歪にも進む人

反面教師の父親と、無な母親。
私を育てたのは、雇われの教育係達だった。馬鹿馬鹿しい。

親の愛情なんて知らない。まあ、欲しくはなかったかな。
父が外で女を作っていたことを知っている。まあ、仕方無いといえば仕方無いのかもしれないが‥‥自分で選んだことなのにね。

そう、私の母親は異端者なのだ。だから【無】なのだ。
私の名前を呼んでくれない以前に、何も言葉を発しない。腕に抱かれたこともない。
母親というよりは、ただの置物だ。

異端者の母親の存在は外部にバレないよう、私を産んですぐに幽閉されたそうだ。
幽閉といっても牢屋ではなく、綺麗な一室だが。

父が母を愛していたのかは知らない。
成り行きで、ただの欲で抱いただけなのかもしれない。
だから、外で女を作っているのだ。

私は、ただの欲で産まれただけの塊。

ある日、父親に社会勉強だと言われ、外交に行かされた。父親の付き添いはなしだ。代わりに兵士が何十人も付き添っていたが。
その外交の帰り、付き添いの兵士の目を掻い潜って、とある民家を覗き見した。

‥‥父の姿が見えたからだ。

私に責務を押し付け、女と会っていたのだ。なんと身勝手で愚かな‥‥

なんとも言えない気持ちを抱えたまま、夜を迎え、私は眠った。
月日が経ち、父はあまり外には行かなくなった。女との関係を断ったのだろうか?
それならばそれでいい。

だが、母は相変わらず幽閉されたまま。
扉の隙間から部屋を覗き、ぼんやりと何時間も座り続ける母の姿を奇妙に感じながら見つめる。
まあ、食事を前に置けば食べ、トイレに行きたければ自分で行っている。
生きる為に必要な最低限のことは行っているが、それ以外は‥‥何もない。


あれから何年か経った日、ふと、父が通っていた女の家の近くを通った。
私の立場的にこのようなことをすべきではないが、なんとなく‥‥足が向かってしまった。

「あんたはなんでそんななんだい!!」

外まで丸聞こえの女の怒声。
私は思わず窓を覗き込む。カーテンで隠すことなく、家の中は丸見えだ。

一室の床にはたくさんの本が散らばり、父の愛人の女が何かをがんがんと蹴っている。
‥‥小さな子供が床に転がっていた。

「マイン!!あんたはこの国の王の息子なのよ!?なのにあんたが愚図だからあの人は来てくれなくなったの!あんたが立派になって何がなんでも生きて、そしたらあの人は帰って来る!」

‥‥なんということだ。
父は、外で子供を作っていたというのか。そして恐らく、子供が出来たと知り、愛人を捨てたのだ。

床に転がるあの子供は‥‥私の腹違いの弟だというのか‥‥

見ていられなくなって、私は逃げるように走った。


それからしばらくして。
オルラド国が攻め込んで来た。

ここは武術の国、ソードラント国。
皆、剣を持って立ち向かった。

兵も、父も、戦って、だが、死んだ。

大きな爆発音や悲鳴。
だって、見たこともない爆薬や武器、大砲のついた鉄の機械‥‥

未知だった。
恐怖だった。
化物だった。

剣でも魔術でもない何か。それが、人々を殺していく。
血飛沫が舞う。

私は‥‥厳重に守られていた。
誰にだと思う?

‥‥異端者の母親に、だ。

城の中にまで鉄の鎧を顔から足元まで纏ったオルラド兵が攻め込んで来た時、それまで動きもしなかった母親が私を地下牢にある倉庫へと隠したのだ。鍵まで、閉めて。

中から開けることは出来ない‥‥

何もかもが静まり返った時、騒ぎを聞き付けたニルハガイ国の救助がやってきた。
だが、オルラド国はもう撤退していたようだ。

何時間‥‥いや、何十時間‥‥私はずっと倉庫の中にいた。
ニルハガイ兵が鍵を開け、やっと外に出て、私は思わず駆け出した。姿を捜した。
そして、見つけた。

城内の廊下で、無惨にも体を切り刻まれた異端者の母の姿を‥‥


なぜ、母は私を守ったのか。
私を認識していたのか?私を息子だと理解していたのか?


王のいなくなったソードラント国。
ニルハガイ王の計らいで、父の弔いなどはスムーズに済んだ。

父とニルハガイ王は、王同士というだけでなく、旧知だったそうだ。

「奴は昔から遊び人だったが‥‥根は悪い奴ではなかった」

と、ニルハガイ王は語る。

しばらくの間、ニルハガイ王が私に王としての学を学ばさせた。有無を言わさず、私は王になるしかなかった。

若き王と馬鹿にされることもあったが構わない。
後に、サントレイルの新王なんて、私より更に若いのだし。


私が王になってしばらく。

マインという名の少年の噂を耳にした。
孤児の悪ガキ、盗人だと。

どうやら、父の愛人も、オルラド国が攻め入った日に死んだらしい。
マインはきっと生かされたのだろう。
呪いのように『生きろ』と言った母親によって。

マインは自分が王の血を引いていることを知らないだろう。私が異母兄ということも知らないだろう。

私の金の髪は、異端者の母譲り。
マインの銀の髪は、父譲り。

マインの噂だけを耳にし、成長した彼の姿を見ることはしなかった。
彼の存在は憎くない。

だって、彼は母親から虐待され、父には見捨てられ‥‥
私と同じく、親の愛情を知らないかわいそうな子供なのだ。

だから、生きたいように生きればいい。
彼はきっと、まともな生き方を教わってはいないのだから。
盗みぐらい、構わないさ。
人を殺めるわけじゃない‥‥なんて、一国の王が言っていい言葉じゃないね。


私はね、異端者のことは別に、どうでもいいんだ。でも、世界が許さない。
異端者を差別することが当たり前の世界だから。

捕まえては逃げる異端者の少女。
恐らくマインと同じくらいの歳だ。
なんとなく、そんな理由だけで、サントレイル国に送らず手元に置いた。

そしたら‥‥彼女はマインを連れて来た。

ビックリしたね。これが、運命?

やはり、彼は父似だなぁ。
異端者と一緒にいるのも、同じだ。
でも、父とは違う。

父は母に構わなかった。
本当に愛していたなら、守り切るはずだ。

‥‥いや、どうなのだろう。
綺麗な一室に幽閉された母。
邪魔ならば、殺されていたのではないだろうか。サントレイル国に送られていたのでは‥‥

わからないが、でも、それでも父のやり方は、間違っていたと‥‥思う。

大切ならば、こうやってマインみたいに隣にいてあげるのが正しいのだろうから。

でもまあ、この先もマインは自分の出世を知らなくていいだろう。知って得することなんてないだろうし、私が兄だなんて、たぶん嫌だろう?

父の友であったニルハガイ王も、マインの存在は知らないはずだ。
だから、信書と共に暴露した。
初めて、父の愛人の話とマインの話を他者に伝えた。

なんだか、気持ちが軽くなったなぁ‥‥


さてと。
マインは国を出たし、面白い動きをしていた異端者の少女もいなくなった。

たぶん、マインは大丈夫だ。生きていける。
彼の背後にある黒い霧が、なんとなくだが、マインを生かすような気がした。

自分も‥‥生かされた命だ。かつて、異端者の母に。
今でも理由は、わからないが。

(さて‥‥そろそろサントレイル王とオルラド国の動きが怪しい。ニルハガイ王からの返事を待つとしよう)

オルラド国がオカシイのはわかりきっていること。
だが、サントレイル王も恐らくオカシイ。自分が王になってから数回程度しか会っていないが、幼いながらにあの目は何かを仕出かす目だ。
あまり気に留めてはいなかったが、異端者を引き取っているのも何かあるのだろう。

状況が酷くなれば、火本の姫にも協力を仰ぐべきだ。


こうして、エーネン・ソードラントはニルハガイ王と共に、闇に備える準備をしていた。


ー49ー

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