04.


駆け巡る先の烏の群れの中にお目当てはいない。なまえは何度かの挑戦で、烏の中にもいくつか群れの種類があることに気付いた。ただ、"白い烏"はそのどれにも属さない。一匹狼ならぬ、一匹烏。色々な群れを転々として、守られながら身を隠す。結界で囲おうと思っても別の烏が邪魔をする。無理に捕まえようとすれば、烏を傷付けてしまいそうになる。結界で自分を守ろうとすることも然り。


「痛いっ!痛、痛った!待って待ってちょっと待って」


誰に向かって待ってと言っているのか。勿論烏に言っても聞いてはくれない。容赦なく襲ってくる。目も開けられないほどのその襲撃に、なまえは一旦退いた。タイムリミットである日没まで、あと30分といったとこだろう。その間にも烏の群れは移動をする。もう、形振り構っていられない。全ての呪力と、全ての力をぶつける。
普通に見付けて、普通に捕まえられるのであればそれで良かった。しかし、一筋縄ではいかない。だからなまえはただ烏を追い回していた訳ではなく、呪符によるマーキングをしていた。所狭しと烏がいる木に貼られた呪符は、なまえの合図とともに呪力が走った。

群れごとに囲われる無数の極大な結界。それに比例するほどの呪力放出。今までのなまえなら、到底出来なかった芸当だ。しかし、そうだとしてもそれも長くは続かないだろう。目的は、"白い烏"を炙り出すこと。
突如現れた結界に、数百羽の烏達の群れが一斉に猛り狂い始める。冥冥の呪力を帯びた烏は、なまえの結界をいつ破っても可笑しくはない。なまえは呪力の消費を防ぐ為、群れを確認しては結界を解きすぐに駆け出す。もう、足も呪力も限界だった。時間的にも本当に最後だ。


「………いた!」


群れの数もあと三つと残すところ、その姿を確認した。黒の群れの中に光る、一羽の烏。
烏はとても敏捷だ。一羽だけを囲むことは困難だと、この幾日で学んでいた。"一羽だけ"、狙おうとするから駄目なのだ。広い範囲から狭い範囲に、焦点を合わす。世界情勢を学ぶ中で、世界地図を眺めていた時に思ったのだ。狙いたい所に絞るなら、まずは広く物事は見た方が早い。
だから、今群れを囲んでいる結界から、"白い烏のみ"に範囲を狭める。狙いを定め縮まる結界からは、次々と黒い烏のみ弾き出される。
最後には、"白い烏一羽だけ"が、結界に取り残された。


「やっ、た………」


思わずその場に寝転んだ。ゆっくりと降りてきた結界内の白い烏は、嫌がるように暴れている。純粋な色をした羽が、剥がれていく。


「だめっ…、駄目だよ。暴れないで、傷付いちゃうから。お願い、大丈夫だから」


結界は、守ることに特化している為強度が高い。だけど、結界を解けば課題はクリアしたことにならない。だけれど、このままだと白い烏は死んでしまうかもしれない。逃すか、捕らえ続けるか、なまえは手を伸ばしてそれに触れる。
どちらも、諦めるなんて……出来ない。
最後の呪力を振り絞る。強度を弱められないか、そんなことやったことなどなかった。それでも、イメージして呪力を送る。柔らかく、柔らかく。やがて青白く光る結界はふよふよと波打ち始め、徐々に硬さが取れていく感触がした。


「第一の課題は合格だね」
「師匠……」


いつの間に来ていたのか、冥冥が近くに立っていた。仰向けに倒れているなまえを見下ろしながら薄く笑みを浮かべる。
初日に会った時、何て呼んだらいいかを尋ねた。なんでもいいよ、と言ってくれたから憂憂の呼び方に憧れて「姉様」と呼んでみたが、間髪入れずに憂憂からの拒否が入った。その時の、笑った綺麗な顔を思い出した。
ふぅ、と小さく吐いてゆっくり起き上がる。


「で、これは何かな」


そう言って白い烏が捕まっている結界に触れた。その指が沈むくらい、強度は弱くなっていた。当の烏はいつの間にか大人しくなり、様子を伺うよう首を傾げている。


「暴れちゃって…傷付けてしまいそうだったから。どうにかしないと、と思いまして」
「フーン…」


呪力を込めた指先でさらに押し込めば、風船が弾けるように結界が解けた。自由になった白い烏は、羽ばたかせながら冥の肩に止まった。


「第二の課題はこれだよ」
「え、どれ、ですか」
「結界の"質"を変えること。図らずも君が今やったことだけどね。でも、これじゃあダメだね。もう少し強度は欲しい。ところでなまえ、」
「はい」
「今日の日経平均はどうだったかな」
「……多分、続落じゃないですか。米国の煽りを受けて」
「フフ、いいね」


満足そうに怖いくらいの笑顔を浮かべて冥冥は去って行った。なまえは再び仰向けに倒れ込む。
そう言えば、今日は皆既月食らしい。しかも何かと何かが重なるスーパーなんちゃらムーンだと、今朝の新聞に載っていたのを薄っすらと思い出す。その記憶と同じくらい薄い夕月が寝転んだ先の空に浮かんでいた。




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