00.


「冥さん、受けてくれるって。修行」
「えっ?本当に?」


新年明けてすぐのこと。なまえは善を急げとばかりに、自らの強さを求めて五条の元へ訪れた。五条にお願いをしに来た訳ではない。なまえが術式強化の為自らの師に選ぼうとしたのは、一級術師である冥冥だった。ただ、彼女はフリーで活動している呪術師だ。なまえが気軽に接点を持てる相手ではない。だから、五条にパイプを繋いで貰おうとお願いをしていた。


「うん。まあ条件付きだけど」
「分かってる。いくらで引き受けてくれるんですか」
「十億」
「じゅっ……!?」


さすがに無理だ。となまえは考えるまでもなかった。一生かかっても払える額ではない。それこそ、一生、仕える覚悟がないと。そう、言葉を失くすなまえを見て、五条は笑いながら宥める。


「十億って言っても現金じゃない。なまえの家の特級呪具を担保にしてるだけだから」
「……特級、呪具?え、待って、それってまさか…"降龍"のこと言ってます?」
「あ、そうそう」


千家に伝わる特級呪具 "降龍"。約一千年前、御神木の椋の木から作ったと言われる大筆だ。この大筆を振り下ろして放たれる術式"呪記"の様子は、天から降りてきた龍の如く。しかし、それは10年前に焼失したはず。何もかも失った内の一つだと、なまえは思っていた。


「待って下さい。担保…?いや、それよりも残っていたんですか?」
「うん。残ってたというより、なまえが持ってたし」
「……??」
「なまえが、持ってたの。10年前、僕らが見付けたあの御神木の根元で。抱きかかえるように」


分かりやすく二回言った五条の言葉も、あまり耳には入っていなかった。残っていた、"降龍"が。歴代の千家当主の呪力が宿った呪具が。持って眠っていた?私が?重なる疑問と真実に、疑惑の眼差しを五条に向ける。


「あの、全部初耳なんですけど」
「だって言ってないもん」


全く悪びれる様子もない五条に、教師という尊厳が失われる音がした。
"信用も信頼もしているが、尊敬はしていない"
体術の師でもある七海の声がリフレインした。


「なまえ、今まで強くなりたいって本気で思ったことないでしょ」
「ありますよ、失礼な」
「それは、自らの身体能力に関してでしょ。術式に関しては諦めがあった。自分は他の呪術師を守れればいい、祓うのは別に自分じゃなくてもいい、って」


どうもこうも五条は図星めいた事を口にする。それもやはり、あの六眼によるものなのだろうか。サングラスをしているから、その奥に覗く瞳は今は見えないが。


「…だから、秘密にしてたんですか。私が、本気で強くなろうとしていなかったから」
「それもあるけど。千家の特級呪具なんて、下手な使い方されると困るし。なまえがどんな術師に成長するかも不確かだったから、悪用されると面倒でしょ」
「機は熟した、ってこと?」
「ある意味」


そうして五条は側に置いていた紙袋をなまえに手渡した。受け取ったその重さに、肩から持っていかれる。中身はどうやら本が沢山入っていた。背表紙には投資信託、株式、FX…。


「なにこれ」
「冥さんから。なまえの修行を受けるにあたっての条件がある。まず、修行期間は3ヶ月。なまえが2年に進級するまでの3月まで」
「うん」
「で、課題も一ヶ月ごと3つある。ただ、クリア出来なければその時点で修行は終了。十億の価値がある"降龍"は冥さんのものになる」


なるほど。だから担保という訳か。ということは、なまえが課題を全てこなせば千家の特級呪具は戻ってくる。別にそこまで拘りがある訳ではない。自分はもう千家の人間ではないのだから。だけど、唯一残された千家との繋がり。失くしたと思っていたものが、実はあったとなると感じ方も異なるということだ。


「で、この本の意味は」
「勿論、例えなまえが全部クリアしたとしても冥さんがタダでやってくれる訳ないでしょ、1ヶ月一千万の修行料だよ」


ということは、だ。3ヶ月で三千万。安いとは言い難い。守銭奴とは聞いていたが、まさか高専生にそこまで吹っかけてくるとは思わなかった。と思いつつも、最初に十億と聞いてしまったものだから、三千万が安く感じてしまうくらい感覚が麻痺していた。五条と、手元の紙袋と、もう一度五条に視線を戻す。


「これで、勉強してお金を稼ぐ術を学べってこと?」
「さっすがなまえ、理解が早ーい。冥さんにはなまえを今後、ビジネスパートナーとしても推薦しておいたから」
「え、ええ〜…」


荷が、重くないだろうか。修行と言いつつ、こちらに求められているものが多すぎやなかろうか。しかし、やっと掴んだ自らが強くなる為の好機。「頑張ってね〜」と緩く手を振り出て行った五条と、残されたのは荷よりも重い本の山だった。




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