手料理が食べたい


気持ち緊張した指でインターフォンを押す。チャイムの音と、暫くして「はーい」というなまえの声と、ぱたぱたと駆け寄る音がする。


「……いらっしゃい!」


開けてもらったドアを軽く覗き込めばエプロン姿のなまえが顔を出した。もう、それだけで可愛い。軽く挨拶を交わして、用意してくれたスリッパに履き替える。エプロンを後ろで結び、髪も一つに纏めているそれが同じように揺れる。その後ろ姿を見てつい顔が緩んだ。

休みだったこの日。珍しく学生で予定がなかったのはなまえと狗巻だけで、せっかくだから二人で遊びにでも行こうと話していた。しかし蓋を開けてみれば、生憎の天気。自前予報から朝から土砂降りの雨だというので予定を変更せざるを得なかった。じゃあ何をしようか。部屋で出来ることを色々考えていた中で、前から薄く願望としてあった「なまえが作った料理を食べたい」と口にすれば、あっさりとそんなのでいいの?と承諾してくれた。
なまえが少なくとも東京校の中では一番、料理の腕が立つことは周知の事実にあった。何度か一年も混じってご飯を作る時もその手際の良さがあったし、度々真希が口にするなまえの料理は美味しいと言うのを聞いては凄く羨ましかった。いつか食べたい、という希望が叶う今日、少し、いやかなり楽しみにしていたのだ。
部屋に入ると既にいい匂いがしている。お腹を満たすのが勿体ない気がして昼食を抜いた甲斐があった。もう空腹過ぎてお腹と背中がくっつきそうだ。


「もうすぐ出来るから座って待ってて。あ、先につまめそうなのは出来てるから食べててもいいよ」


そういつも座っている席に座れば、テーブルにはいくつか料理が並べられていた。ほうれん草のお浸しに、出汁巻卵、豆腐のサラダにポテトサラダ。凄い。これ全部なまえが作ったのか。既に狗巻が一週間自炊する品数を超えた気がする。どれもとても美味しそうで、今すぐにでも食べたかったがせっかくなら一緒に食べたい。そう逸る気持ちを抑え台所に立つなまえの側に寄った。


「いくら?」
「え?ふふ、手伝ってくれるの?じゃあ、お皿出してもらおうかな。上にある大きいの、取ってくれる?」
「しゃけっ」


なまえに覆い被さるように頭上の棚から皿を二枚取り出した。視線を下ろすと、バチっと目が合う。狗巻は身長こそ男子学生にしては低めだが、なまえと並ぶとサイズ感が全く異なる。腕の中にすっぽり収まる華奢な身体と、大きい瞳に自分が映る。思わず逸らしてしまった。


「あ、ありがとう………」


照れたようになまえも顔を背けた。熱いのが、火を使っているからか、別の所由来なのか。それを隠すように鍋の蓋を取って、立ち昇る湯気に紛れ込ませる。


「おっ、いい感じ〜」


湯気と共にあがる醤油の良い匂い。狗巻も一緒に覗き込む。角煮っぽい肉の塊と煮卵がなんともいい色をしている。「味見してみる?」となまえが聞くと、食い気味に答えてしまったものだから思わず笑った。


「………どう?」
「しゃけっツナマヨ!」
「美味しい?良かった。大丈夫?甘かったり濃かったりしない?ちょっと煮詰め過ぎちゃったかも」
「おかか!」
「そう?好みあったら言ってね。どうせなら棘に合うもの作りたいから…」


そう言って、睫毛を伏せる。
可愛い。ずるい。抱き締めたい衝動をなんとか抑える。
でもお世辞とか抜きに、好みど真ん中と言えるほど味付けも濃さも抜群に美味しい。これからこれをお腹いっぱい食べられると思うと、忘れかけていた空腹が一気に溢れ出す。限界だ、と催促すればなまえも笑いながらコンロの火を切った。大皿に盛り付けた角煮の山と、ご飯をよそう。もう一つのフライパンにも作っていたものがあったようで、両手いっぱいに抱えて一緒にテーブルに運んだ。


「棘が何でもいいって言うから……。なんか色々作っている内にどんどん量が多くなっちゃってね…?」
「おかか、すじこっ」
「余ったら作り置きに回せるし、好きなだけ食べてね」


では、と2人で手を合わせる。テーブルいっぱい、はみ出すくらいになまえの料理が乗っている。頑張って、沢山の料理を自分の為に作ってくれたのだと思うとこの上なく嬉しい。何から手を付けようか迷うくらいだ。
温かい物の方がいいか、と先程味見させてもらった角煮に手を付ける。箸でも切れるくらいの柔らかさと染みた醤油にご飯が進む。美味すぎて二度見してしまう。


「あはは、ゆっくり食べて大丈夫だよ?真希は、今日遅いって言ってたし」
「すじこ……」
「違うんだよ〜。別に真希に毎回あげてる訳じゃないの。もうね、鼻が効くのかな?作り終わって、さっ食べよう、って思った瞬間やってくるの。あれはね、ワザとだよ。確信犯だよ」


呆れたようになまえは言う。でも真希の気持ちも分かる。こんなに美味しいのだから、毎日食べたいと思うのは最早人の欲。そんなことを話しながらも箸は止まらない。最初に出してくれていた前菜ですら箸休めにならない。狗巻が余りにも勢い劣らず食べ進めてくれるからなまえも嬉しくなった。そもそも人の為に作るのが久し振りだったのだ。その相手が狗巻だというのだから、張り切り過ぎてしまうのもしょうがない。そうなまえが零せば、狗巻は少しだけ微妙な反応を示す。


「え?誰に作ってた、って…。違うよっ硝子さんだよ」
「………ツナ?」
「そう。ほら、私硝子さんと暮らしてた時期があったでしょ?あの人、医者なのに凄い酒豪なんだよ。寝る暇あったらお酒飲む、みたいな。色々心配だし、家で飲む為に作ってたらこんな、居酒屋みたいなレパートリーに…」


本人はもっとお洒落なイタリアンとかを作りたいらしい。一応レシピ見たら作れるし、狗巻が来るならそっちで持て成そうとも考えたらしいが、等身大を見せることに決めた。しかしこれが功を奏したようで、狗巻はなまえの色々な料理を食べれて満足そうだ。今も玉蜀黍と枝豆のかき揚げに舌鼓を打つ。抹茶塩が甘さを引き立てる。本当、お店の味だ。


「今回なんと!デザートも作りましたっ」
「!しゃけっ」


大量の料理も2人で美味しく平らげた後、なまえはそう言って冷蔵庫へと向かう。持って来てくれたのはプリンだ。しかしその手には一つしかない。


「おかか?」
「私の分?やー、それがまた出来た途端、真希と野薔薇に取られちゃって。それで元気に任務行ったからいいんだけどね。大丈夫!味は2人の保証付だよ」


じっ、とプリンを見つめる。ココットに入れられたプリンはスプーンで掬ったまま狗巻の口元で止まっている。やっぱりなまえにも食べてもらいたい。そのままなまえに差し出すと、慌ててなまえは首を振った。


「いいよいいよ!私いつでも食べれるし、棘の為に作ったんだもん、食べて?」
「おかか。しゃーけ」
「じゃあ………一口だけ」


スプーンを迎えるように小さい口が開く。思いがけないあーん、に照れてしまってあまり味が分からない。自分で作ったからイマイチなのか、もう全然分かんない。


「うん………美味しい、と思う。多分」


もう一個スプーン必要だよね、と取りに立とうとするなまえの手を取って座らせる。スプーンならここにある、と掲げるとなまえは顔を赤くして俯いた。こうして一つ一つ反応してくれるのが、愛おしくてしょうがない。少し笑ってプリンを食べる。甘すぎない、少しほろ苦いカラメルが口に広がる。「……おいしい?」「しゃけ」そう答えると柔らかくゆっくりと口角の端を上げた。


「明太子っ」
「はい。お粗末様でした。すごいね、思った以上に食べてくれて嬉しい」
「しゃけ。ツナマヨ明太子」
「良かった、喜んでくれて。ふふふ、私も。味覚が一緒って嬉しいね」


ああ、もう…好き。シンプルにそう浮かぶ。笑った顔も優しい性格も、術師として強くあろうとする所も尊敬する。一晩かけても言い終わらないなまえの好きな所にまた一つ、料理が上手なところというのが加わる。きっと、まだまだ増えるだろうし知っていきたい。台所に立つ後ろ姿を見ながら、これがずっと続けばいいのにと、そう思った。


「わ、びっくりした」
「ツナ?」
「ん?まだだよ。もうちょっと」


お皿を洗うなまえを後ろからお腹に向かって手を回す。洗い物くらいやると言っても、お客さんだからと立たせて貰えなかった。それくらい、いいのに。ただなまえがずっと背を向けているのに、とうとう待ちきれなくなった。


「ツナツナ?」
「まだまだ」
「ツーナ?」
「ま〜だ」


そんなやり取りを2、3回繰り返す。そのうち肩に乗せた顔に意識がいってしまったのか、くすぐったいよと身を捩るなまえをさらに強く引き寄せる。徐々に色付く耳。そんな顔、自分以外には見せて欲しくないと少しでも思ってしまえば独占欲からか、その首元に顔を埋める。


「はい、……終わったよ?」


暫くして聞こえたその声にガバっと顔を上げる。我ながら現金だと思う。が、しょうがない。シンクに手を振って水の粒を払ったなまえの向きを変えて向かい合う。狗巻はなまえの左右に両手をついて、意図せず閉じ込める形を取る。なまえは狗巻を見上げた。手からは拭い切れてない雫が落ちる。


「手、………拭けないよ」
「…………っおかか」


なまえの垂れた両手を片手で纏めると、ぐっと引き寄せる。我慢の限界のように、だけどゆっくりとその唇を合わせた。熱くて、柔らかい。滴る水がもうどちらの手から伝わっているかは分からない。軽く、一瞬だけ。本当はもっとしたいけど、少しずつ。
ゆっくり離すと、瞬きをするなまえに悪戯っぽい笑みを向ける。


「明太子」
「お、お粗末様です…………」


目を開き次第に俯く。けれど包んでいた手はぎゅ、と握り直される。なまえの手が濡れていて良かった。緊張と熱で、手汗をかいてるなんてバレたくない。

今度はなまえを持て成してあげよう。いつも真面目で、頑張り過ぎてしまう彼女を思い切り甘やかしてあげよう。狗巻は、今まさに甘やかされていると思っているなまえの気持ちなど気付くことないまま後頭部を引き寄せた。


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お題箱より
"料理上手な夢主に胃袋を掴まれる話。甘々"
ありがとうございました!


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