私の家は両親ともに茶道家だ。お互いの実家は既に兄弟が継いでいるから、今では趣味で教えてる程度なわけで。しかし、家の離れには茶室もあり、平屋なだけだけどそこそこ大きいわけで。
久々に通した着物も住み慣れてる家の中とは言え、歩きずらい。そして、寒い。でもこうなったのは間違いなく自分のせいで、私は日吉くんの待つ茶室へと少し急ぐ。


きっかけは今日の朝だった。知らなかったんだ、まさか今日12月5日が日吉くんの誕生日だったなんて。お祝いなんてもちろん用意してなくて、後日でいっか、なんて呑気なことを考えていたのに。いつも通り家の前まで送ってくれた日吉くんを、なぜか家にあげてしまった。完全にノープランで。


ガラッと扉を開けると、そこには変わらず姿勢正しく座る日吉くんがいた。私も平然を装い、向かい側に座る。本当は凄く緊張してる。


「待たせちゃってごめんね」

「いえ…。まさかお茶してく、が本当にお茶とは思わなかったですが」


ノープランな上、ない頭で考えた挙げ句に辿り着いたのは、お茶でも点てるか、ってことに落ち着いた。心境は全然落ち着いてないけど。むしろ動揺しかない。私がお茶を点ててる間、日吉くんは黙って見ている。凛とした、少し冷える空気の中、どちらも声は発することはない。何度もこの空気は味わってるはずなのに、こんなに緊張するものだったっけ。


「どうぞ」


差し出したお茶を日吉くんはゆっくりと持ち上げる。
…綺麗だな、と思った。ピンと伸びた背、さらさらな髪、作法も完璧で凄く絵になるというか。見れば見るほど、日吉くんが何で私なんかとという疑問は消えない。それもだいたいまぁいいか、で済ましてしまうのだけど。


「…お服加減はいかがですか」

「大変、結構です」


ふう、と息をつく。少しだけ解放された気がした。勢いとは言え、慣れないことはするものじゃないと思った。ご利用は計画的に、どっかのテレビでもやってたじゃないか。


「なんか、ごめんね。何も用意してなくて」

「まぁ、先輩が俺の誕生日知ってるとは思わなかったですし」


いつも通り、たわいのない会話が続く。もともと和な雰囲気が漂う日吉くんに、この空気が妙に合う。小さい頃から親がお茶をしてる姿を見てきているし、抹茶の匂いや、畳の匂い、空気間は割と好きだ。
もう夕方も暮れに近づいた頃、そろそろ、ということで日吉くんを玄関まで見送る。


「ありがとうございました」


失礼します、と出ていった日吉くんの背中を見て気付く。あれ、私、何か大事なこと言い忘れてない?というか何のためにここに来たんだっけ。
…ああそうだ。まだ彼に言ってない言葉があった。少し遠くなった背中に呼び掛けると、ちゃんと振り向いてくれた日吉くんに走って近付く。くっそ、着物ってほんと動き辛い。


「ちょ、危ないですよ。なんですか」

「、日吉くん」



「誕生日、おめでとう」


…ありがとうございます、そう言ってそっぽを向いた君の顔が赤かったのは、夕陽のせいか、寒さのせいか、私には分からない。




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