39.


行くか…と暫く立ち尽くした後に思った。
団体戦に指定された区画内から猛烈な爆発音が一発轟く。地面が、空気が揺れる。ここまでの衝撃を起こすのは東堂だけだろう。さすが、手が早い。
…虎杖は大丈夫だろうか。ここからでは音と気配以外の何も状況が把握出来ない。なまえは五条達がいる場所へ向かうことにした。


***


「あっれー?なまえどうしたのー?」


白々しい。団体戦から外したのは五条じゃないか。とひらひら手を振る五条を無視してなまえは冥冥の側まで寄る。


「お久しぶりです!師匠」
「やあなまえ。君は今回出ないんだね」
「残念ながら」
「本当に。出るなら賭けようと思ったのに」


長い指で口元を隠しながらくすりと笑う。相変わらず美人だなぁ。言っていることは卑しいけど、とは思うことだけにした。


「ところでなまえ、」
「はい」
「昨日損切りしたね」
「げ…」
「ふふ。返済までには程遠いね」


バレてる。なんだかこのまま説教される勢いだったので、そそくさとその場を離れた。部屋には冥冥の烏を通じて見えるようにモニターが6台用意されていた。その中の1台に、虎杖と東堂が映し出されている。初手は想定通りになったようだ。
それは東京校でのミーティングのことだ。


ーーー


「……で、なまえがいないと索敵が一人減るな」


なまえが今回の交流会に出ないことが判明し、作戦を練り直すことに不服そうに真希が漏らす。


「別に私いないからって特に変更はないよ。索敵はパンダと伏黒君に任せればいい」
「京都校はどんななんだ。なまえ、去年出てたんだ。少しでも情報が欲しい」
「結構序盤で憂太が終わらせちゃったからなぁ。あんまり情報という情報は知らないんだけど」
「何してくれてんだ乙骨憂太」


釘崎はとことん乙骨を敵対視してるらしい。昨年は乙骨が里香の解呪前だった上、思わぬところで里香が出てきてしまったものだから勝敗の有無があっという間についてしまった。これでは呪術合戦の意味もないだろうというくらいに。


「こんぶ?すじこ」
「いや、全く見れてない訳じゃないよ。多分向こうの索敵の中心は西宮さんだけだと思う」
「西宮……って誰?」
「あの箒持ってた奴だろ」
「ああ、あの魔女か」
「そうそう。術式は分からないけど、基本西宮さんが上から見て下に指示してる感じだった」
「じゃあ最初は西宮を落とせば問題ないな。恵、頼んだ」
「はい」
「じゃあ……あとは東堂だな」


京都校の一番の難敵。東堂はおそらく単独行動でくる。昨年もそうだったし。チームとして連携が取れていないのか、一人でも闘れるという自信の現れか。後者と思いきや多分両方だろう。


「足止めとして一人だけ、パンダか恵を置いておくつもりだったが……
虎杖、オマエに任せる。索敵できる奴減らしたくねぇし」


なまえも真希の指名に賛成だ。伏黒には悪いがパワーで対等に闘り合えるのはパンダが虎杖。真希とパンダは予想外の戦力で増えた虎杖が例え東堂に負けたとしても、作戦に支障はないとの考えだろうが、なまえは虎杖なら東堂にも勝てる見込みはあると思った。パンダでも伏黒でも負けることはないとは思う、しかしこの交流会、"勝つ"を目標にするのならそれを目指せるのは間違いなく虎杖だけだ。


「でも先輩。やるからには…勝つよ、俺」


ーーー


その宣言通り、互角…とまではいかないが、東堂相手に怯まず闘えている。さすが、タフにもほどがある。
しかし、他のモニターの学生の動きが妙に思えた。特に京都校の動きだ。上空を映している一つには西宮が見える。やはり索敵役は彼女のようだ。そして他の4人はバラけることなくまとまって動いている。しかもその動向に迷いがない、何か標的がそこにあるかのように真っ直ぐ向かっている動きだ。
では、そこに標的である二級呪霊がいるのか。いや、それならパンダか伏黒も気付くはず。

京都校の狙いは何か。………虎杖だ。
なまえの先程感じていたもやもやの答えがここで合わされる。何故気付かなかったんだ。虎杖に向けられる目の不安を、同級生にではない、京都校に向けるべきだったのだ。


「さと……五条先生」
「んー?」


目隠しをしていて視線の先は見えないが、モニターは同じのを見ているので五条も気付いている、はず。でもその表情は全く変わらない。京都校の狙いが虎杖の暗殺だったとしても問題が無いような面持ちだ。
その五条とは正反対の表情を見せているのが、歌姫だ。固くした顔の眉間には大きく皺が寄っている。この作戦のことを知らなかったようだ。ということは、やはり指示を出したのは楽巌寺だ。涼しい顔してなんて老爺だ。


「これは幾ら何でも卑怯です。京都校、虎杖君を殺す気ですよね」


ついに言ってしまった瞬間、部屋の空気がピリつくのが分かった。えっ、と驚いたように声を出したのは伊地知だ。烏に送られるのは視覚情報だけだから、そのモニターに流れるのは映像のみ。機械音だけが粛々と流れる。


「………私行ってきます」
「えっ?何処に?」
「虎杖君の所です。だって、このままじゃ」
「そしたら東京校の"反則負け"になるのぉ」


置物のように微動だにしなかった楽巌寺がようやく口を開いた。なまえがそちらに目を向けた時には、こちらなど見ずに顎髭をゆっくり触りながら座っていた。


「そうじゃろう?参加してない学生が手を貸すのじゃから」
「そんなの…!だってそっちが先に!」
「まあまあなまえ、落ち着きなって」


五条はモニターから顔を動かさない。その緩い声には緊張感の欠片もなかった。


「なまえは悠二が簡単に負けると思ってんの?」
「え?いや、そんなことは…。っていうか負けるとか勝つって問題じゃ、」
「だいじょーぶだって。まあとりあえず見てなよ」


振り向いた笑顔に、なまえも小さく息づいてようやく落ち着きを取り戻した。全員の視線はまたモニターへと移る。


「本当に殺すとなったら、その時は私も動きますよ」
「失格になるがのぉ」


この爺…、
滅多につかない悪態を、なまえは口に出さなかったことに自分で褒めたいと思った。




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