ガールズトーク


「……………………で?」


真希の正面からの射るような視線に耐えられず、思わずなまえは顔ごと逸らした。その視線の先を覗き込むように真希の顔が動く。冷や汗とは、こういう時にかくのか、と身に染みて知った。
こんなことになってしまったのは、なまえと狗巻が千家の地から帰ってきた時に遡る。


***


高専に戻ってきた二人を出迎えた他の三人の会話に、なまえは卒なく答えていたつもり、だった。なまえが狗巻のことを名前で呼んでいることや、お揃いのキーホルダーまで付けていることに気付いたパンダは、面白そうに追求してくるその執拗な質問に正直うんざりしていた。


「だーかーら、何もないってば」
「何もない訳ないだろう。二人してパンダのキーホルダーまで付けて。なんだ?お前ら俺のこと大好きか」
「うん、好き好き」
「………じゃあ棘に聞くか。何かあっただろう」


なまえのあしらい方があまりにも雑過ぎて、パンダは諦めて追求の標的を狗巻に移した。そのパンダからの問いに狗巻は少し目線を上げた。なまえも狗巻をちらっと見る。大丈夫、これからも今まで通り。気持ちを表立って伝えるのは、まだ早い。そう二人で話していたから。
しかし、狗巻が目線を下ろしなまえを見たと思ったら、手を取って指を絡ませてきた。え、と気付いた時には目の前の三人に見せびらかすように、その手を上げていて。狗巻の指は絡ませたままピースの形を成している。したり顔の狗巻の横顔になまえは目を見開き、顔はみるみる赤くなる。正直、狗巻の行動云々よりも、なまえの顔を見た三人がその疑惑を確信に変えた。


「え、え?わぁ、おめでとう二人とも!」
「ちがっ、憂太、ちがう!誤解!」
「いやいや、なまえ…それはもう苦しいだろ」
「だって、ちょっ…え?……どうして、」
「まあまあ、じゃ、こっちはこっちで聞くから。真希は、そっちでよろしく」
「おう」
「や、待っ…、」


狗巻はパンダに連れていかれ、離されたなまえの手は、狗巻を掴もうとして虚しくも宙を舞った。振り返ってひらひらと手を振る狗巻に、振り返すのがやっとだった。去って行く後ろ姿をただ呆然と見つめるなまえの肩に、真希の手が回されその重さに思わずよろける。


「じゃ、話を聞かせてもらおうか?なまえちゃーん?」


***


その引き攣る顔を貼り付けたまま、こうして今でもなまえは真希から逃れ続けている。


「…お前ら、付き合い始めたのか」
「………付き合っては、……な、い」


そう逸らす顔に、ずいっ、と詰め寄る真希の顔に思わず後退りした。眼鏡の奥の鋭い切れ長の目がなまえを捉える。


「お前、私にも内緒にするわけ」
「違うよ、真希達にはちゃんと話そうと思ってた。それがっ、あんな、なんかっ見せびらかすみたいに……っ」


そうクッションに顔を埋めるなまえの顔が赤くなってるのが、隙間から見えた。こんなに分かりやすく表に出すなまえの顔は珍しく、凄ぇな、と真希は思った。たった二日でここまで変わって帰ってくるとは。


「でも、付き合ってないのは……本当」
「棘のこと、好きなんだろ」
「………はい」


今まで再三と問うてきたこの質問。ようやく認めるまでになった回答に、小さく息を吐いた。長かった。


「棘も、なまえのこと好きなんだろ」
「うん。……多分」
「多分」
「だって…呪言があるから好き、って言われたわけじゃ、ないし」
「じゃあなんで分かるんだよ。おにぎりの具だったら、知らねぇふりするって言ってたじゃねぇか」
「そ、れは」


そう言葉を詰まらせるなまえをじっ、と見つめる。まだ制御し切れないのだろう、赤くなったり正常に戻したり忙しないなまえの表情は、面白かった。再度詰め寄ると、小さく口が開く。


「キ………」
「き?」


なんの意味も持たないひらがな1文字。大分後になって、
「…………………ス、された」
と続けられた言葉の意味を、その2文字を一つの単語として理解するのに時間がかかった。思わずぽかん、と口を開け、顔の細部まで真っ赤にしたなまえに向けて感嘆の溜息を吐く。


「凄ぇな棘、意外に手出すの早ぇな」
「言い方っ!」


投げられたクッションに、首を傾け余裕に避ける。それを拾って真希は胡座をかいた自分の隙間に埋めた。


「じゃあ何で付き合わねぇの」
「いや、前から思ってたんだけど、なんでそんなにくっつけたいわけ」
「……お前らには、幸せになって貰いたいんだよ」
「えっ」
「……って憂太が言ってたな」
「憂太かーい」


それでも嬉しそうに笑うなまえの顔に、今度は真希が気恥ずかしさからかその顔を逸らした。


「なんで付き合わないか、なんて……」


それを機に話始めたなまえの言葉を、しっかりと聞いていた。家柄のこと、術師として生きていくこと、これから狗巻の隣に居続けられる為に、なまえが自分に課した決意のこと…。
一通り話終えたのだろう、黙って俯くなまえに、今度は呆れたように息を吐いた。


「お前、……馬鹿だなぁ」
「ひど」
「いや、違うな。もっと馬鹿になってもいいんじゃねぇの」


目を丸くして真希を見るなまえは、「いや〜…」と頬をかいて顔を逸らす。もう今日だけで何度逸らされたかなんて、数え切れなかった。ただ、真希も知っている。みょうじなまえとは、こういう奴なのだ。いくら自分の願望や欲望があったとしても、決して自分を一番には考えない。常に相手のことを想い、最善の道を選ぶのだ。それが例え、なまえ自身の願いが叶わなかったとしても。ただ、今回のこの狗巻との一件は、自分の願いと狗巻の立場を考えた上で出したなまえの答えなのだろう。真希は焦ったさを抑えてそう思うことにした。


「というか、それ棘は納得したのか」
「うん。まぁ、私が押し通した感じだけど」


あまり気にも止めていない口調のなまえに、真希は狗巻に対して同情の念を送った。いや、確かにこれは二人の問題なのだろうが、我慢することは狗巻の方が遥かに負担が大きいのでは、と側から見ても真希はそう感じていた。目の前にいるなまえは大きな問題と考えてなさそうなので、余計に、だ。


「なまえ……据え膳食わぬは男の恥って知ってるか」
「え?え〜いやだなぁ。それじゃあまるで私の方が誘惑してるみたいじゃん。そんなこと、」


ーーーない。と言おうとして、一瞬脳裏に過ぎる狗巻の顔。この距離、この角度。それはまるで口付けを交わす前のような、だけど覚えのない映像。思わず頭を抱えるが、思い出せない、覚えていない。


「?どうした」
「いや……なんか私の中に、明らかに存在する記憶なんだろうけど、覚えのない記憶が急に…」
「なんだよそれ、面白ぇな」
「全然!全然面白くないっ!真希、私、棘に何かやらかした、のかもしれない……」
「やらしい?」
「っ違う!」


なまえが狗巻に対して何をしてしまったか、真希は当然知る由も無いが、蹲り唸るなまえを見て相当しでかしてしまったのは見て取れた。何をしたんだか。

"据え膳食わぬは男の恥"
…女の方から言い寄ってくるのを受け入れないのは男の恥だということを意味する諺だ。

それでもこの先、なまえの為に色んなことを我慢せざるを得ない状況になってしまった狗巻に、真希は再び同情の溜息を吐いた。




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