09.


"なまえの反転術式は、加護の力のアウトプットだな"


初めて他者に対して反転術式を施したのは、中学に入る前だった。確か学校に現れた呪霊にやられた同級生を助けようと、無我夢中に呪力を込めて。迫ってくる呪霊にも目もくれず。それからは反転術式を学ぶ為、その他諸々の為、高専に入学する前の三年間は家入と寝食を共にしていた。
反転術式は、負の呪力同士を掛け合わせ生まれる正の呪力のこと。
加護の力はどうも正の呪力を秘めてるらしい。反転術式は、ただ一つのきっかけに過ぎない。なまえは家入からの抽象的な指導にも真摯に向き合い、なんとか物にしたと思っていた。しかし呪力量の少ないなまえから生まれる反転術式のアウトプットは微かな治療程度。あの時、初めて施した大きなそれは加護の力だったのかーーーー。


「目が覚めたかい」
「……え、私どのくらい気失ってました?」
「そんなに経ってないよ。1、2分かな」


烏を受け過ぎて意識が飛んだ。加護の力が無ければ、冥冥の神風を受けもう何度死んだことだろう。命を懸けていない、強制力を弱らせた烏の体当たりでさえ、守ることが出来ない。今のは、走馬灯だったのだろうか。


「どうする?続けるかい」
「はい。最後に"神風"、お願いします」


自死を強制させた、命懸けの突撃。その目は恐怖とも自尊とも言えない目をしていた。苦手だった。自ら命を差し出そうする、その目が。
なんて、烏滸がましかったのだろう。命を懸けた攻撃に対し、何も懸けずに防ごうとしていたなんて。
"命"に対し、もし等価交換するのならば、やはりそれは、"命"を差し出さなければ。


冥冥から放たれた"神風"は、真っ直ぐなまえに向かう。いつもなら結界で守りに守って、しかしそれを意図も簡単に崩されてきた。
最初はいつも通り呪力で固めた結界を発動させようとしたなまえは、ふ、とその呪力を解いた。丸腰の身に向かう烏。だが体に触れる直前、加護の力が働く。

ーー加護の力による、アウトプット

なまえはその力を、結界を張る呪力へと転換させた。まさに"命"を懸けた結界は、黒く光る呪力の壁と化す。今までに感じたことのない、呪力の感覚がした。
烏はその壁を突破出来ない。阻まれた烏は衝突した後、息の根を止めた。

" 術式反転 「玄」"
反転術式で生んだ正の力を、呪記の術式に流した結界。
千家に伝わる呪記による技の一種だった。

力が抜けたように前のめりに倒れたなまえを、冥冥が受け止める。


「なるほど。面白い子だね、みょうじなまえは。十億は残念だったけど」
「姉様」
「憂憂、荷物を持ってくれるかい。彼女を医務室まで運ぼう」
「はい」


冥冥はなまえを横に抱きかかえ、斧となまえの荷物を持つ憂憂はそれを恨みがましく隣を歩く。再び気を失ったなまえは目を瞑り、静かに呼吸しながら冥冥に運ばれて行く。


「誰もいないのかな?」


着いた医務室には生憎高専医である家入は不在のようだった。仕方がないので、空いているベッドになまえを横たえた。すぐには目を覚ましそうにない。


「じゃあ後のことは頼んだよ、憂憂」
「え、姉様は…」
「先行くよ」
「何か、声掛けたりしなくていいんですか?」
「いいよ。なまえにはこれからもインサイドに立って貰って、色々返して貰わないといけないしね」


そう笑って去る姉を見送る。
若くして一級術師となった姉を尊敬している。その敬愛する姉に、あの五条悟から教示して欲しい学生がいると聞いた時は、正直不審感しかなかった。しかも、後日挨拶に来たその学生はとてもじゃないが、強くなれそうな感じもなかった。どこの家だか、術式だか知らないが冥冥を金でその技術を買おうとしてる精神が気に食わなかった。すぐ、修行なぞ逃げ出すか、課題も未達で終えると思った。
しかし、最後までやり遂げた。最後には"神風"をも防ぐ課題も達成して。本当は悔しいだろうと思って見た冥冥の顔は、とても満足そうで株価が跳ね上がった時以外でもそんな顔をする姉の意外な一面を知った。
今でもそれを実行したのが、目の前で寝ている小柄な女子学生とは信じ難いが、冥冥に後を託された憂憂は割と大きめの溜息を吐いた。




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