38.


外に出ると水色に澄んだ秋の空が、気が遠くなるほど高く晴れ上がっていた。これから呪霊を祓う私達を嘲笑うかのように。そこに点々と落とす烏の群れが意識を現実に戻させた。ああ、来ているんだな、と思った。師だからとて連絡は寄越さない、いつもふらっとやってくるのだ。


「なまえはどうするんだ。交流会の間」
「まあ…先生達と一緒にいるか、硝子さんとこいようかな」


空に向かって手を挙げると群れの中から渇いた声が啼く。雲のように白く輝く一羽の烏がなまえを見下ろしていた。


「……気をつけてね」
「誰に言ってんだよ」
「確かに」


真希に向かってそれは愚問だったか、とからからと笑う。もうあと少しで交流会が始まる。待機場所で集まる東京校組は各々その開始を待っていた。最初は男女で分かれていたが、その内学年でうっすらまとまっている。昨年交流会に出たなまえから見ても、今年も東京校が勝つことに疑いはなかった。例え立役者の乙骨が不在だったとしても二年の実力がそれで取るに足らない訳でもなければ、一年が三年の代わりでも問題はないと思っていた。だけど、なんだろう。この嫌な予感。胸がざわざわする。


「なんだなまえ、虎杖が心配なのか」
「こんぶ」
「え、いや…うーん…」
「なんだよ。歯切れ悪ぃな」


なまえの視線の先には虎杖がいた。神奈川の特級案件から日が経っていないにしろ、虎杖は普通に過ごしているように見えた。そのこともある。これから始まる交流会で、おそらく作戦の肝となる京都校の一級呪術師 東堂葵の相手を任されたこともある。しかしそのどれも余り心配をするほどの問題とは捉えていなかった。寧ろ東堂の相手は虎杖が一番適任だと思っている。


「………皆はさ、虎杖君のこと…どう思う?」


じゃあ、何か。一つ心当たりがある胸の痞えと言えば、虎杖が"宿儺の器"だという点だ。伏黒と釘崎は虎杖と僅かながらも共に過ごした時間がある。なまえも然り。しかし京都校は保守派筆頭の楽巌寺学長を始め、虎杖は虎杖の個としてではなく、"呪い"として認識されてしまうことの方が多い。おそらく術師としてはそれが正しい感覚なのだ。
そんななまえの心配を他所に、聞かれた3人は顔を見合わせた。


「どう、って…別に」
「いくら」
「まあ術師には珍しい根明な人種だよな」


とそれぞれ口にするのはなまえの危惧することとは違った内容だった。肩透かしに合った気分だ。ただなまえのその心情を悟ったのか真希は何処か溜息を吐いた。


「今更"宿儺の器"だろうが関係ねぇだろ」
「ああ、なまえそれ気にしてんのか」
「いや…別にそういうワケじゃ…」
「おかか。すじここんぶ」
「そうそう。俺らの学年には既に憂太がいたしな」
「なまえもいたし」
「…そっか。だね。今更だったね」
「明太子!」


頼もしいなぁ。皆みたいな先輩がいてくれるなら、こんなに心強いことなんてない。きっと大丈夫、皆なら絶対に勝てる。
取り越し苦労だったのだ、と言い聞かせるように空を見上げた。


「絶対、勝ってね。真希の為に私の分まで!」
「……やめろ」
「え〜?珍しい真希、照れてんの」


覗き込んだつむじに鈍い音が響く。手刀打ちされた真希の手がそのまま頭に残されているのを上目遣いに見やった。


「いっ、たぁい!」
「お前がなんかむかつく顔してた」
「ひどいなぁ」
「ほら真希、もう始まるってよ。じゃあなまえ、また後でな」
「うん。頑張ってね」


真希の背を押しながらスタート地点に向かうパンダに、ひらひらと手を振る。一年も既に着いていた。
しかしそこに向かわず、立ち止まっている狗巻と目が合った。ちらっと真希達を見るが、こっちに手招きをしている。何か忘れ物かな、と言う通りに狗巻の方に歩く。


「棘?どうし、」


目の前で言った疑問は最後まで言えなかった。一瞬の風のように、流れる動作で見たのは狗巻が襟のファスナーを下ろしたことと、頬に触れる柔らかい触感。
え、と思った時には背を向けた姿と、振り返った時の悪戯っぽさを含んだ顔だった。

頭の中で巡った思考に答えが出せないまま、やっと「え、なんで………?!」と呟いた戸惑いは、拡声器から流れる五条の割れた声によってかき消された。




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