冬隣


先週までは季節外れの夏日とまで言われていたのに、ここ数日で急に冷え込みが深くなった。衣替えも済んでいないまま、着る服の選択がいまいち定まらない。まさに今、昼間の暖かさに騙されて間違った選択をしたな、と後悔をしているところだ。
しかも時刻は子の上刻。月の明るい晩だった。雲の狭間から見え隠れする月光が、まるで昼間の太陽のように明るく、しかし静かに照らしていた。


「高菜っ!」


その静寂を切り裂く今や聞き慣れたおにぎりの具になまえはその声に顔を向けた。寒さを忘れて笑みを作ってしまうのも自然なことだ。


「おつかれさま、棘」
「ツナマヨ…。いくらこんぶ?」
「全然!待ってないよ。月見てたんだ」


狗巻はなまえの隣に腰をかけて空を仰ぎ見る。切間から覗かせた月が高い場所で冴えた光を放っていた。
業界用語で言う"てっぺん"を超えると、日は23日を迎える。この瞬間を、一番最初に一番側で「おめでとう」と言いたいが為になまえは狗巻を呼び出したのだ。しかし、と隣を盗み見る。

空を仰ぐ狗巻の口元は、見慣れないマフラーにすっぽりと隠されている。そしてなまえは狗巻とは反対側に、自分の隣に置いていた紙袋の中身を思い出す。
随分前から狗巻にはマフラーをあげよう、と決めていた。狗巻は結構な寒がりで、自分の身体の1.5倍はあるんじゃないかというくらい着込む。短く巻いた首周りにもっと量があればあったかいんだろうな、と漠然に思ってから一年。
怠そうに欠伸を放つ真希を引っ張って、そのプレゼントを買いに行ったのが先週末のこと。これにしようと決めてから30分、緑が茶色か気を衒って薄紫か。色で悩みに悩んで、真希に急き立てられて決めた、狗巻の色素の薄い髪の毛と瞳の色に合いそうなコルク色のマフラー。丁寧に贈り物用に包装されたそれが今はなんだか物悲しく見えた。


「すじこ」
「ん?ううん、なんでもない。……棘のそれ、いいマフラーだね。初めて見る」
「おかかぁ。明太子いくら」
「え、福引?すごいね、当たったんだ」
「しゃけしゃけ。高菜〜」
「うん、でも似合ってるよ」


くいっ、と口元に寄せるそれはとても暖かそう。まさか、そんな偶然ある?しかも色味も似ているもの。さすがにプレゼントは被りは頂けない。誕生日当日に渡せないのは残念だけど、また真希を引っ張って策を練ろう。
そう考えていたら、時間は刻一刻と23日に向かっている。


「私ね、いつか棘の家族に会えたら言いたいことがあるんだ」
「ツナ…」
「うーん…。こんなこと…言うのもあれなんだけどね、」


なまえの声はまるで月の光のように穏やかで、心地よかった。いつもこちらを気遣うように、丁寧に紡ぐように発する言葉はなまえの優しさを体現させているようだ。次に言う言葉をじっと待つ。


「私たちは…まあ、普通の学生とは言えないじゃない?呪術師としてここにいて、小さい頃から呪いが近くにあって。でもね、」


口を開く度に小さく息が漏れる。マフラーを巻いている狗巻とは違って、首元が開けたトップスを着てるなまえはなんだか寒そうだ。


「私も術師の家系に生まれて、ここに来て。先生やパンダ、真希に憂太、みんなに会えて良かったって思ってる。
………棘に会えて本当に良かった。棘が、家系のせいでどんな苦労をしてきたか分からないのに、こんなこと。
それでも、私は、棘が狗巻家に生まれてきてくれてありがとう、って……そう、言いたい」


目を細めて小さく俯く。照れたように笑う顔を上げたと思ったら、


「誕生日おめでとう、棘。私と出会ってくれて、好きになってくれて……ありがとう」


そう真っ直ぐ見て、言ってくれた。
周りの空気が急に熱くなる。なまえは自分のことに関しては表情を変えることはないのに、こっちが攻めればすぐ顔を紅く染める所が凄く可愛い。だから、そっちが照れそうなことを照れずに真っ直ぐ言ってしまうのはずるいと思う。
" 誕生日おめでとう "
" 生まれてきてくれてありがとう "
少しずつ、暖かい陽だまりのように心に沁みを作っていく。気付けばその肩を抱いて、腕の中に閉じ込めていた。おにぎりの具じゃあ込めきれない想いを、なんとか伝わるように腕に力が入る。首元で、「ちょっと苦しい…」と笑う声。


「今日はまだ始まったばかりだよ。棘には、もっともっと幸せな誕生日を過ごしてもらうんだから!覚悟しといてよね?」
「しゃけ……」
「なぁに、その微妙な声」
「いくら明太子」
「それはまだ内緒っ」
「おかか」
「え〜言ったら楽しみなくなっちゃうよ?」


傾げた首も、すぐに笑ってゆっくりと立ち上がった。もう部屋に戻ろうかという合図のように。また数時間後には会えるのに、その間の別れがとても名残惜しい。
落とす視線に、なまえの右手に持たれた紙袋が目に入る。


「こんぶ?」
「え、あ。これ?これはー…なんでもない!」


そう言って身体の後ろに隠してしまったけど、もう中身は見えてしまっていた。包装されたそれは、まさにプレゼントのようで、今日ここに持ってきてくれたものなのだと少しは期待するだろう。しかしその予想に反して彼女はそれを持ち帰ろうとしている。気まずそうに顔を伏せて、しかもどこか寂しそうなその表情を覗き込むと、観念したように紙袋を差し出す。


「本当は、棘にプレゼント…だったんだけど…」
「しゃけ。いくら?」
「うん…。開けていいよ」


緑色のリボンシールに、落ち着いた色合いの包装紙を破かないように丁寧に解いていく。
真っ白な箱を開けると、折り畳まれたマフラーが綺麗に収まっていた。


「ごめんね…まさか被るなんて…」


どんどん尻すぼみになっていって、次第に蚊の鳴くような声になっていく。


「また別のプレゼント考えるから、もうちょっと待ってて」
「おかか!」
「え?」


狗巻は自分が今巻いていたマフラーを外していく。きょとんと目を丸くしたなまえに、なまえがくれたマフラーを手渡した。巻いて、と。


「え、でも…」
「おかか」
「ん、分かった。棘って意外に頑固だよね」


なまえは少し手を伸ばして狗巻の首に巻いていく。一重二重、と思惑通り狗巻の首元は寒さを凌ぐようにマフラーが幾重に重なった。
肌触りが良く、暖かい。色もきっと、色々考えて選んで、買ってくれたのだろう。そう考えるとどんどんと愛おしさが増してくる。


「うん、やっぱり凄い似合う!」
「ツナツナ」
「でもそっち、どうするの?」
「しゃけ」


空いてしまった今まで巻いていたマフラー。いくら景品とはいえ、お役御免では忍びない。狗巻はそれを、今度は同じようになまえの首に巻いていく。一瞬驚いたような顔をしたが、大人しくマフラーに口元を埋めた。


「あったかい。ふふ、棘の匂いがする」


くすぐったそうに笑う顔に最後の一巻きをする手が止まる。そういうところ……と頭を抱えそうになるのをぐっと堪えて、しかし欲望には勝てないまま。マフラーごと引き寄せて、上目遣いに見上げた顔に向かって、なるべくゆっくりと唇を重ねた。
もう既に心は幸せで一杯で、溢れて溢れて溢れ過ぎて、涙が出そうだった。


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2021/10/23
Happy Birthday
Toge Inumaki !!





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