魔王の元へ1

紫色した大地、枯れた木、空なんか無い。見上げれば、赤い、天井のようなもの…

「…本当に戻って来れたか」

魔界の大地に足を着け、ネヴェルはそう呟く。
ほんの半日、人間界に居ただけではあるが、久し振りに魔界に戻ったような感覚だ。

「黒い影の姿は無いな…まずは、ナエラやヤクヤ達を捜すか。何はともあれ、城へ、だな…おい、カトウ」

共に魔界に来る羽目になったカトウに振り向けば、

「な、な、な、なんなんですかここは?!これが魔界?!暗いし赤いし地面は紫だし……ええー?!」

当然、カトウは自分の住む世界とは明らかに違う土地に驚愕していた…
ネヴェルはため息を吐き、

「こっちへ来い、カトウ。城まで転移するぞ」
「て、てんい?」

促され、言葉の意味に首を傾げながらもカトウはネヴェルの側へ行く。
ネヴェルは何か呪文を口ずさみ…

――シュンッ…
と言うような、風を切る音がした。

「……。え、は?ええっ?!」

そしてカトウは叫ぶ。
何も無い荒れ果てた大地に立っていたはずなのに、目の前の光景がガラリと変わったからだ。
目の前には、先程まで無かった大きな城が聳(そび)え立っている。

「…静かだな」

ネヴェルは城を見つめ、怪訝そうに言いながら、入り口へと進んだ。
その後ろを慌ててカトウが追う。

城内に入るも、入り口にいつも配置しているはずの警備もおらず、廊下を歩いても魔族達の姿は無く…

(まさか、城にまで黒い影が現れたのか?)

そう、ネヴェルが思っていると、

「誰だ!?」

そんな声が城内に響き、カトウはビクッと肩を揺らし、ネヴェルは、

「俺だ、ナエラ」

と、聞き慣れた声にネヴェルは言った。

「ね、ネヴェルちゃん!?」

すると、ネヴェルとカトウの前に、ナエラが翼を羽ばたかせながら姿を現す。

「ネヴェルちゃん!無事だったんだ!」

ナエラは目に涙を浮かべ、勢いよくネヴェルに飛び付いた。
ネヴェルはため息を吐き、自分に抱きついたままのナエラを無言で引き離す。

「ナエラ、あれから変わりは…」

ネヴェルが聞こうとしたが、ネヴェルに引き離されたナエラはキョロキョロと辺りを見回し、次にカトウを見た。

「そいつ、人間?」

ナエラがそう尋ね、

「ああ。話せば長くなるんでな。落ち着いたら纏めて……おい、ナエラ。お前はさっきから何をしている」

ネヴェルが答えている最中に、ナエラは再びキョロキョロし出すので、ネヴェルは首を捻った。

「…あ、あいつは…」
「おー、戻ったかネヴェル。一体どこへ行っておったんじゃ」

ナエラは何か聞こうとしたが、後ろからヤクヤ、トール、ラザル、ムルがやって来たので、ナエラは口を閉じる。

「…貴様らも無事だったか。とにかく説明は後だ。魔王様は戻っているのか?」

ネヴェルが聞けば、

「いえ……相変わらず不在のままです」

ムルが答えた。

「…くそ、あの方は一体どこに…」

ネヴェルがそう言えば、

「ところで、ネヴェルよ。その嬢ちゃんは見たところ人間のようじゃが、なぜその子が英雄の剣を?ジロウとハルミナはどうしたのじゃ?」

ヤクヤがそう聞くので、

「…まあ、話さねば進まない、か。面倒だな…」

ネヴェルは再びため息を吐き、現状を知らない五人に話し出した。

ネヴェル、ハルミナ、ジロウは人間界に居たことを。

カトウのことを。

レイルがどうなったのかわからないことを。

テンマ、スケル、レーツ、リョウタロウのことを。

人間界で起きた、半日の出来事を…

ジロウとテンマが封印されていることを…

「しかし、そうか。リョウタロウ…奴は、逝ったのじゃな…しかもジロウが息子とはのぉ…」

大昔に敵対していた人間の英雄を思い浮かべ、ヤクヤは目を閉じる。

「それに、ハルミナは天界へ、か。心配じゃのう…しかもハルミナがミルダとフェルサの娘とは…」

娘のような存在のハルミナ。
ハルミナが天界で受けていた境遇に、ヤクヤは不安気に言った。

(ジロウが…封印…)

ネヴェルの話の中で、ナエラの中では特にそれが印象的であった。


そして次に、ヤクヤ達がネヴェル達が消えた後の魔界の話をする。
残された五人はとりあえずこの城に来たが、戻った時には城内にはすでに黒い影が無数に居て、城に居た魔族達は飲み込まれた後だったらしく…
五人は協力して黒い影を退け、これからどうするかを考えているところだった。


「でも、魔王様に会わなければいけないんですよね。魔王様の行方はわからないし、どうしたら…?」

ラザルが困ったようにネヴェルを見た。
ネヴェルはしばらく考え、

「…王の間へ行ってみるか」

そう言うので、

「でも、魔王ってのは居ないんだろ?」

トールが言い、

「今まで俺は何も気に止めなかったが、魔王様不在の今、中を散策させてもらおう。何かヒントでもあるかもな」

そう答えたネヴェルに、

「まっ、待って下さい?!いくらネヴェル様といえど…あの、その……魔王様の部屋を謁見や召集以外で勝手に…」

言いにくそうにムルが言う。それをネヴェルは鼻で笑い、

「魔界の危機に姿を現さないような者を、俺は自らの王などと思ったことは一度もないが?」

なんてことを言ったので、カトウ以外は目を丸くして驚く。
なぜならばネヴェルは魔界で唯一の階級である悪魔。
すなわち魔王の次に強い存在であり、いつも魔王に忠実な男だったのだから。
そんな彼が魔王を否定した為、魔族達が驚くのは当然であった。

「ね、ネヴェルちゃん?」

ナエラが困ったように首を傾げ、

「な、なんか、さっきから思ってたんだけど、戻って来たネヴェル様……なんか、いつもと雰囲気が違…」
「黙っていろ、ラザル!」

ついつい口にしてしまったラザルを、ムルが慌てて止めた。

「ネヴェルちゃん!それより早くまおーってのを捜しましょう!私達はそのために来たんですよね!?」

段々と話が逸れていく為、魔界の仕組みはわからないが、黙って聞いていたカトウがそう口を開く。

「言われなくとも、そうしようとしているだろうが」

そんなカトウにネヴェルは呆れるように言った。

「え?あ?あれ!?ちょっ!ネヴェルちゃん!?な、なんでその人間、ネヴェルちゃんのことネヴェルちゃんって呼んでるわけ?!」

それにナエラが反応し、ネヴェルは嫌そうな表情になる。

「ちょっ、ちょっとお前!?ネヴェルちゃんとどーゆー…」
「こいつはジロウの彼女だ」

興奮するナエラにネヴェルがそう言った。
そのネヴェルの言葉に、

「…え?」

と、ナエラが目を丸くする。

「ちょっ!ネヴェルちゃん!何を言ってるんですか!私とジロウさんはお友達ですよー!」

思いも寄らないことを言われ、カトウが反論した。

「ああ、そうだった。間違えたな。貴様の本命はテンマだったな」
「や、や、やめて下さいよ!もう!!」

そんなネヴェルとカトウのやり取りに、

「な、なぁ。あれが、かの有名な悪魔さんの姿ですかい?」

トールがムルとラザルを見てヒソヒソと言うので、

「だ、だからよぉ、こっちもビビってんだよ!あ、あのネヴェル様が人間なんかと仲良くしてるしさぁ、なんか言動もいつもと違うしさぁ!」

ラザルも困ったように言い、もはやムルも何も言えなかった。


「…どうだ?安心したか?ナエラ」

ネヴェルがそう聞くので、

「え?あ、そ、そっか。ネヴェルちゃんのことが好きってわけじゃないんだね!ならお前のことはどうでもいいや!」

目を丸くしたままだったナエラは慌てて表情を引き締め、カトウにあかんべーをしてみせる。

「俺が言っているのはそういう意味ではないのだがな…」

何かを含むように微笑してネヴェルが言うので、「えっ」と、ナエラは言った。

「ジロウのことを気に掛けてるんだろう?安心しろ。リョウタロウやレーツと約束したからな。あの馬鹿は俺とハルミナで助けてやる」

ネヴェルはポンッとナエラの肩に軽く手を置き、

「さあ、王の間へ行くぞ。カトウ、貴様は俺から離れるな」
「は、はいー!」

そうしてネヴェルとカトウは先へ進んで行く。

「ククッ、あのやんちゃ坊主め。人間界でいったい何があったんじゃろうな?まるで昔に戻ったようじゃ」

かつての時代では共に協力していたヤクヤとネヴェル。
ヤクヤは昔を思い出しながら言い、

「へ?ネヴェル様って、昔あんなだったのか?」

ラザルがそう聞き、

「うむ。しかし、何がきっかけで、奴は残虐非道キャラを演じてたんじゃろうな?」
「きっ…キャラですか?」

ムルが苦笑いをし、

「なーんか、ヤクヤさんの昔話、今度じっくり聞きたいですぜ…」
「同じくネヴェル様の昔を…」

トールとラザルが言い、一行は王の間へ向かう。

「…ナエラ?どうしたんだ?」

しかし、呆然と突っ立ったままのナエラにムルが気付き、声を掛けた。

「……あ、うん」

声を掛けられたナエラは気のない返事をし、ようやく歩き出す為、ムルは首を傾げる。

――ジロウのことを気に掛けてるんだろう?

(…このボクが?違う。だってボクはネヴェルちゃんを…)

――ぶ、無事か!良かった

ナエラの脳裏には、あの時、自分を助けてくれた、弱くて戦えない、魔界には存在しないような笑顔をした少年の姿が思い浮かんだ。

(なんで、あれからお前の笑顔が離れないの?…お前がここに居ないから、わからないじゃない……ジロウ)

ナエラは俯いてそう思う。

「…も、もしかしてこの扉の先が、王の間ですか?」

驚くようなカトウの言葉に、ナエラは顔を上げた。
大きな真っ黒な扉。
魔王の間へ繋がる扉である。

ネヴェルが扉に手を当て、開こうとした時に…

「ネヴェルか、入れ」

扉の先から、そんな声が掛かり、ネヴェルはナエラとラザルとムルに振り返った。

「おい、魔王様は戻っていないんじゃなかったのか?」

ネヴェルのその言葉に、

「は、はい。確かにさっきは居なかったのですが…」

ムルは困惑するように答える。
ネヴェルは目を細め、

「……貴様らはここに…」
「遠慮することはない。全員、入りたまえ」

再び扉の先から声がした。
それに、ネヴェルは苦い顔をし、

「…カトウ、皆から離れるな。全員、中に入っても気を抜くなよ。開けるぞ…」

そう、扉の先に居る人物に聞こえないようネヴェルは小声で言い、王の間に繋がる扉を開いた。

床には真っ赤な絨毯が敷かれている、だだっ広い広間。
その中心の遥か先にある階段の上に、玉座があった。
天幕で上半身はすっぽりと隠れ、足元しか見えはしないが、威圧感を放つ存在。

ネヴェルはつかつかと部屋の中央まで進み、

「魔王様、お話があります」

そう、その場に跪き、頭を垂れた。


ー55/138ー

*prev│戻るnext#

しおり



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -