これが僕の意思だ!

ジロウは先程まで着ていた上着と似た色をした半袖のジャケットに袖を通す。
ボロボロになったジャケットを見て、スケルが手渡してきたのだ。
昔…リョウタロウが着ていたものらしい。

皆、大丈夫だろうか?
ユウタには悪いことをしたな…

ジロウは様々なことを思いながら、ナエラ、エメラ、スケルと共に銅鉱山から出た。

「ジロウ?」

銅鉱山から出たジロウは真剣な眼差しで何処かに目を向けている為、それに気付いたナエラは首を傾げて尋ねる。

「ああ、あそこは貴方の故郷でしたね」

スケルが言った。

「ああ…父さんも母さんも、村の皆も…黒い影に飲み込まれちまったからな」
「あんたの両親?」

エメラが不思議そうに言い、ナエラも不思議そうにジロウを見る。
なぜなら、二人が知るジロウの両親は――…

そこで、スケルは彼女達の目をじっと見て、要らないことを言うな、と言うような視線を向けた。
そして、スケルはジロウを見て、

「貴方のご両親は、どのような方なのですか?」

そう尋ね、

「父さんは昔トレジャーハンターをしてて、その仕事先の洞窟でヘマをして、法術師の母さんに出会ったって言ってた」

ジロウは少しだけ懐かしそうに言い、

「母さんはすぐ怒るから凄い恐いんだよな。逆に父さんは優しい。昔から母さんの尻に敷かれてたのかも。トレジャーハンターの職も、父さんに言われて渋々やり始めたんだったなぁ……色々と面倒だったけど…今思ったら、もっと真面目に生きてたら良かったなぁって思うよ。なんつーか…親孝行してなかったなぁ…って」

そう言って、ジロウは苦笑する。

「…幼い頃の記憶はありますか?」
「ん?」

スケルに聞かれるが、ジロウは目を丸くした。

「幼い頃って、いつ頃のだよ?」
「例えば…産まれてすぐだとか、産まれた場所だとか」
「は?」

おかしなことを聞いてくるスケルを、ジロウは目を細めて見て、

「さすがにそんなの覚えてるわけないだろ?産まれてすぐなんて、物心すらついてないんだから…」

一体なんなんだよ、と、ジロウはスケルを横目に見る。
すると、スケルはニコリと笑い、

「我ながら確かに可笑しな質問をしてしまいましたね。それよりジロウ。もはや人は居はしませんが、貴方の故郷です。少し見て来ては如何ですか?」

そう促され、

「…そうだな。いつ戻れるか、わからないしな」

ジロウは頷きながら「じゃあ、少しだけ…」と、村の方へ足を向けた。

「……と、言う具合です」

ジロウが立ち去ったのを確認し、スケルはナエラとエメラに振り向きながら言う。

「ジロウの親って、英雄リョウタロウと、話でしか知らないけど、レーツって女なんでしょ?それをジロウは知らないはずじゃ…」

ナエラが聞けば、

「血の繋がりのない育ての親ですよ。ジロウが両親と呼ぶ二人は、彼に実のことを話してはいないのでしょう。銅鉱山に安置されていた、赤ん坊のジロウを拾ったということを…ね」
「安置?」

スケルの言葉にエメラは眉を潜めた。

「それでも、ジロウは幸せだったのでしょう。二人に見つけられて、育てられて。だからこそ、今のジロウがいるのです」
「お前、何でそこまで知って…?」

ナエラが疑問気に聞けば、

「私とて、ジロウの実の母であるレーツさんに育てられた身です。昔からよく聞かされていましたよ。彼女からジロウの話をね。何故ジロウは捨てられたのか……いえ、捨てられたと言う言い方は適切ではありませんね。まあ、それと、誰に拾われたのか……各々、レーツさんは全てを把握していましたから」

スケルの言葉を聞きながら、エメラはジロウが向かった村の方を見つめ、

「まあ、時間潰しにはなりそうね。ジロウが戻って来る前に詳しく聞かせなさいよ、その話」

と、エメラはスケルに言う。

――…
―――…

誰も居ない、静かで空っぽな村にジロウは立ち尽くしていた。
それから、ゆっくりと自分の家に入る。
家に帰るのは、魔界から人間界に戻った時以来だ。
最も、あの時はもう、この状態であったが…

自分の家に足を踏み入れ、玄関の先にあるリビングに入る。

ここで、ネヴェルやハルミナ、カトウと色々揉めたり、レーツが急に来たりしたんだよな、と、ジロウは苦笑した。

そうして、黒い影に飲まれてしまったであろう父母の姿をぼんやり思い浮かべる。
…ふと、そういえば、父母の部屋にあまり入ったことはなかったな、と思う。
それこそ本当に、幼い頃ぐらいだったか…
気付いた時には、二人の寝室に足は向いていた。

トレジャーハンターの父と、法術師の母。
二人共、もはや現役を引退してはいたが…

その部屋には、トレジャーハンターの際に使っていたのであろう道具や、採掘した鉱石や古びた硬貨、法術を学ぶ為の冊子…
そんなものが所々にある。

若かりし頃の二人の写真もあった。

(しっかし、似てないよなぁ)

と、ジロウは苦笑する。
父母はジロウの黒と違い、茶の髪をしていて…
顔も…似てない。

お前は亡き祖母や祖父に似ているんだよ、と、いつか聞かされたことがあった。

(産まれた時の記憶…か)

ジロウは先程のスケルの問いを頭に浮かべ…
赤ん坊だった頃のジロウを、父母が腕に抱く写真を手に取り、ぼんやり眺める。

(いまいちわからないけど…暖かいけど、どこか寒い場所に居た……そんな記憶が、ある)

曖昧なそれを先程スケルには言わなかったが、妙な感覚は記憶に在った…

――…
―――…

「悪い、待たせたな」

故郷の村から出たジロウは、銅鉱山の前に待たせていた三人の元に戻りながら言う。

「もういいわけ?」

エメラに聞かれ、ジロウは頷いた。

「よし、じゃあ…行くか!って言っても、テンマが何処に居るか…だよな」
「私達は下手に動き回る必要はありません。テンマさん…いえ、黒い影の方から現れるでしょうから」

スケルはそう言う。

「なら、皆と合流した方がいいか?あと、ネヴェルとカトウを…」

ジロウの言葉にスケルは首を横に振った。

「恐らく、そのような時間はありません。テンマさんは今この瞬間にでも行動を開始しているはず。黒い影に成る為の……そして、それはもうすぐに始まるでしょう」

それから、スケルはナエラとエメラを見て、

「しかし、お二人はお仲間の元へ戻られては?私達にはもはや出来ることなど何もないのですから」

そのスケルの言葉に、

「お前が言うように何も出来ないのかもしれないけど…この馬鹿に全部押し付けるわけにはいかない。ボクにだって、何か出来ることがあるかもしれないから」

ナエラはそう言う。スケルは肩を竦め、

「ふむ、無駄な事でしょうがね」

それから次にエメラを横目に見て、

「ここまで来たら、あんた達の側で結末を見てやるわ。カーラ達に状況を伝えに行ったラダンにも、あたしはここに残るって約束したんだからね。ここで戻ったらカッコつかないんだから」

そう、エメラは言った。

「はは…」

すると、ジロウが急に小さく笑い、三人は不思議そうに彼を見る。

「いや…なんだか、妙なメンバーだなって。なんて言うか…始まりは、カトウが居て、ユウタが居て、ネヴェルが居て、ハルミナちゃんが居て……でも、今オレの目の前に居るのは全然違う奴等だ」
「まっ、確かにね。こんな事態になるとは誰も思わないわよ。って言っても…世界が一つになった…だなんて、それ自体、誰も予想できない事態なんだし」

今でもまだ実感が湧かないわね、と、エメラは言った。

「今はバタバタしてるから、落ち着いたらちゃんと実感も湧くんでしょうけどね…そう、落ち着いたら」

言いながら、エメラは目を細めて空を睨むように見上げる。
それに続き、ジロウ、ナエラ、スケルも同じように見上げた。

青だった空の色が、次第に黒く染まっていくではないか。

「始まりましたね」

スケルが言い、

「あれが…お前が言っていた…?」

ナエラの問いに、スケルは黙って頷いた。

「あれが…全てを飲み込む、黒い影……いや、テンマなのか?」

ジロウは額から冷や汗を流し、大きく目を見開かせる。

空は闇に包まれ、大地には暗く影が覆う…
一つになった世界は、一気に闇に包まれた。

「こっ…こんなものが、あんたの望む世界なのかよ、テンマ…!?」

思わずジロウは空に向かって叫ぶ。

「思ったより早かったですね。では、行きましょうか、大地を覆い尽くしている、この影の元凶の元へ」

スケルが言い、ジロウは迷いなく、力強く頷いた。

「…」

どんな形であれ、ジロウは必ず帰ると言い、約束した。

大切な友人や仲間が居るこの世界を壊させない為に。
今まで苦しんで来た魔族が、救われた世界で幸せに生きていける為に。
家族やレイル達を取り戻す為に――…

その為に、ジロウは行くと決めた。

そして、先程スケルから聞かされた…
英雄リョウタロウ、妻レーツ、その息子、ジロウ。
そして…テンマとの因縁。

ジロウはそのことを何も知らない。
いや、知らなくても…それでもジロウとテンマは出会い、こうして二人の運命は繋がってしまった…

ナエラはジロウに渡された、彼の茶のバンダナを力強く握り締め……ようとしたが、ヒョイッと、エメラに取り上げられる。

「なっ、何す…」

ナエラは慌ててそれを取り返そうとしたが、すぐにその行動を止めた。

「嫌な風が吹いてきたわ。絶対、手放さないようにしなさい」

…と、エメラは柔らかく微笑んで言う。
バンダナは、ナエラの首元にリボン結びにして結ばれていた…

「それから…」

エメラは眼前を指差し、

「あれも…手離さないように、しっかり握っておきなさいよ。せめて、離れる瞬間までは…ね」

そのエメラの言葉に、ナエラは前へ前へと進んで行くジロウの背中を見つめる。


ナエラは駆け出し、彼の隣に並んだ。
並んで、彼の右手を掴み、しっかり握る。

その彼女の行動にジロウは一瞬、目を丸くしたが…
その手を握り返し、再び前を見つめ、歩き出す。

(待ってろよ、テンマ。あんたが贈る世界なんて…あんたしか望んでいないんだ。だから…オレは止めに行くよ、あんたの友達として、あんたを…)

漆黒の空を、影に覆われた大地を、他の者達も別の大地から見ていた。

「あれは…」
「なっ、なんなんですか、あれは!?でも…あれ?なんだろう…なんで、テンマさんが浮かぶんだろう…」

テンマの術から逃れたネヴェルとカトウ。
辺りを埋め尽くす影に、カトウはテンマを感じた…


「な、なんだ、あれ…」
「影が…」

タイトから聞かされたジロウの真実の話を整理していたユウタとハルミナも、驚くように景色を見回す。


「あれは、崩壊した施設の方から…」
「あの巨大な影、道連れに出来てなかったってことかよ!?」

ムルとラザルは言い、

「まさか、フェルサ達も飲み込まれて…?」
「可能性はあるのう…」

崩壊した施設に残して来たフェルサ、ミルダ、マシュリ。三人を思い、カーラとヤクヤは眉間に皺を寄せる。

「あ、あんなもの、どう相手にするんですかい?!」
「巨大…いえ、まるで、世界そのもの…」
「これが、世界を壊すってことなんか…?!」

トール、ウェル、ラダンの表情が強張った。

(ジロウさん…間に合って下さい…)

何もかも間に合わなくて、マシュリに何も届かなかったマグロはそう願う。

(リョウタロウさん、レーツさん…ジロウを見守ってやってくれ…力を、貸してやってくれ…)

タイトは強くそう願った。

その日、一つになった世界は、空も大地も全てが影に……否、テンマの意思に飲み込まれる。

そんな世界(意思)を、ジロウは絶対に認めないと、強く強く、思った。


『贈る世界』end


ー100/138ー

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