10.


目が覚めて、視界に入ってきたのは真白い天井だった。自分が寝かされ、ここが医務室の天井だと分かるまで少し時間がかかった。


「あれ、……?」
「気付きましたか」
「…憂くん」


ベッドの傍ら、なんだか不機嫌そうな憂憂に目を向ける。いや、不機嫌なのは今に始まったことじゃない。修行が始まってからずっと、だ。まあ多分好かれていないのだろうとはなまえも薄々気付いていた。


「師匠は…?」
「先に帰りました。早く追いつきたいので、要件を手短に話しますよ。とりあえず今後のことですが、姉様への振込はこちらの口座にお願いします。あとなまえさんの口座も開設しました。NISA口座もあるのでお好きにどうぞ」


ポンポン置かれる通帳数冊をただ眺める。事の把握がまだ掴めていなかった。


「え、あの…何が、どうなって」
「……覚えてないんですか?」
「いや、加護の力を使って結界を出したこと、は覚えてて。で、どうなったんだっけ……」


はあ…と溜息を零した憂憂は、またちょっと不機嫌が増したように口を開いた。


「防ぎました。貴女の結界は姉様の"神風"を。なので、修行は終わりです。修行料の三千万はそちらに」
「あ、はい…」


防いだ、のか。あの、術式反転の壁は。あれは私の力だったのか、加護の力とは言えなんだか他人事のようだった。
自分の手のひらに視線を落とす先で憂憂の声が聞こえる。


「なまえさんの術式反転は、姉様の特級呪霊をも祓う"神風"を防ぎました。ただ、加護のアウトプットはそれと引き換えに、貴女を守る力を離したと思って下さい」


"この術式反転は彼女の加護の力だ。それを結界へ転換させたと言うことは、今この一瞬、彼女を守る力は無くなったと思っていい。命を守ってくれるものは何もないよ。一回使ってこの有様だと、防げて祓えたとしても中々使い処は難しいだろうね"


冥冥が気を失ったなまえに放った言葉をそのまま伝えた。アウトプットしたその力が自身に戻るまでの時間はまだ分からない。課題は「防ぐ」だった為クリアとなったが、それが実践だったとなればなまえに勝ち目はなかっただろう。


「元々、この力が無ければ私はもうとっくに死んでる。だから守られていない事に対しては、支障はないよ。でも、一回でこのザマじゃあ、もっと修行は必要だね」


姉が足りないと思っていることを、彼女は既に自覚をしていた。これからやるべきことも。術師としてのセンスと、投資に関する知識の勉強をも取り組むその真摯さ。今後、高専を内側から知る貴重な人材の一人として姉に選ばれたみょうじなまえを、弟である憂憂も認めざるを得なくなる。


「姉様から。"今度ともよろしく"とのことです。それじゃあ僕はこれで」
「あ、憂くん待って!」


早々と立ち去ろうとした憂憂を追いかけようと、ベッドから立ち上がろうと足を降ろした。が、全く力が入らず、膝から崩れ落ちる。ガシャと机が音を立てた。


「なまえさんは、今極度の脱力状態だそうです。戻るまでは無理しない方がいいですよ」
「すみません…」


と、立ち上がらせようと手伝ってくれる別の腕。憂憂よりも逞しいその腕の主を見上げて驚いた。


「え、棘?どうして…」
「しゃけ。…明太子」


持ち上げられるようにベッドに戻されると、狗巻は椅子に腰掛けた。どうしてここに?の疑問は残されたままだが、再度帰りそうになる憂憂を引き止める。


「なんですか」
「あの、ありがとう。色々。冥さんにも宜しくお伝え下さい」
「なまえさんは、これからですよ。姉様のビジネスパートナーとして頑張って下さい」
「うん。ありがとう」
「あ、あとそうだ」


憂憂が思い出したように振り向くと同時に、窓の外をコツコツと叩く音がする。そっちに目を向けると、一羽の白い烏が止まっている。憂憂が戻ってきて窓を開けると、部屋の中に入ってきた白い烏はなまえのベッドの上に止まった。


「その烏、なまえさんに預けるそうです」
「え?」
「姉様もある程度こっちの情報を仕入れたいみたいなので」


そっと顔に触れると、寄せるように手のひらに擦ってくる。可愛い。


「私が、飼っていいの?」
「飼っちゃダメです。鳥獣保護法があるので」
「あ、その辺はシビアなんだね…」
「基本野生ですが、姉様の呪力を帯びているので、なまえさんの合図で飛んでくると思います」
「名前とかも、付けちゃダメ?」
「まあ、その辺はご自由に」


じゃあ…と、隣にいる狗巻にも目を向ける。ベッドの上を細かく動く、透き通るような白い烏。


「……"ムク"。白くて純粋の無垢、それに椋は私にとってとても大事だから」


よろしくね、と撫でると満足そうにまた空へと羽ばたいていった。それを見届けてから、憂憂も今度こそ医務室を後にする。
今、この部屋の中にはなまえと狗巻だけになった。




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