フリーダムトール

「あー、あのー。茶とか無いんで川水ですぜ、はい」

言いながら、オレはテント内に集まったヤクヤさん他三人に、川水の入った枯れ木で作ったコップを出した。

「なっ、なんだこれ。紫色の……水。砂っぽいのも浮いてるような…」

ジロウって言う人間が驚きながら中身を覗く。

「あー、地上の水は透き通ってるんじゃったな!懐かしいのう。この地底は空気がくすんでるから、自然も変色するんじゃよ。味はただの水やから、安心せい」

ヤクヤさんが言った。

「トール。お前も若い魔族じゃ。ついでに一緒に話を聞いていけ。人間と天使の話なんて滅多に聞けんじゃろ?」
「へ、へい…」

促され、俺はヤクヤさんの隣に座る。


「でも、まさか、驚きました。あの時に会った人間のあなたが、まさか魔界に居るだなんて…」

ハルミナって言う天使がジロウに言う。

「こっちこそ!まさかあんたが、本当に天使だったなんて」

俺からしたら、人間と天使のどちらも初めて見るからビックリだ…

「それに、レイルさんも……大変でしたね」

ハルミナが魔界の王子、レイル…様に言った。

「いえ。こうしてフリーダムに会えましたし、それに、ジロウが良くしてくれますし」
「えっ!?オレ、何もしてないぜ!むしろ助けられてばっかだし!」

とりあえず、さっきジロウとレイル様はハルミナに状況を話していた。

英雄リョウタロウと、英雄の剣とやらの話。
ジロウが人間界に来た経緯。
レイル様は魔王の配下に捕まったジロウを逃がそうとして追われ、気付けばこの場に転移していたと言う話。

「それより、ハルミナ。お前はあれから何処に居たんじゃ?」

ヤクヤさんが聞き、

「ハルミナちゃんとおっさんは知り合いなのか?」

ジロウは首を傾げる。

「ええ。昔、お世話になって…」

ハルミナはジロウに頷き、

「もう、30年くらい前でしたね」
「さっ、30年!?え、歳、いくつ……み、見えない…」
「ほら、ジロウ。魔族と天使は…」
「あっ、そ、そっか。数百、数千年生きるのが当たり前なんだっけ…。人間のオレからしたら、考えられない次元だ…」

ハルミナの生きた年数にジロウは驚き、それをレイル様がフォローする。
しかし、30年前か。
俺がヤクヤさんに出会う前だな。

「うむ。ハルミナがまだ小さかった頃、俺は魔界でハルミナを見つけたんじゃ。俺は昔からこうして、戦えない魔族達を匿ってたんじゃ。まあ、ハルミナは天使じゃがな。しばらく一緒に暮らしてたんじゃが…。とある日、魔王の部下の襲撃があっての。その時は戦える仲間が少なく……俺は全員を守り切れなくてな。ハルミナも、行方不明になってしもた」

ヤクヤさんの言葉にハルミナは、

「見たところ、私が知らない方ばかりですが…。私と共に暮らした魔族達は…」
「うむ…。あれからも、魔王の部下は頻繁に襲って来てな……皆、やられた」

ヤクヤさんは俯き、

「じゃから、仲間を失う日々の中で俺は決めた。戦える奴を育て、戦えない奴を守り切らねばならんと…。近頃になってようやく、俺達は奴らに対抗できるようになったのじゃ。まあ、こんな辛気臭い話はよそう。あれからの、お前の話をしてくれんかの?」

ヤクヤさんは笑顔を作り、ハルミナに話を振った。

「どこから話しましょうか」

ハルミナは考え、首を捻り続けているジロウに気付く。
人間のジロウは、話を聞き、頭の中で纏めるのに必死なんだろう。

「…では、最初から、話しますね」

そう、ハルミナは言った。

「私は、天界で生まれて4年後くらいでしょうか。後に、両親に捨てられたと聞いたのですが……魔界に、落とされました。両親のことも、天界のことも、自分が天使と言うことも、何もわからないまま…」

生まれて4年。さすがに記憶も曖昧なんだろう。
ハルミナはしばらく沈黙し、記憶を辿る。

「そんな私を、ヤクヤおじさんが見つけてくれて、拾って育ててくれたんです」
「見つけてくれたのがヤクヤ殿で良かったですね…」

レイル様が言い、ハルミナは頷いた。
確かに、純粋な魔族共に見付からなくて良かったよなぁ。

「たった、2、3年程。私はヤクヤおじさん達と暮らし、先程ヤクヤおじさんが言っていた、魔王の部下の襲撃の話になります。あの時、まだ私も小さかったから、あまりよく覚えてないんですが…、魔王の部下の襲撃中、私は偶然、崖から落ちて、川の中に流されてたんです。気を失って……目覚めた時には、天界に居たんです」
「そうか。天界に帰っとったのか。でも、なぜじゃ?誰か天使が迎えに来たのか?」

ヤクヤさんが尋ね、

「…理由はわかりませんが、ミルダさん、と言う、天使の中でも上位の方が、私を連れ戻したらしいです…」
「ミルダ!懐かしい名前じゃな…」
「…知ってるんですか?」

ヤクヤさんが反応した為、ハルミナは首を傾げた。

「うむ。まあな。まあ、その話は後でじゃな。で、天界でお前はどうしていたのじゃ?」
「私は……。魔界で暮らした堕天使と称され、気味悪がられ、それから20年余り…異分子扱いでした」
「異分子扱いって?」

そこでジロウが口を開く。

「魔界と天界は敵対する種族です。だから、私は魔界に居たと言うだけで異分子と呼ばれ、天界にある人気の無い森に追いやられ……ずっと一人でした」

髪の色も、昔は金色だったんですよ、と、ハルミナはジロウに言う。

「なっ、なんと…そんなことになっておったのか…。辛い日々じゃったのう…」

ヤクヤさんが少しばかり怒りの表情になる。

「ただ、ヤクヤおじさん達が生き方を教えてくれたから、生き延びれました」

そう、ハルミナは笑い、しかし、

「……恵まれない森で、私の飢え死にを望んでいたものと思っていました。しかし、ある上級天使が、私が幼い頃に魔界に落とされたのは、全て実験なんだ、と言っていたんです。確かに、疎むのなら、災いみたいな扱いをするんなら、直接殺す方が早かったのに、直接殺されそうになったことはなかった。だから、私自身も、わからないことが多いんですが…」
「実験、ですか。魔界へのスパイとしてハルミナを落としたとか?天界は、何かしようとしているのでしょうか…」

レイル様が言い、

「それで、なんで魔界に?レイルからちらっとは聞いたんじゃが…」

ヤクヤさんが本題に戻す。

「私、魔界に帰りたくて…、天界から逃げたくて。お世話になったヤクヤおじさん達に会いたくて、それで…」

ハルミナは言った。
魔界に来れて喜ぶべきだろうが、しかし……

「…2年程前、天界で私を助けてくれた天使が居たんです。天界に不信感しかない私は、その人を信じられなかったんです。でも、その人が今回、人間界への扉を開き、魔界への扉を開く魔力を分けてくれて。その人のお陰で、再び魔界に来れたんです。でも、そのせいで、リーダー…、カーラさんは、今……」

しかし、なぜかハルミナの表情は曇っている。

「か、カーラじゃと!?」

すると、ヤクヤさんが凄い剣幕でその名に反応した。

「や、ヤクヤおじさん?リーダー…、カーラさんのことも、ご存知なんですか?」
「あっ、いっ、いや!そ、そうか。しかし、ハルミナ、天界で大変やったんじゃの、可哀想に…。しかし、今の魔界も変わらず乱れておる。うーむ…。とりあえず、俺達は今日はこの地域に留まる予定じゃ。テントしか無いが、お前らもここに隠れ、今後のことを考えるといいじゃろう」

ヤクヤさんが言って、ジロウ、レイル様、ハルミナ。
それぞれ違う種族の、違う目的を持った奴等は顔を見合わせた。

「それで、ヤクヤおじさん。なぜ、ミルダさんやカーラさんをご存知なんですか?」

すると、ハルミナが聞く。

「む…。まあ、お前は小さかったから難しい話はしなかったがの、俺は世界が一つだった時代の魔族でな」
「!なんと、ヤクヤ殿はあの時代の生存者でしたか!それで、私の父と旧知だと仰有っていたのですね…」

レイル様が言い、

「うむ。お前の父とは、共に戦った、仲間で友じゃった」

ヤクヤさんは懐かしむように答えた。

「えっと。それで…それが、ミルダさんとカーラさんと関係があるんですか?」
「ん?知らないか?その二人も、その時代の天使じゃからな。まあ、敵対勢力じゃったからのう…」
「…そんな話、リーダーはしてくれなかった…」

ぽつり、と、唖然とするようにハルミナは言う。

「し、しかし、カーラがのぉ…。ハルミナ、あ奴に何もされなかったか?」
「何をですか?」
「い、いや、あの男は女グセ悪いじゃろ?天使だろうが悪魔だろうが人間だろうが関係なく、女に声を掛けて。今時の若い奴らの言う、なんぱ……なるものを…」
「……。…あの人、女グセが悪いんですか?」

すると、ハルミナの声のトーンが下がって、「知らんのか?」と、ヤクヤさんが聞く。

「…はい。最初は胡散臭いと思う時もあったけれど、次第に優しい人だと思ってました。まあ、確かに、キザな言葉をたまに言うなとは思ってましたし、最後のあの時には……。ええ、ええ、そうですか、そうなんですね。女グセが悪い、ですか。女性だったら誰でもいいと言うことですね。わかりました」
「な、なんか、ハルミナ、変わったの…」

そんなヤクヤさんとハルミナの会話を余所に、

「ジロウ、ジロウ。見すぎです」

レイル様の声がして。

ジロウは俺が淹れた川水をまじまじと見ていた。
ってか、まだ飲んでなかったのかよ!

「人間さんよ、とりあえず飲んでみなって。美味いから」

俺がジロウに言えば、

「マジか?」

と、疑いの眼差しを向けられた。
いやいやなんで俺が疑われなきゃならない!
まあ、淹れたのは俺だけど!味付けとかはしてないそのままの川水だし…

ジロウはまだ、飲もうとしない。なんか、俺が悪いみたいじゃんか?

「…信じられないってんなら、もっと酷い場所の水でも飲ませてやろっか?」
「いただきます!」

ごくり!
ようやくジロウは水を飲んだ。

「どうですか?ジロウ。味覚なんて、人間も魔族も変わりないと思いますが」

レイル様がニコニコと笑って聞き、

「うん。味は普通の水だった。紫色だけど。砂が入っててジャリジャリするけど」

言いながら、ごくごくと、ジロウは飲み続けた。

なんか、こいつ、バカっぽいな。
俺は思いながら、口にはしなかった。

しかし、このバカっぽい奴が、俺ら魔族や天使の害になる英雄の剣を持っているときた。

俺はただ、昔ヤクヤさんに拾われた野良魔族であり、フリーダムの戦闘要因。
って、そんな地味な存在なのになぁー…

世の中、色んな奴らが居る。
わかんねえもんですぜ…


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