エピローグ
かつて、この世界には英雄の剣を携えた、人間の英雄がいた。
人間、天使、魔族ーーそれぞれがいがみ合い、争い、血を流した時代があった。
けれども今、三種の種族は共存して生きている。
それが、永久に続くことを、誰もが願っているだろう。
この先、未来に何があるかはわからない。
もはや、英雄がいない、必要ないこの世界で、愚かな争いが起きないなどというのは保証できない。
けれど、再び世界を一つに戻した若き少年ーー。
その少年が願った世界を、少年を知る者たちが居る限り、守り続けてくれるだろう。
『ジロウの身近な少女達。カトウと言う娘は人間ですから長くは生きれません。ハルミナも天使ですが、命を一度削っている。ならば、貴女が一番永くを生きる可能性が高い。
貴女に頼みがあるのです。
きっと、まだまだ先の話ですがーー
ジロウが、テンマさんが目覚めたとします。
目覚めた後、その先も、ずっと、ずっと、彼の一生を傍で見守ってあげて下さい。
かつて、リョウタロウとレーツさんはそれが出来ませんでした。
老いていくレーツさんを傍で見守ることを、共に在ることを、永きを生きるリョウタロウさんは耐えれず逃げ出してしまいました。
だからーーそんな二人の息子であるこの魂には、二人のような悲しい人生を歩ませたくはありません。
私は、テンマさんを裏切りました。
私は、ジロウが酷な道へ進む手助けをしました。
この先も、恐らく私はネクロマンサーとしての血には抗えないでしょう。
ですから、これは私の最後の、人間として在る理性の願いです』
ーーそんな願いは、頼みは、簡単なものだった。
いや、頼まれなくても、そうする覚悟はある。
すでに、ラダンとエメラが、人間の一生を傍で見守ったのだから。
それに、時代は変わった。
リョウタロウやレーツが生きた時代とは違う。
もはや、二人が抱えていたような、過去に縛られるような時代ではない。
だから、彼女は、魔族の少女は目覚めた彼を、今日も傍で見守っている。
鬱陶しく伸びていた銀の髪を短く切り、あの日、『必ず帰って来る』と言ったジロウから約束の証として手渡された彼のバンダナ。
ーー大切な友人や仲間が居るこの世界を壊させない為に。今まで苦しんで来た魔族が、救われた世界で幸せに生きていける為にも、オレは行くんだ。
……そう言ってくれたジロウとの約束は果たされたから。
だから、ナエラはバンダナを目覚めた彼に返し、以前のように、また彼は額にそれを巻いている。
「じゃあ、行ってくるよ」
金と青の目を優しく細め、茶色のジャケットに身を包み、彼は言った。
ようやく二十歳になった彼は、再び新米トレジャーハンターとしての道を歩む。
約束した相棒ーー片割れはいない。
でも、それは自分の中に存在している。
ーー苦しんで来た人々に、救いを。
人生を全うした人々に、救いを。
今度こそ、皆が平等になれる世界を。
もう二度と、リョウタロウのような悲しき英雄が生み出されない時代になることを。
英雄が必要のない世界を。
けれど、もし誰かが自分の為の英雄を必要とするのならば……
それならばーー……
僕も英雄になろう。
壊すんじゃない。
歪ますわけじゃない。
大切な誰かの為の英雄になら、大切な誰かの笑顔を守る為だったら、その人が泣かなくていいのならば、喜んで英雄になろう。
「行ってらっしゃい」
と、赤髪の魔族の少女は白いワンピースに身を包み、あの日のように、普通の女の子みたいに笑ってくれた。
そう。
この娘の笑顔は、今もちゃんと、続いている。
君が、これからも続きますようにと願った笑顔は、続いている。
でも、一つだけ。
あの娘が悲しまなくてもいい世界になりますようにーーその願いは、叶わなかったのかもしれない。
叶わないことは、多くありすぎた。
僕は、目覚めを拒み続けたんだ。
だって、君を連れて帰りたかったから。
でも、僕が目覚めを拒み続けたせいで……
たくさん傷つけてしまった、僕を想ってくれたーー待っていてくれた人にも、会うことは叶わなかった。
なんの謝罪も、罪滅ぼしも、出来なかった。
ねえ、やっぱり、君が居なくちゃ駄目なんだ。
でも、それはもう叶わない。
…何一つ、君に返せなかったけれど、君の夢、君の願い、それは全て、僕の中に在る。
だから、僕は君と共に生きよう。
この人生が終わるその日まで、君のーー英雄のいないこの世界で、君の意識が最後に望んだ笑顔の傍で、君が贈ってくれた世界で、築いてくれた世界でーー……
この結末を受け止めること。
それが僕自身の一生の罪滅ぼしであり、君への誠意だ。
僕には、英雄がいた。
君にも、君の英雄はいたのかい?
僕も、誰かの英雄になれるだろうか?
ーー……
ーーーー……
青空の下、人間が、天使が、魔族が笑い合っている。
他愛のない会話をしている。
些細な口喧嘩をしている。
ーー先立った人々が願い続けた世界が、ここにある。
彼女は笑う、僕も笑う。
「君が、大好きだったよ」
『英雄がいた!』fin
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