40.


焦燥しながらモニターを見ていたが、思いの外あっさりと京都校は引き下がった。烏の視点がやけに安定せず、何がそうさせたかは読み取れきれない部分はあったが、東堂と加茂の間で齟齬があったようだ。
"虎杖暗殺"は失敗。その事実をモニターから読み取り、そっと胸を撫で下ろすと同時に、歌姫からも小さく安堵の溜息が聞こえた。一方、教唆犯である楽巌寺の表情は一寸も変わらぬまま。若干鬱屈しつつも、しかし今は交流会の真っ最中。夜蛾の手前なまえもこれ以上は事を荒立てるような真似はすべきではないと判断した。
そう思う間にも現場は一刻と変化していく様子が映し出されている。散り散りになった仲間達はどうやらそれぞれが京都校と対峙を果たしたようだ。

なまえの目は真希と三輪の対戦を映していた。その視界の端々で、パンダとメカ丸の激しい攻防にチカチカしているのを多少は気にしつつ。
三輪はやはりシン・陰流の使い手のようだ。呪術戦の極致、領域展開からの派生である"簡易領域"。シン・陰流は術式を持たずとも呪力があれば会得することが出来、呪霊を祓う、かつ術師自身を守る技術がある。なまえも生得術式が刻まれなければシン・陰流はかなり魅力的だ。使い手によっては日下部のように1級も目指せる。
………まあそんな簡単なことではないが。


「フフフ、面白い子じゃないか。さっさと2級にでも上げてやればいいのに」


そう冥冥が笑う視線の先のモニターでは、真希がちょうど三輪の刀を太刀取りしたところだった。
そう、真希は強い。呪力がないハンデをハンデと思わせない身体能力の高さと、呪具の使い方に戦闘の慣れ。どれをとっても東京校の学生の中では随一だ。そんな真希を褒められて思わず伏し目がちに笑う。


「なんでなまえが照れるのさ」
「え、いや…やっぱ嬉しいじゃないですか」
「まぁねぇ。僕もそう思ってるんだけどさー。禪院家が邪魔してるくさいんだよね。素直に手の平返して認めてやりゃいいのにさ」


五条ですら真希の生家の面倒臭さにはお手上げのようだ。それに対して「金以外のしがらみは理解できない」と冥冥は言う。その分かりやすさはなまえが冥冥のことを好む内の一つだ。金さえあれば味方であり、それ以外はどちらにもつかない。簡明ではあるが、"金"という単位で比べられるからこそ流されやすくはある。人は、金一つで簡単に操れる生き物だ。完全に信用するものではない、と教えてくれたのも彼女だった。
そんな話が済んだところで、壁の呪符が赤く燃える。


「おっ。動いたね」


赤、ということは東京校の誰かが祓ったということだ。
なまえはそれを一先ず見届けて部屋を出ようとする。


「あれなまえ、最後まで見ていかないの」
「あー…はい。明日個人戦なのに私ばかり情報得るのも不公平かな、って」
「真面目だねぇ」
「本当。とてもアンタの教え子とは思えないわ」
「まさかぁ。僕の教え子だからでしょ」


五条と歌姫は学生時代からの先輩後輩らしい。そんな2人の変わらない返球の速い会話に、乾いた笑いを発してなまえは心置きなく抜け出すことにした。


***


「………で、なまえは出ないのか」
「今日はね。個人戦は出るよ。あっ、歌姫先生が今夜よろしく、って」


きっと飲みに行くんだろうな、と思う相手は家入だ。五条とは違い、家入と歌姫は仲が良い。こちらで仕事がある場合は、必ず家入を誘って夜は飲み歩くほどだ。そして飲み過ぎて家入の部屋に泊まるといういつものパターン。酒癖はあまり良くない。
なまえはいつも家入が座っている、一番座り心地の良い椅子の背もたれにぐっと体重をかけて反る。一言で言えば、暇だ。「壊れる」と苦言を頂き上体を起こした。


「硝子さんも暇そうだね」
「お前も暇なのか」
「暇…といっても明日の個人戦に備えて準備はしなきゃ。さっき見てた情報を整理して…」
「真面目だな」
「それ、五条先生も同じこと言ってた……っていう時の硝子さんの顔、本当面白いよね」


言葉と途中からみるみると不愉快極まりないと、深く苦い顔をした。こういう表情はさっき歌姫で見たなと余計に面白くなった。しかし家入は大層面白くない様子。両目を瞑るようにゆっくりと瞬きをした。


「何にしろ、あまり怪我人は出して欲しくないもんだな」


そうだね、となまえが言い終えない内に、爆発音とともに雑木林が崩れる。家入はそれを見て顔色一つ変えずに言った。


「激しいな」
「うん。この感じは、野薔薇かな」


交流会に怪我人が出ないことなど有り得ないと思ったのだろう。そんな諦めとも取れる顔をする家入に、本日2回目となる乾いた笑いを零した。




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