41.


なまえの元に近況報告が届いたのはそれから暫く経った頃。
着信は、五条からだった。第一声から「暇だよね?」となんとも失礼なことを聞かれる。


「お陰様で」


外は一変、静けさを取り戻していた。一通り闘り合い、満足したのだろうか。それとも早々に決着がついてしまったのだろうか。それも、五条からの"生徒の回収"の依頼により、後者なのだろうと判断がついた。


「え……誰か負傷者が出たんですか?」


聞こえた返答は"NO"だった。ただ眠らされただけだと言う。おそらくは京都校の誰かが、狗巻の呪言にあてられたのだろう。なまえがモニターの部屋を出る前から戦況はある程度東京校に分があると踏んでいた。その読み通りこれでまた、東京校の勝利へ一歩近付いたということだ。短く息を吐く。


「すぐ行けます。京都校の誰ですか?」


しかし聞こえてくるのはなんとも歯切れの悪い受け答え。
あの〜あれあれ、と全く意味の無さないヒントに時間だけが過ぎて行く。ようやく出た言葉は"前髪が特徴的"。
頭に浮かんだのは加茂だった。前髪…特徴的だよなぁ。でもその前に特徴ありすぎるうえ、御三家である加茂家の嫡男を五条が知らないわけはなさそうだと思った。そんなことをぼんやりと考える間にも、アレアレ症候群が止まらない。そしてなんとか振り絞ったように「いい子そうな子!いい子そうな子」という主観的な感想に、意外にも思い当たった。


「霞かな。三輪霞」


もう少し一発で当てれるヒントはなかっただろうか。髪の色とか。ただ五条はそんなことはどうでも良いようで、淡々となまえに指示をしていく。必要なことだけを、簡潔に。本当に三輪を思い出すまでの時間がとても無駄だったかのように。了解、となまえも短く返答して通話を切った。


「行くのか」
「うん。怪我人じゃないみたいだけど、そろそろこっち運ばれてくる学生も出るかも」
「じゃあぼちぼち準備しとくか」


なまえと家入はほぼ同時に背を向けて、自分のやるべく事を既に見通していた。
まずは三輪の回収。眠らされているだけならそんな心配もいらないが、そこは呪霊が蔓延る森の中。無防備な呪術師を狙おうとする呪霊がいてもおかしくはない。なまえは医務室を後にして、足早に森へと向かう。木々の間から見える烏の黒い点々。三輪の大体の位置は五条が教えてくれた。分からなければ冥冥の烏に頼ればいいだろう。この時はまだ、そんな簡単なことを思っていた。


「………え?」


足を思わず止める。目の前で広がるのはまさになまえが向かっていた森に、"帳"が下りる光景だった。五条達、学生の誰かのものだろうか。…いや、先程の五条の電話からはそんなことは言っていなかった。しかし、状況は常に変化する。
…侵入者?ともあれ何か不測の事態が起こっているのは見て取れる。そしてこの胸騒ぎ。似てる、この光景と良くないことが起きそうなざわざわ感は、去年の聖夜に。


「なまえ!」


後ろから掛けられた声は、振り向く必要もなくその相手が誰だか理解する。五条だけでなく続いて歌姫、楽巌寺の姿もある。それだけで、あの"帳"は外部の人間が下ろしたもので、ざわめく胸中が肯定の意思を唱える。中で何が起きて、起こっているのか。みんなは無事だろうか。いつも、どうしていつも私は当事者でいられないのか。そこにはいない、外から心配しか出来ない。その歯痒さと苛立ちを、簡単に放出するな。還元しろ、呪力に。その僅かな感情はこれから必要となる筈だから、となまえは自分に言い聞かせる。
下り切ってしまった"帳"は嫌に不気味な雰囲気を放つ。そしてそれは、触れようとする五条の手を弾く音でさらに増した気がした。


「ちょっと…なんでアンタがハジかれて、私が入れるのよ」
「成程」


五条は笑った。この状況で、心底楽しそうに笑みを浮かべて。


「この"帳"、"五条悟"の侵入を拒む代わりに、その他"全ての者"が出入り可能な結界だ」
「!!」


特定の個人のみに作用する結界。五条がその条件人だったとしても破ることが出来ないほどの、強い結界だ。来ているのは複数か。
五条は先に歌姫らを中に入るように指示し、言わずもがな歌姫と楽巌寺は"帳"の内へと消えて行く。


「なまえ」
「はい」
「この"帳"を破れるか」
「条件付きの結界は何通りか解き方があります。必ず破きます」
「ハハ頼もしいね」


五条の顔は"帳"の先へと向けている。視線は見えないがそれはまるで視えているように、内で何が起きているかを知っているかのように見えた。


「だけど、生徒の保護が優先だ。まずはさっき言った京都校の子の回収。中の様子は冥さんの烏を通じて連絡を取れる。それをしつつ"帳"の破ってくれ」
「……分かりました」
「何分で出来る?」


視線はなまえを捉えた。脅迫のような強さを目隠しの下から感じる。普通に行けば30分は欲しいところ。しかし、この先待ち構えるのが特級相当の呪詛師、あるいは呪霊だった場合そんな悠長な時間は言ってられない。ここは、最高に最短を提示しなければいけないだろう。


「………二十分で」
「よし、頼んだよ。一人でも死んだら僕らの負けだ」
「分かってる。絶対、殺させやしない」


他人が下ろした、しかも条件付きの"帳"は例え触れるのが一瞬だったとしてもその情報量と温度に、気分を悪くする。視覚効果に加え、"五条だけを入れなくする"という術式効果の二重結界。想定以上に厄介な相手が侵入しているのかもしれない。濃い呪いの気配に余計悪くなる気分を振り払ってなまえは地面を強く蹴った。




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