憎しみは終わらない!
「おい!テンマ!今日こそパートナーになってくれよ!」
――…はあ?またそれ?で、パートナーってなんなわけ?
「えっと、道案内とか!荷物持ち分担とか!」
――…それさ、前にも言ってたよね?それはパートナーの役割じゃない。ただの雑用だ。全く、新米だね…
「あはは、冗談だって!だから、な。パートナーになってくれよ」
――…なんで僕なわけ?他にも…
「『……』だからさ」
――は?なんて…
視界は、世界は、黒く、暗く染まる。
呑み込まれる…
「…何だ、夢……僕は寝てしまってたのか」
テンマはそう言うが、違う。これもまた、現実ではない。
暗い視界に潜む者の気配をテンマは感じた。
その者の姿を見つけ、視界に捉え、両者は睨み合う。
「…可笑しいなぁ、やっぱり夢か。君は今度こそ消えたはずだろう、リョウタロウ…」
暗い視界の中には、英雄の姿があった。
「ふ……君のことはやはり、あの時ちゃんとこの手で殺しておくべきだった。こんなにも君をまだ憎んでいるのに、もう殺せないんだからね」
そう言って笑うテンマに、
「お前は何になりたかったんだ?」
と、リョウタロウは言う。意味がわからなくてテンマは黙った。
「…まあ、いい。馬鹿な真似はよせ。世界が壊れていない今ならまだ、間に合う」
「はあ?やめろと言われてやめるバカがいるかい?…世界は僕の存在を壊したんだ。ようやく、僕は自由になれた、ようやく、世界に復讐してやれるんだから」
そう言ったテンマに、リョウタロウは「そうか」と言いながらテンマに背を向け…
「忠告はした。後はお前次第だ」
そう言う。
「…忠告?」
「ああ。俺と同じ存在の…お前にだ」
その言葉に、当然テンマは苛立ちを募らせた。
「同じ?同じだと…?!英雄扱いされ、形はどうあれお前には存在理由が在った。僕には何があった?僕には何もなかった…!奪われただけだ!それを、同じだと言うのか?!」
怒りと憎しみの言葉を吐き出すテンマに、それでもリョウタロウは同じだと言う。
「何が間違いなのか、何が正しいのか…それすらわからず、お前は行動しようとしている。世界を分断した時の俺と同じだ」
「…馬鹿を言うな、僕はわかっている。わかって行動している…!」
「いや…周りが見えていないからこそ…お前には正しい言葉が届かないんだ」
そう言ったリョウタロウは、まるで憐れみの目をテンマに向けた…
「なん…だ?何だよ、その、僕を馬鹿にするような目は…うっ、ぐぅ…?!」
急激な頭痛が襲う。
テンマは頭を抱え、暗闇に膝を立てた。
悲鳴だ、悲鳴が聞こえる。
(誰の?)
苦しい悲鳴、痛みに耐え、もがく悲鳴。
(これは…)
次々に、次々に、身体の部位が代わる代わる痛む…
(僕の…悲鳴だ)
脳裏に再生され、繰り返されるそれは、百年も前の自身の悲鳴だということにテンマは気付いた。
人間に、ネクロマンサーに、英雄リョウタロウの予備として身体を弄られた…そして、結局はリョウタロウが成功した為に、なんの意味も成さなかった、自分。
身体を弄られ、痛みに苛まれ…
英雄の力と同じくらいのものを持つことになってしまったテンマ。
人間は自分達でそうしたと言うのに、テンマが暴走や復讐をすると思い…
最後には、ネクロマンサー達により封印された。
(僕は、なんなんだ?そこまでされて、結局はなんの意味も成さなくて)
憎い、憎い。
こんな自分にした人間が。
無駄な争いを始めた種族達が…
そして、
「お前がッ!!!お前さえ居なければ、僕は普通に生き、死ねたんだ!!お前が憎い!!なんなんだ?!お前も、お前の子供も!!なぜ、憐れむような目で僕を見る!?」
掠れた声でテンマは叫ぶ。
「…自分の存在が意味を成さないとお前は言ったな。お前は…何になりたかったんだ?」
リョウタロウは再び、最初に聞くのをやめた質問を投げ掛けた…
「ハッ……今更だ。今更、こんな身体で何にもなれないんだ。なら、そんな質問は無意味なんだよ…」
テンマは肩で息をしながら言う。
「お前の言う通りだ。俺が居なければ、お前は人間だった。俺が居なければ…世界は分断されず、別の道を辿っていたかもしれない…」
そう言ったリョウタロウに、
「…別の道か。はは、それこそきっと、世界が分断されていなければ、戦争は終わらず、種族全部、全滅してたかもね。争いが起きた時点で…結局は選択肢なんて限られる」
よろよろとテンマは立ち上がりながらリョウタロウを睨み付け、
「お前をこの手で殺せなかった代わりに、新米くんはこの手で必ず殺すよ」
テンマは冷たく言い放った。
しかし、リョウタロウは動じない。
あの銅鉱山で、初めてジロウを目にした日。
テンマはジロウに対し、何か特別な感情を持ち合わせていた。
それがなんなのか、恐らくテンマ自身にもわかってはいない。きっと、今も。
だからこそ、全てはジロウ次第だとリョウタロウは思う。
ジロウがテンマの何かを動かすことが出来たのならば……
「ジロウならば、きっと…俺が出来なかったことを成し遂げるだろう。きっと、お前も、いつか救われる。お前がなりたかったものにも、気付かせてくれるさ…俺の息子は、俺には似なかったようだからな…」
「…は?」
「……」
疑問の表情をしたままのテンマに、しかし、リョウタロウはもう、それ以上は何も言わなかった。
ただ、寂しそうな表情をして…
憐れむような表情をして…
憎しみ以外何も知らない彼を…
愛情なんてものを知らない彼を……
心から'かわいそう'だと思った…
――…
―――…
「……」
機械的な真っ白な部屋で、同じく真っ白な椅子に腰掛けながらテンマは眠っていたようで…
「テンマさんでも眠られるんですね」
なんて、何かの装置に触れながらスケルは言った。
「…ネクロマンサーくん。君にとって、リョウタロウとレーツは…何だった?」
急な質問にスケルは首を捻り、
「疲れておられますか?」
そう、テンマに聞くが、「いいから答えろ」と言う風な視線を向けられる。
しかし、スケルは肩を竦め、
「…さて。難しい質問ですね」
それだけ言い、テンマに背を向け、なんらかの作業を再開した。
だが、
「一つ、宜しいですか?」
「ふん、質問にも答えないくせに、何だ?」
「きっと、あの新米くんは貴方を何処までも追って来るでしょう。彼はきっと、貴方を大切に思っている。ですがそれは、貴方も同じのように思えるのです」
作業したままのスケルは淡々と言葉を紡ぐが、テンマにはその言葉の意味があまり理解出来ずで。
「リョウタロウさんとレーツさんの息子。それだけの執着ではない何かが、貴方の中には在る。私はネクロマンサーですから、道徳に反する道を辿るのは慣れています。ですが、貴方はどうでしょう」
「…何が言いたい?」
「考えを改めるなら、今しかない、とは思います」
そう言ったスケルの言葉の後に、数秒の沈黙が走り…
――ガシャン…!!
と、大きな音を立てて、室内にあった硝子で出来ている部分の壁が割れた。
「すみません、出過ぎた事を言いましたね。忘れて下さい」
振り向かずスケルは言い、作業を再開する。
「……」
テンマももう何も言わず、再び静かに目を閉じた。
だが、それは眠るわけではない。考えているのだ。
『『……』だからさ』
夢の中のジロウの、聞き取れなかった言葉。
(…世界を壊すのは簡単だ。だからこそ、君を殺すのなんて、もっと簡単なんだ。何にも復讐しないまま、死ぬわけにはいかないんだ)
テンマはそう思い、これから終わる世界に思いを馳せる。
世界が壊れ、何も無くなれば…
この憎しみにも、ようやく、癒しが訪れる。
この魂にも、ようやく、安息が訪れる。
愛も情も要らない、知らない。
欲しいのは……
(僕は……何が欲しいのだろう)
――…世界が一つに戻り、全ての種族が集った。
だが、黒い影に飲み込まれ、動ける者は数える程度で。
この世界に集った人々。多くの道標。
それは、一つの道に繋がって行く。
ジロウとテンマ。
英雄の息子と英雄の力を持つ二人が本当の意味で対峙した時。
その時、何が変わるのか、何が変わらないのか。
今より、英雄の願いを受け継いだ人々が、英雄の願いを知った人々が、英雄を憎んだ人々が、それぞれの意思で動き出すのだ。
『全世界』end