そうだ遊園地に行こう!


「なまえさん、これ何の写真ですかー?」
「これアレじゃね、春休みん時の」
「あ、そうそう。せっかくだから飾ってるの。憂太が撮ってくれたから写ってないけど」


部屋に遊びに来ていた釘崎が見つけたのは、キャビネットに飾ってあった一枚の写真。何処かの遊園地のようで乙骨以外の4人が楽しそうに写っている。真希も見ながら懐かしいなと呟く。実際そんな時は経っていないはずなのに。しかし釘崎はこの一枚の写真にツッコミたい思いでうずうずしていた。パンダが普通に遊園地に行けるのか、や何故か全員薄汚れていたりなど。好奇心のまま問えば、なまえと真希は顔を見合わせて笑う。そして、その時のことを話始めてくれた。


***


それはまだ乙骨が海外へ渡航する前の話。
どうやら春休みを利用してパンダがバイトするらしい。既に字面だけで面白いし、実際「そんなの絶対面白いじゃん」と同級生と笑った。普段パンダは夜蛾からの小遣い制らしいが、自分で使える分を増やしたかったとのこと。どうやって採用になったかと言えば、結局は夜蛾のツテらしいので小遣いと変わらないんじゃ?と思ったのは内緒だ。
内容は某遊園地で子ども達に風船を配るという、パンダ向きの仕事というのでその初日を迎えたある日、皆で見に(揶揄い)行こうとした訳だ。


「あれー?憂太達どこにいるんだろ?」


当日、なまえと真希は買い物してから行くよと、乙骨と狗巻とは現地集合にした。が、見当たらない。グループトークにはもう着いているとあったのだが。入り口付近の人溜まりを避けて探すが見つからず、電話をかけようとした時。


「なまえ、」
「ん、いた?」
「いた」


そう短く発した真希の指差す先には、壁に沿って出来た人の輪の中心に2人がいた。一瞬の疑問も、周りの声に耳を傾ければ所々でその理由が聞こえてくる。


「え、誰か声かけて来てよ」
「でも待ち合わせっぽくない?」
「かけるだけ、かけるだけ!」


これは…所謂逆ナンを狙う集まりでは?普段ずっと一緒にいるから気付かなかった。2人揃えばそれなりに(と言ったら失礼だけど)目立つくらい整った顔立ちなのだ。狗巻はマスクこそしているが、色素の薄い髪から覗く顔は美少年さを伺えるし、乙骨は最近急激に伸びた身長と細身のパンツが相まって男前さが増して見える、のだろう。周りの声など全く気付かない2人も、同じようにスマホを見ながらなまえと真希を待っているようだった。その様子を遠目で見て真希と言葉を失う。


「どうよコレ」
「なにこれめっちゃ面白い」
「だよな。私らこれからあの中心に行かなきゃなんねぇんだぞ」
「なにそれめっちゃ行きづらい」


ここであの2人を待たせてるのは私達、と優越感に浸れるほどハートは強くない。大丈夫かな途中で刺されたりしないかな、という心配に思わず自分で笑ってしまう。しかし、そんなことなど露知らない乙骨はついに私達を見付けてしまい、大きい声で名前を呼ぶ。


「あ、真希さーん!みょうじさーん!」


一斉に注がれる視線。お願いだからそんな大声で呼ばないで。なまえが思わず身を縮こませる横で、真希は気にもせず「応、」と片手を挙げて向かっていく。モーゼの海割りの如く左右に開く人の道。それを堂々と進んでいく真希。凄いな勇者かよ、と驚愕しつつ慌ててその後を追う。


「ごめんね、見つけづらかったかな」
「いや、超目立ってた」
「「?」」


真希の言葉に疑問を浮かべる狗巻と乙骨。なまえの背後では狙っていた女子達の落胆の声と、若干の罵声が聞こえる。怖い。しかしそれも真希が振り向き様に睨みを利かせれば、波打ち際のように人が引いた。怖い。


「…とりあえず、入るか」
「そうだね」
「しゃけ」


まるで何事もなかったように歩き始める皆の、やや後ろを着いて行く。それに気付いた狗巻は、然りげ無くなまえの隣へと移動した。ふ、と目を合わせて笑い合う。こうしていると、なんだかデートのようで少しくすぐったい。そんな想いを胸に、なまえ達はいよいよ園内へと足を踏み入れた。


敷地に入ってすぐ、パンダはメインマスコットかと疑うほど一番目立つ広場にいた。パンダをパンダとして知るなまえ達からすれば風船を束ねて、子ども達に配るその姿に笑ってしまうが、純粋な心を持つ少年少女達はとても喜んでそれを受け取っている。パンダも満更でないようだから余計に笑ってしまう。離れたところから写真を撮ってみる。カメラ越しに目が合った。


「よォ〜!なんだオマエら手伝いに来てくれたのか?」
「まさか」
「皆でパンダくんを、」
「揶揄いに来てやったんだよ」
「すじこ」
「酷いな」


色とりどりの風船を持つパンダは既に様になっているように見えた。パンダが歩けば子どももその後ろを着いてくる。「本物のパンダみたいー!」と足元で抱きつく子もいる。本物(?)のパンダだよ〜


「すごいねパンダくん」
「もう大人気じゃん」
「まぁこれがパンダの実力って訳よ」
「じゃ、まっ頑張れよ」


そうパンダに手を振って去ろうとするところを待て待て、と引き止められる。


「え、オマエら本当にただ遊びに来たのか?」
「それ以外何があんだよ」
「いくら」
「えっ?だって俺バイトしてんのに?横目に遊べんのか」
「遊べるよ」


何がそんなに疑問なのか分からないまま4人で顔を見合わせれば、パンダは信じられないと口を開ける。まぁ、普通は遊べないと思うけど、パンダだし。寧ろ通常時ならパンダ連れて遊園地とか行けないのだから、雰囲気だけでも5人でいられるならいいのでは。
そうしている内にまた新しい子ども達がパンダに群がってくるのを空けながら、なまえと狗巻は手のひらを向け、乙骨はガンバレ!と拳を作りながらパンダにエールを送った。


「じゃあー!何から乗ろっか!」
「そりゃあまずーーーーーーーーー」


…………………。
そして今、目の前にはベンチで項垂れる乙骨がいる。隣に腰掛けた狗巻がその背中をさする。


「チッ、だらしねぇ」
「いや真希、さすがにハードだったよ。憂太大丈夫?お茶飲む?」
「あ、ありがとうみょうじさん……狗巻君も…」
「しゃけ」


水筒のコップを渡しながらなまえも逆側に座った。
絶叫好きの真希が選んだのは、コースター系2種に始まり、ウォータースライダー、フォール系、そして極め付けにパイレーツに乗ったことで乙骨は完全にダウンした。なまえも絶叫は大好きだが、ここまで立て続けに乗るともう最後は笑うしかなく、落ちる度に聞こえる悲鳴ではない高笑いが逆に怖い、と乙骨は思っていた。


「ふぅ…。ありがとうちょっと落ち着いた…」
「情けねぇなぁ。特級様がよぉ」
「おかか」
「あ?何だよ棘、情けねぇのは本当だろ」
「もう真希!煽らないの。せっかくだからもう少しゆっくりしたの乗ろうよ」
「じゃあなまえは何乗りたいんだよ」
「え〜?」


周りを見回す。ゴーカート…は真希を乗せたらスピード違反で捕まりそうだ。動物のふれあい広場なるエリアもある。でも、そこで遊んでいる所をパンダに見られると、パンダ…嫉妬するしなぁ。と何かと同級生が思い浮かぶなまえにある一つのアトラクションが目に止まる。


「あっ!あれ乗りたい!」
「…………お前、ガキかよ…」
「えー!何でよ、いいじゃん!」


そう、なまえが指差したのはメリーゴーランドだった。身長110センチから察するに対象年齢は5〜6歳くらいだろうか。列に並ぶのはちょうど対象である小学生が両親と一緒に並んでいる。確かにその列に高校生が4人で並ぶことに、真希が躊躇するのも若干分かる。


「ここのメリーゴーランド、現存する遊戯機械としては日本最古、世界的に見ても最古級のメリーゴーランドなんだよ!絶対、乗って損ないって!」
「なんでそんな詳しいんだよ」
「パンフレットに書いてあった」
「しゃけ。いくら明太子!」
「え、棘乗ってくれる?やったー!」
「僕も行こうかなぁ、楽しそう!」


あとは真希だけだよ、と期待を込めた眼差しを向ければ真希は呆れたように頭を下げた。が、真希がこういう仕草をする時は何だかんだで付き合ってくれる証拠だ。現に顔を上げて、しょうがねぇなぁと言う真希に嬉しそうな顔を向けた。
引き摺るように腕を引っ張って目の前まで来ると、思った以上に迫力がある。細かな装飾に一体一体異なる馬の表情、中には何故か馬に混じって豚もいる。面白がってそれに跨る子、馬車に乗り込む家族、どれも見てるとほっこりする。私達はというと、背が高い馬は子どもには難しいので積極的にそれを選ぶことにした。


「すげぇレトロだな」
「だって100年物らしいよ」
「へえー。………なまえ大丈夫か?届くか?」
「届くよ!」


と既に上から茶化すように見下ろす真希。さすがに届くに決まってるじゃん、とポールに捕まろうとする背後で苦戦している乙骨を見て吹き出した。


「ちょっと、お宅のお連れさん乗れてないですけど」
「あ?……何やってんだよ憂太」
「や、なんか滑って上手く掴めなくて…」
「チッ、しょうがねぇなぁ、ホラ捕まれよ」


そう、憂太に向かって真希が手を差し出す。白馬に跨りながら差し伸べるその姿は差し詰め、


「やだ真希……王子様みたい…」
「ちょっとドキドキするね…」
「ツナマヨ…」
「何言ってんだよてめぇら」


早く乗れ、と急かされてハイハイ、となまえも乗ろうとする視界の右側から伸ばされた手。見上げると二人乗り用の馬に既に跨る狗巻の、得意げな顔。悪ノリしようとしてる顔だな、となまえも堪えて笑う。


「やだ棘、王子様みたい…」
「すじこ?」


顔の前で手を組みながら恍惚とした顔をしてノッてあげる。しかしそれも「いいから早く乗れよバカップル」と揶揄する真希の一声で茶番はあっさり幕を閉じた。なまえは差し出された手に自分のを重ねると、いとも簡単にひょいと持ち上げられて後ろに座った。ちょうど開始のアナウンスが流れ始める。

上下運動はないらしい。しかし内外で回る速さが異なるらしく、外側の子ども達を次々に追い越していく。その楽しげな笑い声に混じって、なまえの少し高めの声が響く。何処か幼げで、楽しそうな声を背中で受けながら狗巻も思わず釣られて笑った。


「なまえさぁ、恥ずかしいからあんまりはしゃぐなよ」
「どうして?楽しまないと損だよ!」
「しゃけしゃけ!すじこ!」
「ねー?」
「違ぇよ。お前のテンションの高さ5歳児と一緒だぞ」
「5歳児は言い過ぎじゃない?せめて小学生にして」
「変わんねぇだろ」
「…………楽しそうでいいな、お前ら」
「っうわぁ!ビックリした!」
「パンダくん!」


メリーゴーランドから降りて、真希と言い合っている途中。急にかけられた声と、巨体に身を震わせる。よっ、と片手を上げて背後に立っているパンダがいた。その手にもう風船は持っていなかったが、やはり何処にいても目立つようですれ違う度に「あ、パンダだー」と子どもが指差しながら通り過ぎて行く。


「パンダ、バイトは?」
「今は休憩中。いいよなぁ、遊べて。なまえの声なんてすげぇ響いてたぞ」
「えー嘘。それは恥ずかしい…」


ほらな、と言わんばかりの真希の横目になまえは目を逸らす。その様子を見て狗巻と乙骨も頷くように肯定して笑った。


「いくら、明太子」
「あぁ、休憩は一時間くらいだな」
「じゃあパンダくんも一緒にまわろうよ!」
「え、いいのか?」
「パンダいると目立つんだよなぁ」
「高菜」
「まあでも、一つくらいは一緒に行けるんじゃない?」


そう行った時、パンダが何やら企むような顔をしたのを目の奥で感じた。何か策があるのだろうか。しかし、パンダが遊べる…絶叫系はバー降りないだろうし、濡れるのもアウト。真希もそれに気付いたようですかさず「何だよ」と問い詰める。


「いやあ、実はお前らと一緒に行って欲しいところがあるんだよ」


.


「…………お化け屋敷?」


のしのし歩くパンダ。慣れたハリウッドスターのように手を振りながら歩く後ろを着いた先は、お化け屋敷だった。その目的地の全容が見えた時、振り返って4人を見回したパンダは小声でそっと、「ここ………出るんだよ」と呟いた。


「出る?呪霊か?」
「いや、"ホンモノ"のお化け。と言うが、分からんから調べて来いってまさみちに言われた」


?あれ、と顔を見合わせる。これは、嵌められたのでは、と全員が気付いた。パンダをバイトさせる、それを面白がって見に行く。全部仕組まれたことだった。結局は任務かい!と何人かの吐く息が混じった。


「んだよ、結局そういう話かよ!」
「おかか!」
「まあそう言うなよ、放っておく訳にも行かないだろ」
「それはそうだよね」


諦めて向かおうとする切り替えの早い4人を眺めながら、なまえの足は動かない。先に気付いた真希が振り返りながらどうした?と聞けば、なまえはふるふると顔を振った。


「いや、……お化けは………無理だよ……」


沈黙の後に聞こえた小さい声に、目を開ける。次第に笑い始める同級生にむっ、とした顔をしたなまえに向かって真希は詰め寄るように両肩を掴んだ。


「待、て。なまえ、もしかして……怖いのか?」
「いやいや、だってお化けは違うじゃん」
「何が。呪術師が何、言っ、てんだよっ!」
「めっちゃ笑ってるな!」


肩を震わす真希の背後で、他の3人も笑ってはいけない、と思いながらも隠しきれてない。その様を見てもう一度「めっっちゃ笑ってる!!」と叫ぶから耐えられなかった。普段はあんなに勇ましく呪霊を祓っているというのに、まさかお化けが怖いなんて。「知ってたか?」とパンダが笑いながら狗巻に聞くも「おかかっ、おかか」としか言えない。


「変わんねぇじゃん。呪霊も幽霊も」
「変わるよ!お化けは非科学的でしょ」
「何だよ非科学的って。そんなの呪霊もだろ」
「違うってば!呪霊は…視えるじゃん、祓い方分かるじゃん!でもお化けはこう………無理」
「ウケる」
「ウケない」


押し問答が続く。呪霊と幽霊なんて似て非なるものと言えばそうなのかも知れないが、なまえとしては人間の感情から生まれた呪霊と異なり、幽霊は死んだ人間其の物という概念の話だ。霊感がある、と呪霊が視えるというのは別の話でしょ、という話なのだ。


「じゃあ……まぁいいや。なまえはここで待ってろよ」
「え」
「確かに呪霊だとしても4人で事足りるしな」
「すぐ戻ってくるよ」
「しゃけしゃけ、明太子」
「待っ、待って待って!一人で待つのは嫌だよ!分かったよ、行くから!」


完全に置いてけぼりを食らいそうになって慌てて弁解する。もう入口に半歩踏み込んでいる同級生を追って、なまえも腹を括ったようだ。分かってる、多分呪霊案件なのだ。でなければパンダを向かわせる訳がない。お化け屋敷に"ホンモノ"なんてそれだけで客引きには有効そうだが、呪霊だった場合、人間に危害を加えるかも分からないのだ。
雰囲気を作り出したスタッフに見送られ、いざ屋敷内に入ると通常より低い温度設定にされているようだ。肌寒いというか、寒い。そして暗い。何も見えない。お香か、線香のような匂いが漂っている。


「呪霊の気配は、ないな」
「すじこ」
「ねぇー…暗いよ〜。皆いる?置いてってない?」
「みょうじさん大丈夫、みんないるから」


乙骨のような影が振り返りながら答える。シルエットしか見えない。その前に大きい影があるからおそらく先頭はパンダだろう。なまえは隣にいるであろう真希に喋りかける。


「真希ー、お願い。手繋いで」
「はぁ?嫌だよ、お前、そんなん棘に言えよ」
「えぇ、そんなの別の意味でドキドキしちゃう」
「おかか…」
「てめぇ」
「それに真希なら恐ろしくてお化けも寄って来なそう」
「ぶっ飛ばすぞ」
「いいよ、その調子」


そう言って垂れた右手をぐっと握った。こうしてれば離れない、はず。
お化け屋敷のコンセプトは良くありそうな、古寺や墓場などのスポットを周るもののようだ。井戸から這い出る女、墓から漂う火の玉、障子を突き破る落ち武者…スタッフの変装も一部あるようだけど、ほとんどは機械ぽかった。なまえは意外にもキャーキャー騒ぐでもなく、見る度に「これは人間、これは機械、これも機械…」と分析を始めるものだから逆に詰まらない客と化していた。真希は袖を掴みながら手を握るなまえを見下ろす。


「お前、それ面白い?」
「面白いつまらないとかじゃないの。お化けじゃないことが肝心なの」


良く分からない理屈を述べるなまえだったが、そのずっと前方に光が見える。出口のようだ。なまえがほっと胸を撫で下ろすのが分かった。しかし、結局何も起こらなかった、がこれでいいのか?


「あれ、終わりっぽいね」
「…………おい憂太、何手握ってんだよ」
「え?……あれぇ?!」


漏れた光で改めて繋いでいた相手が浮かび上がると、まさかの真希が手を繋いでいると思っていた人物は乙骨だった。ずっと、か?最初は確かになまえだったはず。乙骨も訳が分からないという反応をしながら、慌ててごめん!と手を離した。じゃあ、なまえは?


「……えっ!?あれっ?棘?」
「しゃけ、すじこっ」


すぐ真後ろでなまえも驚いている顔が目に入った。同じく真希だと思っていた姿が目の前にいて、隣にいたのが狗巻だったのだからそれはそうだろう。真希と狗巻を交互に見比べ、そして自分が今しがみ付いているのが狗巻だったことに驚きを隠せないようだった。こちらも慌てて離そうとしたが、狗巻は満更でもなさそうにその手を握り直す。他所でやれ。
一連を不思議に思いながらも、他には特に異常はなさそうだった。真希は不服そうに肩を鳴らし、出るか、と出口へと向かう足を背後から呼び止める声がする。パンダだ。そういえばパンダは先頭にいたはずだったが、いつの間にか最後尾にいる。


「待ってくれ……。お前らが全員、俺の目の前にいるってことは………

今、俺の左手を掴んでいるのは、誰なんだ」


サーっと冷め行く音がした。パンダの左側は暗闇に呑まれ、その姿を目視出来ない。しかし恐怖に引いた顔がそれを物語っていた。なまえはさすがに耐えられなくなって、がばっと狗巻に抱きつく。


「何?なになになに?!!怖い!!」
「落ち着けなまえ」
「やめてくれ!!今一番俺が怖い!!」
「やだー!!怖い!出る!もう出たいっ!!」
「置いてかないでっ」


出口目前でカオスだ。しかし、ぎゅっと自分の胸に埋めて震えるなまえに、一瞬、変な感情が湧かない…訳でもない。本人は必死なのだから、と邪な思いを狗巻も必死に追いやって、右手でその頭を優しく撫でた。目が合ったパンダに、思わず左手でグッと親指を立てて見せる。


「でかした、じゃないぞ棘!裏切り者!」
「明太子……っ!」
「喜びが抑えきれてない!」
「五月蝿え。パンダ今どうなってる」


唯一冷静な真希がパンダに近付く。乙骨も若干恐怖に喉を引攣らせながらも真希に続いた。白黒の配色が青ざめて見えるパンダは何とか自身の状況を伝える。


「いや、なんか凄い掴まれてる。最初なまえだと思ってたんだが」
「なんで」
「手、冷たいんだよ…。ホラなまえ、冷え性だって言ってただろ?」
「冷え性そんなんじゃないから!第一パンダの手だったら気付くから!」


狗巻の方から篭った声が聞こえる。そんなにツッコミ出来るなら元気だろ、と真希は思うも、本人は「冷たいとかやっぱりお化けだよ、いたんだよ…」とブツブツ呟いている。皺が付くくらい掴まれるTシャツに狗巻も身動きが取れず、パンダの方は真希と乙骨に任せることにした。

眼光鋭く向かってくる真希にパンダは萎縮する。何をされるのか、しようとしているのか見当がつかないからだ。ある意味そっちも怖かった。


「ま、待て真希!何するつもりなんだ!?」
「切る」
「怖っ、え呪具持って来てんのか」
「持ってねぇ。憂太は」
「ないよ」


じゃあしょうがねぇな、と真希は4本の指を揃えてパンダの見えない左手に向かって振り上げる。


「しゅ、手刀?!真希!俺の腕はどうなる!?」
「知らねぇ。切れたら縫ってもらえ」
「そんなっ!」
「大丈夫パンダくん、一応幽霊(?)の方狙うから」


動かないように乙骨は見えているパンダの左腕を掴む。怖い。特級に掴まれては身動きも取れない。パンダは覚悟した。
一瞬の静寂と、風を切る音とともに真希の手は振り下ろされた。ブチブチと何かが引き千切れる。その瞬間、ドスの効いたここにいる5人の誰でもない悲鳴のような声が響く。真希は口角を上げた。


「ようやくお出ましか」


そう、やはり呪霊の仕業だった。呪骸であるパンダの近くに身を寄せることで自身の呪力を誤魔化していたのだ。離れた今、奴の残穢がはっきりと分かる。


『イいイッ一緒ニいいイ行コうウゥぅ????』


長く白い手が伸びる。真希と乙骨はともに走り出すが、相手の動きが素早い。躱しながら懐に入って一撃を喰らわそうとした。が。


「!?!」
「狗巻君!!」


お互いが眼を見張る。呪霊のいたはずの目の前には狗巻の姿。あの時気付けば良かった。コイツは位置を変更出来るようだ。という事は、今呪霊がいる場所はーーー


「ーーーーなまえ!!!」


同時に振り返る。元々狗巻がいた場所、つまりなまえの目の前には呪霊の姿。何が起こったかなまえ自身も思考が止まった。ニヤァァと左右に裂けた口が厭らしそうに笑う。楽しいか、本来なら自分を怖がって身を隠していた相手が傍にいるのだから。そう思ってなまえに的を絞ったのだろうが、それは詰めが甘かった。
捕まえようとする手を擦り抜け、上空へと飛んだなまえの踵が脳天を直撃する。何が起こったか分からないまま、二打撃目が側面にまともに受け、セットを壊しながら壁際まで吹っ飛んだ。


「復活か?」
「うん、呪霊なら怖くない」


普通こっちのが怖いだろ、という常人の考えは通用しない。トドメと行くか、と戦闘態勢に各々入る中で、パンダだけが何かを気にするようにあわあわしている。
呪具を持ち合わせてない今、祓える術を持ち合わせているのは狗巻だけとなるだろう。それを状況から本人も察したようで、既にマスクをずらし呪言を放つ動作へと入る。


「ーーーぶっ と、「ばしちゃダメだーー!」」


ふぐっ、と狗巻の口を押さえたのはパンダだった。言いかけて呪言を思わず呑み込んで軽く咳き込む。パンダの思わぬ行動に、全員の視線がパンダに注がれる。


「何してんだよパンダ!」
「いやいや、お前らこそ何ここ壊そうとしてるんだよ!」
「しょうがねぇだろ、呪霊いんだぞ」
「ダメだろ!弁償させられるぞ!」
「そんなの高専に持ってもらえよ」
「俺は!バイトで来てんだよ!まさみち持ってくれねぇぞ!」


ちょっとちょっと、そんな言い合いしてる間に呪霊も復活しちゃったよ。パンダとなまえが入れ替わり、真希と乙骨が入れ替わり、この面倒くさい能力をなんとかしなければ厄介だな、と思う矢先に狗巻の「動くな」が響き渡る。


「じゃあもう憂太、やっちゃって!」
「えっ?僕?」
「私の体術じゃ祓いきれないもん。憂太ならイケる!」
「ツナツナ、明太子!」
「頼む憂太!」


皆の声に押され前に躍り出た憂太は拳を作り、呪力を溜める。物凄い量だ、少し前まで四級にされてしまったが、流石は特級。なまえとは比べ物にならない呪力量が乙骨の体内を駆け巡っている。おそらく、祓うのなんて一瞬だ、と思ったなまえは読みが足らなかったようだ。
乙骨の振り上げた拳は、たかが二級呪霊が受けるには器として小さ過ぎた。激しく膨張した呪霊はその呪力を受け切れず、弾ける風船のように天井を突き破って飛んで行った。断末魔など上げることも出来ず。なんとも憐れな最後となった。
降り注ぐコンクリートの粉塵に、パラパラ落ちる砕片が半身に当たる。落ち着くまで顔を背けたが、終わって見上げた空いた穴からは似付かぬ青空が広がる。まるで光芒のように差す光が何処か神々しい。


「特級よ…………」
「ごめん…………」


その瞬間、堰き止めたように笑い声が溢れた。落胆するパンダに、派手に祓ってくれた乙骨にバシバシ肩を叩く真希。皆せっかくの私服が白くなってしまったのに、とても満足で楽しそうだった。隣で頭に被った塵を軽く払ってくれる狗巻を見上げて、なまえも笑みを浮かべた。お互いにぱたぱたと篩い合う。


「じゃあ、出ますか!」


激しく肩を落とすパンダを連れて、とても長く、そして日本一リアリティに富んだお化け屋敷をようやく抜け出した。


***


「で、どうなったんですか?」


興味津々で聞いていた釘崎も、身を乗り出すように最後の結末を催促する。後日談として、なまえは真希を見ると真希は溜息交じりに答えた。


「結局、全員でタダ働きだよ」
「マジすかぁー!」
「まぁ、壊しちゃったしね…。パンダも一日でクビになっちゃうし、弁償する他ないからしょうがなかったよね…」


と思い出しては2人で遠い目をした。


「今度、私達も遊びに行きましょうよー!」
「そうだな」
「行こ行こ。今度は、呪霊がいないとこでね」


そう言い終わるとオーブンの焼き上がった音がする。「クッキー焼けたよ〜」とバターの広がる匂いを持って行けば、釘崎が「やったー!」と両手を挙げた。


ーーーーーーーーーーーーーーー
お題箱より
"2年ズでほのぼのお笑い系の日常"
ありがとうございました!





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