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「ね、ほらみんな!早くしないと野薔薇帰って来ちゃうよ!」
「分ぁーてるよ!おいコラパンダ!また風船割ってんじゃねぇ!爪隠せ」
「おかかっ」
「違うっ、出ちゃうんだ!わざとじゃないっ」


そしてまた一個、破裂音が背後で聞こえるとともに真希の野次が飛ぶ。なまえはそれに苦笑いを残してオーブンを覗き込んだ。ちょうどケーキを作る為のスポンジを焼いているところ。うんうん、ちゃんと膨らんでる。いい感じ。


「みょうじ先輩!見て見て!」
「ん、出来た?…………おー!いいじゃん!」


ケーキ係はなまえと虎杖に任せられた。今はケーキに載せるチョコプレートを虎杖が作っているところ。なまえがその手元を見れば、トンカチと釘を模したデザインプレートに"ハピバ!釘崎"と書いてある。虎杖らしいその文面になまえもいいね、と親指を立てた。あとはそれを冷やして、スポンジが焼きあがったらデコレーションしてケーキは出来上がりだ。

そう、今日8月7日は釘崎野薔薇の誕生日。
朝から買い物に出掛けるという予定を入れていた釘崎に、荷物持ちとして駆り出されそうになる虎杖と伏黒をなんとか引き止め、今は一、二年総出でパーティーの準備をしているのだ。五条にも手助けを仰ぎ、何処からか持ってきたのは人一人は余裕に入れそうな大きい赤い箱。「サプライズといえば箱からドーンでしょ!」といつかの虎杖復帰ドッキリを彷彿とさせるワンパターンな提案だったが、持って来たのならしょうがない。それを軸に考えることにした。


「パンダ先輩、風船はいいんでこっち一緒にやって下さい」
「おーやるやる。恵は優しいなあ。誰かさんとは大違い」
「あ?なんか言ったかパンダ」
「何にも言ってないぞ」


スッと真希に背を向けると、パンダは伏黒と一緒にリボンや紙吹雪を作る為にハサミを握る。釘崎が帰ってくるまであと一時間少し。これならなんとか間に合いそう。


「ツナツナ」
「ん〜?なぁに」


風船膨らませ係の狗巻に声を掛けられ振り向くと、じゃーんと効果音が聞こえそうな感じで後ろから何かを見せてくる。その両手に抱えた物を見てなまえは笑った。


「えー!凄いっ、なにこれ?おにぎりの風船?」
「しゃけ!」
「え〜、かわいい!」


狗巻から受け取ったそれは、ちゃんと海苔も巻かれた三角のおにぎり。手のひらでポンポン弾ませる。浮かないということはこれは普通に空気を入れた風船なのだろう。奥では飛ばないように括り付けられた別のおにぎりの風船や、信号色の風船が並ぶ。というか、良くこんなデザインの風船見つけて来たな、とぎゅっとそれを抱くと狗巻も楽しそうに笑う。


「キャハハハハ!ねェ伏黒!コレ面白いッ!」


今この場にいる誰でもない甲高い機械のような声が響く。全員がその声に視線を向ければ、ヘリウムガスを片手に燥ぐ、声の正体である虎杖。……吸ったな?
呆れる伏黒を他所に、狗巻とパンダの盛り上がりにも拍車がかかる。先輩も先輩も!と虎杖がガスを渡せば2人も思い切りそれを口内に噴射させた。


「……………ツナマョッ」
「ギャハハハハハハ!!!」
「オレパンダ」


楽しそうで何よりだねぇ、と騒ぎの外でそれを見つめれば真希が隣にやってきて肩を竦める。「全くガキかよ」と漏らす声に笑って答える。


「楽しそうでいいじゃない。パーティーだもん」
「主役は野薔薇だけどな」
「そうなんだけどね」
「真希も、なまえもヤッテヤッテ!」


パンダが手招きする。やめて。パンダのビジュアルで、そんな声で呼ばないで。なまえが俯いて肩を震わし答えられない代わりに真希がいやいや、と首を振る。


「やんねぇよ。代わりに恵やるよ」
「え゛っ」


真希が伏黒の肩を掴んでパンダに向かって押し出した。売られた伏黒は「押さえろ押さえろっ」と虎杖達によって揉みくちゃにされている。可哀相に。そんな同情も、オーブンから鳴る仕上がりの音がなまえの意識をそっちに戻させた。扉を開ければふわっと甘い香り。微かに香るバニラに思わず口角が上がる。あとはクリームと苺と、虎杖のチョコプレートを飾るのみ。


「何かやるか」
「あ、ほんと?じゃあイチゴ洗ってもらおうかな」


背後では伏黒の思わぬ声に爆笑する男性…とは思わないキーの高い笑い声が幾つも重なる。シンクで洗う真希と並んでなまえもあはは、としゃぼん玉のように軽く笑った。


「野薔薇、喜んでくれるかなぁ」
「まあ…喜ぶだろ。なまえのケーキが美味ければ」
「美味しいに決まってるじゃん」


ホイップしたクリームをスポンジに丁寧に化粧させる。贅沢に二段にしたスポンジ。絞り袋に入れて苺と交互に並べていく。ああ、我ながら美味しそうじゃないか。


「虎杖君ー、ケーキ出来たよ。チョコプレート飾ってー」
「ハーイ」
「その声もういいからっ」


最後の仕上げに真ん中に堂々と鎮座させる。一番目立つ場所に置けば、きっと釘崎もとても喜んでくれるんじゃないか。そう想像して、早く答え合せがしたくなった。


「で、誰が箱の中に入るんですか?」


ようやく元の声に戻った伏黒が五条の持ってきた箱の中を確認する。結構広いな。開けて出てきたら釘崎が喜ぶ人間…?と首をかしげる。


「そりゃあ……」
「「真希」」
「でしょ」「だろ」「しゃけ」


2年が声を合わせると指名された真希は目を開く。虎杖もうんうんと腕組みしながら頷く。満場一致だ。


「何で私なんだよ」
「え、だって野薔薇だよ?真希のプレゼントが一番喜ぶでしょ」
「はいはい!俺、みょうじ先輩も一緒なら絶対釘崎もっと喜ぶと思う!」
「え?ええ〜それはそれで嬉しい」
「じゃあ2人で入れば?」


真希と顔を見合う。入れるかな?とその懐を確認する。いや、ケーキも持つ訳でしょ?ギリギリ、いやちょっと厳しいかな、と目測を図る。蓋を持つ伏黒をちらっと見れば、「まあ先輩小さいし、いけるんじゃないですか」と割とどうでも良さげに答えた。


「おつかれサマンサー!……あれ、みんな準備まだしてるの?野薔薇もうすぐ来るよ?」


ガチャっとドアを開けて陽気に入ってきた五条はやって来て早々、そう言い放った。え、と全員が止まった後、慌てて最終準備に取り掛かる。風船の準備オッケー、クラッカーの用意オッケー。待ってとんがり帽子一つしかない。


「やばい釘崎が来る!!」
「真希、ケーキ!なまえも一緒に入れ!」
「え、ちょっと」
「すじこ」
「あ、花火ね」
「オイ、パンダ押すな!」
「先輩達、蓋閉めますよ」


ぎゅっと押し込められる。蓋の隙間から薄っすら光が漏れる。なんとか2人入れる空間の広さはあるみたいで、真希が落とさないように両手でケーキを持つ姿がなんだか可笑しい。


「笑うなよ」
「ごめんごめん」


口元で隠しながらも息が漏れる。外では釘崎が部屋に入ってきたようだ。何やら企んでいるだろう男性陣に、釘崎は一ミリも信用をしていない様子が聞いて取れる。今か今かと待つなまえが、ケーキの先端に気付くと息を呑んだ。


「………ハッ!」
「なんだよ」
「花火、付いてない!真希ライター!」
「ちょっと待て。確かポッケに……」


と身を捩る真希の制服のポケットを弄る。あった!と火を付けてしまった後、あれと思う。いいの、これもう付けていいの?煙くならないか。しかし時すでに遅し、次第に火花を散らし始める箱の中で器官に、目に、煙が吸い付いて来た。やばい。


「おいなまえ……っ」
「ごめん、付けて気付いた。マジごめん」


と息苦しさの中で、ドンドンと叩き早く開けるよう急かす。一方外では中から不可思議に音がする怪しい箱を開けるのに躊躇する釘崎に、早く早くっと急かす虎杖の声がする。


「もぉー、マジなんなのよ〜」


ようやく開かれる蓋に、徐々に広がる光。
真希と、にやっと笑い合って飛び出す準備をする。
強くて可愛い、自慢の後輩。さて、ケーキを持って出てきた私達を見て、貴女はどんな表情をしてくれるだろう。


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2021/8/7
Happy Birthday
Nobara Kugisaki !!





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