたねぇ!!」

すると今度は、ジロウの声を聞き付けて、天長の間の扉の前で聞き耳を立てていたユウタが広間に駆け出し、慌ててエメラも後に続く。

「エメラさん!無事でしたか!」

ウェルが安心するように言い、

「フン、マグロが我を忘れてマシュリを追い掛けて行ったから、あたしは散々な目にあったわよ」

エメラは半眼でマグロを見た。

「す、すみませんでした、エメラ先輩!」

マグロは慌てて謝る。

「そ、それよりハルミナさん!ジロウの声がしたよな?!」
「え、ええ。確かに」

ユウタとハルミナがそう言って、

「皆!オレの声が聞こえてるなら頼む!天使ならみんな、魔術ってのが使えるんだろ!誰かあのコート男を怯ませてくれ!!」

ジロウがそう叫ぶが、

「一体なんなんだい?」

マシュリは首を捻り、

「こ、コート男って、あの人間のこと?」

マグロはスケルを見た。
誰もジロウの言葉通り動いてはくれなくて…

「新米くん。滑稽な姿…と言っても姿は残念ながら見えませんが……いったい何をしようとしているのです?姿の無い得体の知れない貴方の言葉を誰が聞いてくれると?」

スケルが呆れるように言うも、

「私がいます!」

銅鉱山の一件から戦う力を出せるようになったハルミナがスケルに風の刃を飛ばした。
しかし、

「なっ」

そう驚いたのは、ミルダとマシュリだった。
影武者がスケルを庇うように前に立ち、ハルミナの魔術を食い止めたのだ。

「おっと…助かりましたね」

スケルは驚く様子もなくそう言う。

「っ!…ラダンさん!マグロさん!お願いします、どうかジロウさんを信じて、あの人を怯ませてはくれませんか?!」

ハルミナがラダンとマグロを見て言った。
ジロウが何をしようとしているのか、なぜ声だけ聞こえるのか…
それはわからないが、確かなのは、ジロウ'本人'だということ。

「ジロウさんって誰ですか?!」

マグロが言い、

「ええ?!あのコート男、人間やろ?!よ、よくわからへんけど……仕方ない!なんか嬢ちゃん戦えるようになっとるし、そこまで言うんや、なんかあるんやろ!やるでマグロ!!」
「え、ええ?!」

ラダンに促され、マグロもわけがわからないままスケルに魔術を放ち始めた。

しかし、先ほど同様になぜか影武者が庇って出て…

「…お、おい!ジロウ!お前、無事なのか!?」

ユウタが姿の見えない友人に声を掛けると…

「ユウタ、あんたにも一つ頼みがある」

ジロウはぼそりとユウタにだけ聞こえるように、なんとか絞り出した考えを話した。


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