ボーイズトーク


「「はあぁ〜〜〜」」


男子寮の一室。感嘆の声を上げたのは乙骨とパンダだ。事の成り行きを狗巻から聞き終えた後、思わず声が揃ってしまった。


「いや、まぁなまえらしいっちゃ、らしいよな」
「うん。…でも凄いよ。僕だったら浮かれちゃってそんなことまで考えられないなぁ」
「おかか…高菜…」
「まあまあ棘、そんなところも好きなんだろ」
「…………しゃけ」


二人がにやにやしている顔すら、どうでも良くなってしまった。みょうじなまえに好意を抱いている、それは紛れも無い事実だった。それが表立って言えないことは別として。
夜行バスの帰り、東京に着くまでの時間が幸せだった。なまえは気付いているだろうか、こんなにも好きになっていること。どれだけ狗巻のことを甘く誘っているかということ。幸せでありつつも、苦悶だった。


***


休憩の為、サービスエリアに降り立った。なまえは狗巻の右肩に頭を預け、すやすやと眠っている。狗巻は起こさないよう、座席シートの枕を立ち上がらせそっとなまえの頭を移して立ち上がった。

外に出ると、冷えた空気が身体を纏う。そうすると、なまえに対する熱が内側から溢れそうなのを、抑えてくれる気がした。潤んだ瞳も濡れた睫毛も、湿った頬もそのどれもが狗巻の理性を刺激した。水晶のように透き通る声で名前を呼ぶ、自分のことを好きだと、言ってくれる。本当は伝えたかった、なまえのことが、愛おしくてしょうがないと。しかし、その言葉は"呪い"になってしまう。なまえを一生縛ってしまうことになる。それだけは、死んでも嫌だった。

これから東京に戻ると同時に、二人の関係も同級生に戻る。只でさえこの想いを紡ぐことも出来ないのに、無力な自分に本当に嫌気が差した。五条のように力があれば、何も誰にも文句を言わせないくらいの、力があれば。そんな叶いもしない願望を白い息とともに吐き出した。
…強くなりたい。なまえが決意してくれたのと同じくらい、それ以上に。

そう狗巻も考えついたと同時に、休憩時間が終わりを告げた。バスに戻り、電球色がぼんやりと灯る通路を歩く。徐々に自分の席が近付くにつれ、なまえが起きているのが座席の隙間から見えてくる。何やら探し物をするようにごそごそ動いている。スマホでも落としたのだろうか。
人に阻まれながらもようやく席に辿り着く。
なまえはちょうど窓の外を見ていたところで、振り向いたその目と合っ…ているのだろうか。向きは合っているが、焦点が合っていないように黒目が揺れる。口を噤んで、なんだか泣きそうな顔に少し焦った。
手を引っぱられ、席に着かされた腕にしがみ付かれる。なまえの両腕に包み込まれるその温かさと、伝わる柔らかさに冷めたはずの熱が一気に燃え上がった。


「良かった…。どこか、いなくなっちゃったのかと……全部、夢だったんじゃないか…って………」


吐息に紛れたなまえの言葉は、しっかりと狗巻の耳に届いた。
ーーーー可愛い過ぎる。狗巻は天を仰いだ。


心配させてしまった申し訳よりも、その気持ちが先に出てしまった。
まさか探し物は自分のことだったのか?座席の下やリュックを開けてたのも。そんなところを一人の人間がいると思って探していたのか?寝惚けていただけなのだろうか。
しかし、彼女には目が覚めたら全てを失っていた過去がある。それを彷彿とさせるように少し震えるその身体に、急に罪悪感が出てきた。安心させるよう頭を撫でると、暫くして再び寝息が聞こえてくる。腕に、絡み付かれたまま。
…もう一度キスしたら、夢ではないと、分かってくれるだろうか。そんな邪な思いが過った。覗き込めば触れられるそれと、さすがに寝ている彼女に無理矢理、という状況を考えると理性が勝った。自分で自分を褒めてあげたい。

そう、戒めた矢先だった。くい、と袖を引かれ気付けば寝ているはずの彼女の顔が目の前にあった。閉じている目の二重幅まで、くっきり見える。その光景に、思わず呆気に取られた。触れるその時と同じ繊細さで離れた唇と、ゆっくり目が開く。なまえはいつものへらっとした笑いより、数倍目尻を下げてへにゃっと笑った。「おやすみ、」と寝言のように呟くと、太腿まで落ちたブランケットを肩まで引き上げ、本格的に寝に入った。


ーーーー寝れるか。

既に消灯され、バスの窓からは走馬灯のように街灯が流れる。乗客が眠りにつく中、ただ一人狗巻だけは二回目の天を仰いだ。


***



「い、狗巻くん…?大丈夫…?」


蹲る、というか殆ど土下座のような形で動かず、呪言も籠らないような唸り声を発する狗巻に乙骨は声を掛ける。その肩を隣でパンダの手が乗る。


「今はそっとしといてやれ、憂太。棘は今…理性と本能の狭間で戦っているんだ…」
「あ、そう、なの?パンダくんはどうしてそんなこと分かるの?」
「俺はまあ、人間のこと勉強してるからな」


微妙に納得出来るか出来ないかの答えを聞いた後だった。ゆらっと起き上がった狗巻の顔に、思わず乙骨とパンダは吹き出して笑う。


「狗巻くん…っ」
「棘、棘どうした。顔がスン、って。スンってしてるぞ。どうした、とうとう悟ったか。悟り開いちゃった系なのか!」
「しゃけ…」
「大丈夫だ。俺らは棘の味方だぞ、なっ憂太」
「う、うん。勿論!」
「ま、上手いこと二人きりになれるようにしてやるから。そんな、煩悩全部失くしましたみたいな顔するな」


大きく頷く乙骨と、パンダと二人の手が狗巻の肩に置かれる。なんとも情け無い光景に、それでも二人の気持ちには感謝しかない。狗巻が大きく息を吸い込んだのを察してか、吐く溜息は三人の空気が混ざった。奇しくも離れた女子寮の一室では真希が同じく溜息を吐いていて。まさか自分以外の四人が同じ時間、同じタイミングで溜息を吐かれていたことを、なまえは知る由も無い。




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