11.


「なんか…久しぶりだね」
「しゃけ」


やっと、狗巻に向き合う。3月はもうずっと高専に行っていなかった。下旬は春休みに入ってしまったから尚更だ。1ヶ月振りに会う狗巻に、なんだか違和感を覚えた。しかし、その答えはすぐ分かった。なまえは手を伸ばし、狗巻の耳を通り過ぎて髪の毛に触れる。


「髪、伸びたね。伸ばしてるの?」
「おかか。こんぶ」
「ううん、短いのも好きだったけど、こっちも似合って…」


言葉尻を止めたなまえに狗巻は首を傾げた。躊躇するように口を開く。


「ま、さか……私が、その…尿管結石とか言ったから髪型変える訳じゃない、よ、ね?」


狗巻は思わず笑って否定の言葉を口にした。流石にそこまで気にしてる訳じゃないが、まさか本当になまえがそう思っていたなら別だけど。


「そうだよね!あぁ良かった。私、そんなこと思ってないからね」
「しゃけしゃけ」


狗巻もなまえがしたのと同じように、髪を掬った。肩まであった髪は、鎖骨を少し通り過ぎるくらいまで伸びていた。


「いくら」
「あ、うん。私も伸びたかも。美容院とか行く時間、なくて。だからもう本当は…髪もキシキシで肌もボロボロで、生傷も絶えないこんな姿、見られたくなかったな〜」


そう自らを隠すように布団を顔まで持ち上げた。狗巻はそれを否定するように布団を引き下げると、楽しそうに笑うなまえの顔が覗かせる。


「………会いたかった」
「…しゃけ」
「私、強くなったよ。だから、もうちょっとだけ…待ってて」


右手でぐっ、と握った拳を優しく包まれる。そのまま引き寄せられると狗巻の腕の中に納まった。久々に触れる温もりに嬉しさを感じながら、でも申し訳ない、本当に申し訳ないのだけど。


「棘、ごめん。………………痛い」


腕の中で苦悶に息を漏らすなまえの声に、急いで身体を離す。見えている部分も去る事ながら、回された手の下に触れる度、烏から受けた傷から身体中に痛みが駆け巡る。
困ったように笑いながら、それでも手だけは離さずに開いた指を絡ませた。


「ごめんね、ちょっと内出血が…酷くて。それも、2、3日も寝てれば大丈夫だから」
「高菜、……おかか」
「本当に、大丈夫だよ。それより棘、」


申し訳なく伏せた目を上げた狗巻と視線がぶつかる。絡めた指に力を入れて、さらに強く握った。


「準一級、昇級おめでとう」


狗巻も強く握り返した。なまえの手は小さくて細くて、強く握り過ぎると指が折れてしまうのではないかと思う。それでも照れた顔が可愛くて、気持ちを手に込めた。


「本当は何かお祝いあげたかったんだけど。ほら、バレンタインとか、何かとスルーしちゃったから。棘、何か欲しいものあれば…」


なまえが言葉に詰まったのは、頬に触れた狗巻の手のせい。今、狗巻の左手はなまえの右手と指を絡ませ、右手でなまえの頬にかけて顔を包む。見せる素顔とそれは、暗黙の了解の合図のように近付く顔に、なまえは慌てて狗巻の胸を押し返す。


「だ、ダメだって!ここ、高専だよ?」


なまえの拒否に、軽く周りを見回す。家入はまだ戻ってきていない。ここには、自分達以外誰もいない。


「すじこ」
「っ誰もいないからいいんじゃなくて、…ダメなの」


再び拒否するなまえに、まさか自分とするのが嫌なのかという答えが残る。それはそれでショックなのだけど。


「高専の中で、許しちゃったら……期待、しちゃうから。二人きりになる度にしてくれるかも、って思っちゃいそうだから。……だから、ダメ」


なまえは今、自分がどんな顔をして、何を言っているのか分かっているのだろうか、と狗巻は思った。それで何もしない方が男が廃るとさえ思ったが、拒むことを肯定するよう固く瞑られた目になまえの想いを尊重した。せめてもの反抗にと、そのぎゅっと閉じた瞼にキスを落とす。
なまえは、今何をされたのか気付くも恥ずかしさからか、目も開けずに両手で顔を覆った。


「もう〜…!口じゃなきゃいいとは言ってないんだからね」
「高菜っ」
「………今まで誰にこんなことしてきたの」
「?……おかか。ツナマヨ」
「っ!じゃあどこでこんなこと覚えてくるのっ…!」


覆ったままの顔から所々赤くしてる肌が覗く。修行も終えてさらに呪力や感情の制御が可能となったなまえでも、未だに狗巻の言動一つに感情が止まらない。
こてん、と狗巻の胸に頭を押し付ける。


「……………好き、です」


観念したように呟くなまえの頭を、狗巻は満足そうに撫でて顔を寄せる。
高専内の医務室には、二人きり。誰もいない、誰も見ていないこの部屋を見ていたのは、窓の外にいる白い烏一羽のみ。開けた窓から吹く風は、甘くて苦い春の匂いがした。




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