天界の夜2

「黒い影、一体どうやって!?」

自分達を取り囲む無数の黒い影に、エメラが叫ぶ。

「ミルダさんがその影武者…黒い影に手を翳して、黒い影を、生んだ…?」

ウェルが疑問気に言った。

「あ、あなた達は、一体…何をしようとしているんですか!黒い影は、あなた達の仕業なんですか!?」

マグロがミルダとマシュリに叫ぶと、

「そうさ。これは、フェルサ義姉さんの実験の成果なのさ。フェルサ義姉さんに関わりのある私達が継いで、当たり前だろう?」

マシュリが当然だと言う顔をしながら言って…

「さ、さっき、マシュリ先輩は、フェルサさんは人間と魔族を憎んでいたから黒い影と言う兵器を作ったと言っていましたよね?ならなぜ、黒い影は現に、天界に生きる人々を脅かしているじゃないですか!?それに、ミルダ先輩は、明日には天界は黒い影で覆われると言いましたね?これじゃあまるで、天界を…」

マグロはそこまで言って唇を噛んだ。
すると、マシュリが喉を鳴らして笑い、

「人間達が、人間の英雄、英雄の剣を造ったのと同じさ。大きなものを造るには、大きなものが必要になる。人間と魔族に復讐するには、黒い影の数はまだまだ足りない。だから、明日は天界の人々を全部、黒い影にしてしまおうと思うんだ」

いつになく、マシュリは晴れやかな笑顔を作っている。
いや、作ったわけではない、素直に、純粋な……笑顔なのであろう。

「よ、よくわかんねえが、滅茶苦茶ヤバイことだってのはわかるぞ。お前とミルダ先輩がやろうとしてること…!!」

ラダンが言い、

「はは。ただの実験さ。天界だけじゃない。試しに魔界と人間界にもさっき黒い影を少しだけ流してみたしね」

マシュリが言うので、

「なっ、なんやて!?人間界には…いや、もう魔界に行ってるんか?ハルミナ嬢ちゃんもおるやないか!あーくそ!」

ラダンは苛立つように地面を蹴り、今の自分達の置かれている状況に意識を戻す。

「で?この黒い影であたし達をどうしようってのよ」

エメラが自分達を取り囲んだままの黒い影を見て言った。

「君達は邪魔だから、でも、上級天使だ。優秀でもあるからね。黒い影の一部にでもなってもらおうと思って」

マシュリはニコリと笑う。それにラダンが、

「やっぱ、嫌なガキだな。でもよ、俺達はずっとコイツらと戦って来てるんや。俺とマグロとエメラが居れば余裕やし、怪我したらウェルさんが治してくれる」
「まあそうだけど、でも倒しても倒しても、私達は黒い影を生み出せる。さて、体力がどこまで保つかな?」

そのマシュリの言葉に、ラダンもウェルもエメラも、マグロも…
背筋がゾクリと凍り付くような思いになった。
そんな空気の中で、唇を震わせながらウェルが口を開く。

「あ、天長は……赦しているのですか?知っているのですか?この事を…」
「天長、か」

そこで、しばらく黙って光景を見ていたミルダが鼻で笑いながら言った。

「貴様らの忠誠心は、天長にあるのか?」

そう、問われ…

「な、何を。天長はオレ逹、天使の…天界の、神ですよ?」

マグロが言えば、

「誰一人、天長の顔を知らない。顔も知らない神に、忠誠を誓えるか?」

再びミルダが問う。
それに、一同は黙り込む。

「モルモットのことを散々泳がし、挙げ句、偽の羽を与えた。一体、何をお考えなのかな?私達すら、天長の考えがわからない。カーラにも言われたんじゃないかな?天長を信用するなって。あ、私とミルダくんも信用するなとか言ってたり?」

続けて、マシュリが冗談めいて言い、そして、隣に立つミルダは息を一つ吐いて、こう言った。

「異分子のあの一件以降、天長は行方不明なのだ」
「……なっ」

ミルダとマシュリ以外の四人は、絶句する。

「そう。だから好機なんだよ。天長が居ない今ならば、天界を好きに出来る好機なんだ」

マシュリが両腕を大きく開きながら言った。

「な……なんなの、よ。意味がわからないじゃない。おかしくなりそう……く、狂ってるわ」

状況に着いていけず、エメラは額に手をあてる。

「……どないしろ言うねん、カーラ…」

牢屋でカーラに、皆を守れと言われたラダンは歯を軋め、

「み、皆さん。今は、落ち着いて…」

そう言いつつも、ウェル自身も疑念だらけだった。

「ははは、所詮、誰しも心は弱い。何を信じたらいいか、もう、わからないだろう?」

マシュリが笑えば、

「オレにとっては、ハルミナさんとカーラさんの一件から、信じられるものなんて、もはや何もありません」

マグロだけは、真っ直ぐに言う。
そんなマグロを見て、マシュリの笑みは消え、

「……ふむ。興味深い。聞かせておくれよ」

マグロを睨んで聞いた。

「マシュリ先輩。初めて話した時にも言いましたよね。あなたはオレの憧れだ。あなたに追い付きたくて、上級天使になってからもずっと、あなたを追い掛けた。いつか、あなたと対等になりたかったから」
「…そこまで思われる意味がわからないね。あの日、君は言っていたね。歳が近いから、私に憧れただけなんだろう?たかがそんな……」
「違います!」

ザンッ――!!

マグロは言いながら、目の前の黒い影を一部、己が剣で切り裂き、開かれた道を走り、マシュリへと剣を振り上げ…

ガンっ
キィイイン――!

マグロが振り上げた剣をマシュリが自らの剣で受け止めた。

「何が違うんだい?」

マグロの力がこもったままの剣を受け止めつつ、マシュリはマグロを睨み、

「あなたは……努力する人だってことを、オレは、知ってるから…」
「……っ!!?」

マグロが、まるで哀れむような目でマシュリを見て、哀れむような声で言って……

「何が、努力だ?私のことなど何も知らない弱者のくせに……っ!!」

なぜか冷静さを失い出したマシュリの剣は、剣圧を増して…

「マグロちゃん!!」
「エメラ!ウェルさんを任せたで!」

駆け出そうとしたウェルの代わりにラダンが羽を出して飛び、マシュリに向かって火の玉の魔術を放った。

「くそっ!!」

マシュリはラダンの魔術を素早く避ける。
だが……

「マシュリ先輩!」

マグロが彼の名を大きく呼び、

(せめて動きを止める!今が、チャンスだ…!!)

そう思い、剣を振った。

「ぐぁっ!?」

マグロの剣はマシュリの左腕に掠り、軽く血飛沫が舞う。
マシュリは左腕を押さえ、その場によろついた。

「お、前らごときに……っ!!」

マシュリの口調が荒れ、しかし、マグロは、

「マシュリ先輩に言いたいことや聞きたいことが、たくさんある。オレは、そう言いましたよね」
「こっちはもう話すことなんかないと、言ったよね?マグロくん」

珍しく余裕の無い笑みをしながらマシュリが言い、

「オレは、あるんです。お願いですから、マシュリ先輩……っ」

マグロはマシュリの右腕を軽く掴む。

「っ!!触るな!!」

ぶんっ、と、マシュリはマグロの手を振りほどいた。

「……あれ?」

マグロはマシュリの腕を掴んだ自分の手をじっと見つめる。

(細い)

そんな感想だった。
自分でも、男として腕に筋肉はある方だ。
しかし、マシュリは。

「マシュリ、もうじき夜が明ける。俺は先に行くぞ」

ミルダが言って、

「待って下さい、ミルダさん!まだ、フェルサさんについて……」

ウェルが呼び止めようとした時にはもう、ミルダは影武者を……
フェルサだという黒い影を連れて、行ってしまった。

「全く。ミルダくんときたら、助けてくれないとはね」

マシュリは吐き捨てるように笑い、ミルダの後を追おうとしたが、

「マシュリ先輩!」

再びマグロが腕を掴んできて…

「いい加減にしてくれないかな?本当に殺すよ?」

マシュリは言って、実際、手に魔術を溜めていた。

「や、やめとけマグロ!!今はマシュリを諦めろ!」

ラダンが制止するが、

「嫌です!今、話さないと、マシュリ先輩と二度と話せない気がするんです!!」

マグロが必死に言い、ぐいっとマシュリの腕を引く。
しかし、魔術を手に溜めたままだったマシュリは体の揺れに慌てて魔術をしまい、ドスン、と、二人共々その場に体勢を崩してしまった。

「っ……てて…」
「く…」

仰向けに倒れてしまったマグロの上に、マシュリが覆い被さる形になる。

「ま、マシュリ先輩!す、すみませ……」

こんな時なのに、マグロは謝ってしまって……
いや、謝り掛けて…

「……え、あ、え?柔ら、かい?」

そう言うと、マグロに覆い被さっていたマシュリが慌てて飛び起き、

「……死ね!!」

なんて、余裕の無い言葉を吐き捨てて、バサッと翼を広げ、ミルダが去った方へと飛んで行ってしまった。

「……」

マグロはしばらく呆然とし、

「よっ、と!」

エメラが残っていた黒い影をラダンと共に消し去って、

「マグロちゃん、大丈夫!?」

ウェルが慌ててマグロに駆け寄る。

「う、ウェル先輩……」
「何?どこか痛むの?!」
「ま、マシュリ先輩って……」
「彼に何かされたの!?」
「マシュリ先輩って……。女性……なんですか…?」
「……。……え?」

マグロの言葉にウェルが首を傾げ、

「女やて?あれが?ないない!」

ラダンが言い、

「どこからどう見ても男よね、あのクソムカつく気に食わないチビは」

エメラが続け、

「で、でも、掴んだ腕が、細くて……」

マグロがわなわなしながら言い、

「まあ、あいつ細そうやな。軟弱そうな見た目やし。見た目だけで、中身は全然軟弱やないけどな……」

ラダンが舌打ちして言って、しかし、マグロは首をブンブンと横に振る。

「や、柔らかかったんです」
「何がやねん」
「……む、胸…」
「……」

その言葉に、ラダン、ウェル、エメラは沈黙した。

しかし、そんな話題はすぐに消え去ることとなる。

――ゴゴゴゴ……
城が急に大きく揺れたのだ。

「地震?!」

エメラが言い、

「一旦、出た方がいいかもな!天長も居ない、物騒な城やし!」

ラダンが続け、

「カーラはどうすんのよ?!」
「牢屋への道も封印されとるやろ!俺らじゃ解けん!今はとにかく、俺ら四人が無事にここから出て、外の状況を確認せな!俺らは……天界を守らなあかん、上級天使やねんから…」

カーラを案じるエメラをラダンが叱咤するように言った。

「ええ。ミルダさんは、もうすぐ夜が明けると言いました。明日には天界は黒い影で覆われると……急ぎましょう!」

ウェルのその言葉と共に、四人は城を出る準備をした。


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