明日までの休息2

「はぁー、なんだか遠くまで来ちゃった、って言う言葉が似合いますね」

そう、カトウは城内の廊下を歩きながら言い、

「だな。でも結局、世界は一つとかで…遠くに来た訳じゃないんだよな…全く、不思議だよ」

立て続けに起きた出来事を思い浮かべながら、ユウタは続けた。

「でもでも、こんな事態にならなかったら、同じ人間同士ですが、ユウタさんと出会うこともなかったし、皆さんと出会うこともなかったんでしょうね」
「確かに」

そんなカトウの言葉にユウタは頷く。すると、カトウが困ったように苦笑いして、

「この事態が起きる前にジロウさんに出会ってなかったら…私も真っ黒な影に食べられてたんでしょうね。ジロウさんとちょっとだけ顔見知りになっていたから、私は今、ここに居る」

そう、感慨深そうにカトウは言った。

「…そっか」

ユウタは俯いて小さく笑い、それから自分のことを考える。
…自分は、腹違いの兄によって助けられ、ここに居ることを…

「あれ?」

カトウが不思議そうな声を出した為、ユウタは顔を上げる。

「あれは、ナエラさん」

…と。
廊下の途中にある大きめの窓を開けて、ナエラがぼんやりと外を見ていた。

「何を見てるんだろう?」

ユウタが疑問気に言うや否や、カトウはすでに行動に移っていて…

「…カトウさんは元気だな…」

苦笑混じりに言う。

「ナエラさん!何してるんですか?!」

ビクッ――!…と。
背後からカトウの大きな声がして、ナエラは肩を大きく揺らし、目を丸くして振り向いた。

「なっ…」

ナエラは絶句するように言い、それから何かを隠すように慌てて窓を閉めようとしたが…

「夜風が気持ちいいな。…ん?あれは…」

ヒョイッと、ユウタが窓の外を覗き込んだ為、ナエラの行動は阻止された。
同じくカトウも外を眺め、

「あ!あそこのバルコニーにジロウさん達が居ますね!」

そう、カトウは言う。
ジロウを真ん中にして、ネヴェルとハルミナ…三人並んで何か話している様子だ。

「あ!わかりました!ナエラさんは三人が何を話しているか気になるんですね!」
「…カトウさん、それ、口に出す必要は無いと思うけど」

カトウの発言にユウタは苦笑いする。

「な、何なんだお前達!急に来て大声で勝手な事ばかり!ボクは部屋に戻…」

そう、怒り混じりに言ったナエラを、ユウタが片手で制止した。

「あいつ…バカだろ?」

と、ユウタはニコリと笑ってナエラに言う為、ナエラは首を捻る。

「ジロウだよ。昔から後先考えず、直感だけで動いて…でも、その持ち前のバカさで、いつの間にか他人の気を許しちゃうんだよな…」
「あ、そうでした!ユウタさんはジロウさんと幼馴染みでしたっけ」

カトウが思い出すように言えば、ユウタは笑顔のまま頷いた。

「俺さ…小さい頃、事情があって、身内も居なくて…同じ村に住むジロウの家で一時世話になってた」

そこで、ふとユウタは思う。

(ジロウの父親が英雄であり、母親がレーツさんなら…俺も世話になってたジロウの両親は、一体…)

何度か考えた疑問を再びそこまで考え、首を横に振った。

「はっきり言ってさ、俺、家族にあんま良い思い出がなくて。母親なんて…物心つくまえに死んでたし、父親なんて、ろくな男じゃなかった」

暴力ばかり振るう父親。
数年前、タイトは言っていた。
ユウタの母親は父親に殺されたと。

「あんまり良い幼少時代じゃなかったけど、ジロウがさ、昔からバカみたいに明るい奴で。あいつのお陰で、ろくでもなかった俺の人生は…変わったんだ」
「ユウタさん…」

詳しく、全てを語らないユウタではあるが、カトウは読み取るように感じた。
ユウタにとってジロウは、かけがえのない存在なのだと。

「でさ、あいつは昔から、他人のことばかり不器用に考えるんだ。自分の幸せなんて考えない。…俺は、あいつに幸せになってほしい。でも、なんでだろうな……英雄の剣なんて重たいものが、なんでジロウを選んじゃったんだか」
「…それはきっと、ジロウさんが優しいから、じゃないでしょうか?」

ため息混じりのユウタの言葉に、珍しく静かな声音でカトウは言う。

「きっと、剣がジロウさんを選んだんですよ。ジロウさんなら、間違ったことをしないって」
「…そんなもんかなぁ」

カトウのいつもながらの根拠のない前向き発言に、ユウタは思わず吹き出してしまった。
そんな二人の会話を、ナエラはぼんやりと聞いていて…
ユウタとカトウ。
二人は自分なんかよりもよく、ジロウという人間性を知っていて、二人にとって、ジロウはきっと、大切な存在なのであろうと感じさせられた。

「でさ、ナエラさん」
「な、何さ…」

いきなりユウタに話を振られ、ナエラは眉を潜める。

「ジロウの毒を抜く際、ずっとジロウの傍に居てくれただろう?ありがとう」
「…なんでお前が礼を言う?」

ユウタからの'ありがとう'の意味がわからなくて、ナエラは不思議そうに彼を見た。

「んー、友達として、かな。俺はただの料理人で戦いなんて無縁で、料理でしか皆を励ませないけど、ナエラさんは戦える。だから、ナエラさんはテンマと対峙した際も、ジロウの肩を持ってくれたりしたから……そうやって、あいつを支えてくれる人が居るっていうのは、俺は嬉しい」

そう、笑って言うユウタに便乗し、

「私も同感です!ジロウさんと知り合えたお陰で私はここに居る。でも、私も戦えなくて声援するしか出来ないから…だから、ナエラさんやネヴェルちゃん、ハルミナさんなら頼もしくて、安心してジロウさんを任せられます!」

カトウも笑顔で言う。

「…な、何よ、それ」

呆気にとられるようにナエラは瞬きを数回し、

「ボクは別に、ジロウの為じゃなく…ネヴェルちゃんの為に…」
「あ!ナエラさんはネヴェルちゃんが好きなんですよね!魔界で魔王さんと言いますかテンマさんと対峙した時、ネヴェルちゃんに告白をぶつけてましたよね!」

否定しようとしたナエラの言葉の途中で、カトウは思い出しながらそんな話をした。

「え?!そうなの!?俺はてっきり…」

その時のことを天界に居たユウタは知らないので、目をぱちくりさせて驚く。
しかし、

「いや…ってか、ナエラさん怒るんじゃ…」

カトウが問題発言をしたような気がして、ユウタが小声でカトウに言えば、

「聞こえてるよ」

と、ナエラに指摘され、ユウタはひきつった笑みになった。
だが、ナエラは再び窓の外に目を向け、ネヴェル達の方を見る。



「…ネヴェルちゃん、とても楽しそう」

三人がなんの話をしているのかは知らないが、ネヴェルはナエラが見たことのない表情ばかりをしていて。

「ジロウと、天使の女が居るから、だね…」

そう、ぽつりと言い、

「ついさっきまでは、悔しさがあったんだ。ネヴェルちゃんが取られちゃう、遠くに行っちゃうって。でも…」

寂しそうな言葉とは裏腹に、ナエラの声は不思議と落ち着いていて、ユウタとカトウは静かに彼女の言葉に耳を傾けた。

「いつでも話を聞いてやるって、泣きたいなら胸を貸してやるって、ボクが本当に疲れた時には、護ってやるって…仲間だからって、ジロウは言ってくれた」

言葉を紡ぐナエラの目尻に、ほんのりと涙が滲む。

「あいつは、誰にでもそう言うんだろうけど…その言葉の数々が、嬉しかった。だからこそ、仕方ないなって思った。そんなあいつに、ネヴェルちゃんもきっと、今のボクと同じような気持ちにさせられてるんだ」

ナエラは僅かに微笑み、初めて目にする夜空に手を掲げた。

「ジロウは弱い。でも、それは戦う力で……心は馬鹿で真っ直ぐで強い。そんなあいつを、ボクは力で護ってやりたい。魔族のボクに出来るのは、戦うことだから」

そのナエラの小さな決意を、ユウタとカトウは眩しそうに目を細めて聞き…

「こういうのって、なんなんだろ。出会って僅かなジロウなんかに、なんでこんな気持ちになるのかな」
「それは…」

疑問気に言うナエラの言葉に、ユウタが何か答えを返そうとすれば…

「それは!ジロウさんが言うように、私達はもう仲間だから!仲間は友人、仲間は家族!なんですよ!」

両手を胸にあて、自信満々にカトウは言った。
それに、ユウタは額に手を当ててため息を吐き、

「まあ、そんな答えもアリ…かな」

と、妥協する。

「友人、家族?ふん……そんな…」

鼻で笑うナエラの手をカトウはすかさず握り、

「私とユウタさんとナエラさんだって、もう、仲間で友人で家族なんですよ」

そう、何一つ悪意のない笑顔で言って、

「ん。そういうこと…かな」

と、ユウタは苦笑した。

「ほら!ユウタさんもギューって!」

カトウがそう促すが、

「いや、さすがに男の俺が女の子二人にそれはマズいから。それは断るよ」
「ええー?!」

その二人のやり取りを、カトウが握ってきた手の温もりを何気なく感じながら、人間達の言動を馬鹿馬鹿しいと思いつつも、ナエラはいつの間にか笑っていた…


――…そして、数分前。

少し寒さを帯びたバルコニーで、ジロウとネヴェル、ハルミナは夜空を眺めていた。

「こうやって三人だけになるの、二回目だよな」

と、ジロウは言う。

「言われてみれば、そんなこともありましたね。魔界から人間界に飛ばされた時以来…ですよね」

ハルミナが言えば、

「そうそう。しっかし、二人とも変わったよなー。ハルミナちゃんは初めて会った時は静かな感じだったけど、今はハキハキ話して強くなって、髪も短くなってるし」

なんてジロウに言われ、ハルミナは苦笑した。

「ネヴェルは…なんか、色々変わったよな…」

そうジロウが言えば、

「お前が変わらなさすぎなだけだ」

と、ネヴェルに言われる。

「はは…」

ジロウは渇いた笑いを漏らし、

「なんか、なに話したらいいかわかんねえな」

そう困ったように言えば、

「そうだ。ネヴェルさん、私とジロウさんに何か話してくれるんじゃなかったんですか?」

思い出すようにハルミナが言った。ネヴェルは一つ頷き、

「ああ…俺が魔王に従った理由…だな」

それから目を閉じて口を開く。

「百年も前。俺とヤクヤ、レイルの父親――レディル。カーラにミルダ、フェルサ……リョウタロウ。そういった奴等が生きる時代に…メノアという、魔族の少女が居た」

胸元のペンダントに触れ、もう決して戻らない日々を、ネヴェルは語った…


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