封印されし空間より2

「あれは…英雄の剣と、あの時の紅い石が光ってるのか?」

カトウとスケルを見ながらジロウは光景に呟く。
しかし、両者共…いや、他の者達もそれが光り出したことに気付いていない様子で…

「…テンマが何かしたのか?」

ジロウが叫んだ後で光り出した為、ジロウはそう思った。
そして、もう一つ異変に気付く。
映し出されている天界と魔界の光景…
英雄の剣と紅い石だけが歪に輝き、しかし、人々の動きがピタリと止まっていた。
例えるならば、時間が止まった…みたいな。

「ど、どうなってんだ?」

ジロウが瞬きを数回していると、

「少年よ」
「!?」

背後から声が掛けられて、ジロウは振り向く。

「あ、あんたは!リョウタロウ?!」
「…ああ」

呼ばれて、彼は頷いた。

「あんた、オレを魔界に落とした後に死んだって…でも、オレとテンマを封印したとか、一体どうなってんだ?」

ジロウが疑問を吐き出せば、

「無事に事が済めば、ネヴェルやハルミナに聞くといい」

リョウタロウがそう説明を省くので、

「じゃ、じゃあ、あれはなんなんだよ?」

と、まるで時が止まったような天界と魔界の光景を指す。
すると、リョウタロウはため息を吐き、

「テンマを信用するな」
「えっ」
「お前は奴に助けを求めようとしたな。だから俺が割って入ったんだ。ここは俺が最後に作った空間だからな。まあ、ここが崩れれば、俺は本当に消え去る」

ジロウはゴクリと息をのみ、

「でも、テンマは助けてくれるって…」
「時には人を疑う心も必要だ。結果的にお前はテンマにいいように使われ、巻き込まれただろう?だから」
「違う」
「…」

否定するジロウを、リョウタロウは黙って見た。

「オレは、オレはさ、皆から言われるように、確かにバカなんだ。でも、オレはあの時、確かに自分の意思でテンマの夢を信じ、そうして…この結果に至ったんだ。だから、テンマとのことは、ちゃんと自分でケリをつけるって決めてんだ」

ジロウは力強く言う。
それから首を傾げ、

「今、テンマは?」
「…この光景を面白おかしく見てるんじゃないか?俺達に近付けないようにはしている」
「…な、なんかわかんねーけど……そっか」

ジロウは頷き、

「あんたが現れたってことはさ、何か…策があるのか?」
「…レーツから聞いただろう?英雄の剣の欠けた部分の話を」
「紅い石のことか?」
「そうだ」

リョウタロウは天界に映るスケル、魔界に映るカトウを指差し、

「あれを一つに戻すんだ」
「…一つに戻すったって…別々の世界にあるから時間掛かりそうだな」

そう言うジロウにリョウタロウは首を横に振る。

「世界は一つだった。そして…天界の城と魔界の城は、同じ位置にあるんだ」
「へ?」
「だからこそ、英雄の剣と紅い石を同じ場所に誘導出来れば…」
「ま、待ってくれ、頭が追い付かねぇ…」

リョウタロウの言っている現実味の無い話はなんとなくわかる。
なんとなくわかるが、やはり完璧に理解は出来なくて…

「それが出来るのは、俺の話を聞いたお前だけだ、少年」
「マジで!?で、でも、オレはこっから出れないんだろ?」
「体はな」

体は出れない。だとしたら…

「ま、まさか…オカルト的な、幽体離脱…?」
「そう捉えてくれて構わない。魂だけで行動してくれ」

ジロウは話についていけなくて、口をパクパク開け閉めしていた…
リョウタロウは話を進め、

「英雄の剣と石を一つにした時、世界は再び一つになり…そして、この空間は崩れる」
「…そうしたら、あんたは消えるんだろ?」
「そうだ」
「そ、それでいいのかよ?」
「ああ。話を続けるぞ」

表情一つ変えないリョウタロウを見て、ジロウは眉間に皺を寄せる。

「この空間が崩れると言うことは、お前は目覚め、再び体内の毒が動き出す。そして、テンマも目覚める。とても、厄介な事態が重なる」
「…で、どうすりゃいい?」
「そこから先は、自分で、いや、自分達で考えろ」
「な、なんにもなしかよ!」

声を荒げるジロウに、

「お前は先ほど言っていたな。自分の意思でテンマを信じた。だから自分でケリをつけると」
「うっ…」
「ここから先の未来なんて、誰にもわからないんだ。だから、お前達で未来を作れ、もう、英雄など必要ない世界を、作ってみせろ…」

リョウタロウはそこまで言って目を閉じ、

「お前の魂を天界か魔界に送る。…どちらがいいかあれば、決めるといい」

ジロウは再び天界と魔界の光景に目を遣り、

「魂だけってさ、相手に姿は見えるのか?」
「見えはしない。力ある人物が居れば、気を感じられる程度だろう。しかし、意思を強く持てば、声は届く」
「声、か…」

ジロウはしばらく考え、

「天界に行く。魔界はさ、強い奴等が揃ってるけど…ハルミナちゃんは天界で一人みたいな話してたからさ…ユウタの姿も見当たんないし、心配だ」
「わかった。お前がここに映っている広間に辿り着くまでは…時を止めておこう」
「…お、おう」

ジロウは頷きながら、

(時を止めるとか、空間を弄れるとか…本当にリョウタロウは英雄なんだな…)

そう思い、先ほど、この空間で見た夢…

リョウタロウが'バケモノ'と称されていた時代。
世界をバラバラにしたことを嘆いていた、不老になど、英雄になどなりなくないと嘆いていた…
リョウタロウの光景。

「さっき、あんたはレーツの名前を出したな。レーツもあんたのこと知っているような感じだったし…知り合いだったのか?」
「…まあ、な」
「そっか」

それから、

「レーツが言ってたんだ。英雄ってのは、人それぞれ捉え方が違うって。しかも、オレか、ハルミナちゃん、ネヴェル、カトウ、テンマが、いずれこの全ての世界の新たな英雄になるって…占ってた。でも、あんたは英雄なんていない世界を作れと言ったな」
「…ああ」

ジロウは頭を掻き、

「夢の中でさ、あんたが居て、天使も魔族も人間も、皆が争ってて…なんか、酷い光景を、見た気がした」
「…」
「あんたが世界をバラバラにしたのを非難する奴も居るだろうし、オレも最初、それ聞いた時、もっと別の方法があったんじゃないか?なんて思ってた。でも…あんたはさ、たった一人で…苦しんで、悩んで、ああするしか、なかったのかなって…思った」

ジロウは俯き、

「オレは平和に生きて来たけど、あんたには平和なんて日々…全くなかったんじゃないのか…?」

問われて、リョウタロウは目を見開かせた。

「だからさ、もう、あんたは英雄って肩書きを捨てて、これからまた、オレ達と新しい人生を始めるなんてのはどうだ?まあ、オレも体ん中に毒があるらしいし、未来なんてわかんねーけど…」

しばらく沈黙していたリョウタロウは静かに苦笑し、

「…お前が、どんな惨状を夢見たのかは知らない。だが…俺に構う必要もない。俺にも…少しはあった、平穏に過ごした時期があった。それで…十分だ」

リョウタロウはジロウに向けて右手を翳す。

「まっ、待てよ、まだ話は途中…」
「お前には早く救わねばならないものがあるだろう?」
「…」

ジロウは視線を泳がせた。
英雄なんて、未だに現実味の湧かない存在。
しかし、この封印が解けた時には、今度こそ消滅してしまうと言う。

「恐らく、これで会うのは最後だ。少年…まだ、お前の口から名前を聞いていなかったな」

そう言われて、なぜだかジロウはいつの間にか目に涙を溜めていた。

可哀想だとか、そんな同情染みた思いをリョウタロウに向けていた…

「じ、ジロウだ…。新米トレジャーハンター、ジロウ!」
「ジロウか…。良い名前だな…。……頑張れよ、ジロウ」

リョウタロウの手から光が溢れた瞬間、目映くてよく見えなかったけれど、リョウタロウは微笑んでいたような気がした…

そして、天界に送られる最中、

(今からオレは、自分とテンマの封印を解く為に…世界を一つにして……英雄を…消滅させちまうんだ…)

重過ぎる出来事に、何か他に道はないのか…
そう考えるけれども、自分の頭の中には何一つ、そんな知識はなかった…

そして、気付けば仄暗い場所に自分が立っていることに気付く。

(…体が透けてる。本当に今、オレは魂だけで動いているのか!)

その事実にジロウは驚愕した。

(でも、なんで世界を一つにしたら封印が解けるんだろ。妙な仕組みだよなぁ)

そう思いながらキョロキョロ辺りを見回していると、

(え…ここって…)

なんとなく、見覚えのある場所だった。
造りは違うが、それでも、

(牢屋!!?)

頑丈そうな鉄格子を見てそう思う。
魔界で牢屋に入れられた嫌な出来事を思い出してしまった…

「…あれ。これはまた、珍しいものが入り込んで来たね。幽霊?なーんて」
「!?」

急に掛けられた声に自分のことかとジロウは慌てる。

(姿は見えないんじゃなかったのかよ!?)

そう思い、声の主を見た。

「姿形は見えないけどさ、この感じは…人間?それになんか知ってるような…」

金髪に、額に赤いバンダナを巻いた天使の男。
今でこそ青年ではあるが、ジロウの夢の中に出て来た、カーラと呼ばれていた少年によく似ていた。

(待てよ?カーラって確か…)

ジロウは魔界で、ヤクヤ、ハルミナ、レイルで話した時を思い出す。
確か、ハルミナが天界で自分を助けてくれた恩人と言っていた――…

「ところで君、喋れる?安心していいよ。ここには今、僕しか居ないし、警戒される程の奴でもないからさ」
「…」

そう言われ、ジロウはしばらく沈黙し、

「あんた、ハルミナちゃんを知ってるか?」

そう尋ねる。

「…ん?あれ、なんで人間の口からハルミナの名前が…」

すると、先程まで温厚そうな声音だったカーラの声が少しだけ低くなって、面倒だけどジロウは話すしかないか…と、今までの出来事を話した。


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