03.


残り時間も残り僅かとなっただろうか。既に狗巻が捕まえていないのはなまえ一人となっていた。早々に捕まった伏黒は、パンダが二人目として捕まるまで暇を持て余していた。パンダと二人になった所で会話は適当だったが。そして真希がやって来たのは今から数分前だ。


「真希〜何捕まってんだよー」
「しょうがねぇだろ。アイツ気配消しやがんだよ」
「そういう俺も、木の上に登った棘に待ち構えられたんだけどな」
「恵は」
「俺は…みょうじ先輩に嵌められました」
「ハハッ!なまえやるなぁ」


2人の先輩が口を開けて笑う。後輩が嵌められて悪い顔して笑う人間性を疑うが、さほどこの2人の人間性に期待はしていない。


「どっちが勝つと思う?」
「棘」
「なまえ」
「じゃあ棘だったら真希ジュース奢りな」
「いいぜ。恵は?」
「俺は…みょうじ先輩に勝って貰わないと奢り嫌なんで」
「確かに」


そう、3人が話してる時、なまえはまさに鬼である狗巻と対峙していた。残りあと10分。伏黒を出し抜いたからには、ここで捕まる訳にはいかない。じりじりと付かず離れずの距離を狗巻と保ちつつ、真っ直ぐ狗巻を射抜く。


「私、今すっごいお腹空いてるの。だから絶対、棘に奢ってもらうんだから!」
「おかかっ!」


狗巻も首を振って拒否する。この膠着状態が続けば、不利になるのは狗巻の方だ。


「ツナっ!」


狗巻が二時の方向を指差す。姑息な手と知りながらも、そうするしか手がないことをなまえも分かった。首を寸とも動かさず、なまえが狗巻から目を逸らすことはない。


「そんな手には引っかからないんだから!」
「ツナ!ツナツナっ明太子!」


余りにも必死に指差すものだから、なまえも本当に何かあるのかと一瞬信じてしまった。指差す方向に目線だけ向けると、目の前の狗巻がこちらに踏み込んでくるのが分かった。抱きつくように両手を広げて飛びかかってくる。


「…ぎゃあ!っあっぶな!」


……ぎゃあ?
間一髪で避けられてしまったなまえを見る。鬼ごっことして捕まえようとはしているが、仮にも好いている相手に対する反応だろうか。悲しさを隠し切れないように俯く狗巻に、なまえが恐る恐る声をかける。


「ぎゃあ、は…ぎゃあはなかったね。ごめん、つい。ついだから」
「………………」
「ねえ〜棘ってば。ごめんね、そんな落ち込まないでよーーーーわっ」


さっきまでの危機感はどこへ。油断して近付いた狗巻に、捕まってしまった。がっしりと、背中まで回された腕にホールドされる。鬼は、ここまで捕まえる必要はないのに。油断も隙もないな、と。


「棘……こんなところ、誰かに見られたらまずいって」


身動ぐなまえを大人しくさせるよう、狗巻はさらに強く抱き締めた。違う、そうじゃない、と思いながらも心臓は素直に音を立てる。やられっ放しじゃ悔しくて、なまえは少し背伸びをした。口元に届くその耳に愛を囁く。
ビクッと、身体を震わせた狗巻はなまえを勢い良く離した。


「おかっ……おかかっ!」
「ずるくないよ!棘が先にやったんでしょう!?」


お互いを指差す空気の間に、スマホのアラームの音が鳴り響く。終了のお知らせだった。


「終わり?」
「しゃけ」
「私の……負け?」
「しゃけしゃけ」
「えー嘘〜」


がっくりと肩を落とした。伏黒君、ごめん。と心の中で後輩に謝る。肩に乗せられた手に顔を上げると、狗巻の細くなった目と合う。新しい制服、きっと襟の下は笑っているに違いない。諦めて背筋を伸ばし直して、皆が待つ場所へと歩き始めた。


「おっ、戻って来た」


先に捕まっていた3人の元へ集まる。「どっち」と聞いた真希の声に、なまえはお手上げとばかりに両手を挙げた。


「捕まりました」
「ハァ?オマエふざけんなよっ」
「ちょっ、なんで真希に怒られなきゃいけないの」
「よっしゃ、真希のジュース奢り」


なんか2人で別に賭けをしていたな、と察した。なまえは真希の理不尽な怒りを適当にあしらう。


「じゃ、飯は恵が棘に奢りな〜」
「高菜〜」


またもや悪い顔する先輩2人に最早何も思うまい。第一、最初にこの人と出会ってしまったからだ。と、真希と何やらまだ言い合いをしているその人と目が合った。


「……半分出すから」
「ありがとうございます」
「おいなまえ、甘やかすなよ」
「いや、やっぱり幼気な一年生を騙すのは良くなかったなあ、と」
「何処に幼気な一年がいるんだ」


確かに、伏黒は一年にしては可愛げはない。既に二級術師としての実力と、優秀さ。しかしこういう時は一年らしく、先輩の厚意は素直に受け取る図太さは持ち合わせている。


「で、二人で何してたのかなぁなまえちゃんは」


少し離れた所で男性陣は夕飯を何の出前を取ろうか話し合っていた。なまえは、普段呼びもしないちゃん付けをしてくる真希を見た。


「何って…鬼ごっこに決まってるじゃん」
「…………」
「ちょっと、何その目。何もしてないってば。ていうか、何想像してるの、真希やらしー」
「は?どっちがだよ」
「何が」
「耳、赤くなってるぞ」


真希の言葉にバッと耳を押さえる。


「嘘っ?!」
「嘘」
「…………………」


なまえは信じられない、という気持ちで目と口を開きながら真希を見た。


「うわぁ。真希、うわぁ〜…」
「オマエ分かりやすいなぁ」


ククッと喉を締めて笑う。そんな真希に向かって一歩踏み出して飛びかかるも、ひらりと身をかわされた。悔しさからも振り返って同じように飛び込むも全く掠りもしない。完全に遊ばれている。「もうー!」とムキになる。


「……仲良いんですね、禪院先輩とみょうじ先輩って」


パンダと狗巻と、出前のチラシを見ていた伏黒が、顔を上げた先でふざけ合う女子の先輩を見て呟く。正直、性格的に2人の相性はどうなのか、と思っていたがそうでもないようだ。


「ああ、まあ女子アイツらしかいないしなぁ。あれが仲良く見えるかは別として」
「しゃけ。こんぶ」
「とにかく、おーいオマエらー。いつもの丼物屋にするけど何にするー?」
「牛丼!カツ丼と天丼!!」
「真希はー?」
「天丼」


叫ぶ声にオッケー、とパンダがメモする。そこで伏黒は疑問に思ったのに、誰もそれを気にしていないことが異様に気になった。


「いや、待って下さい。え、みょうじ先輩今3つ言いませんでした?」
「言ったけど」
「しゃけ」
「なまえ、ああ見えてめっちゃ食うんだよ。だから、この鬼ごっこでは、なまえだけは絶対最後に残しちゃダメなんだ。出費が凄いからな」
「すじこ」
「……肝に命じます」


あの華奢な身体で良く食べる?じゃあなんで小さいんだ、と言ったら多分怒るのだろう。「恵は何にする?」とパンダに聞かれ、伏黒は再びチラシに目を落とした。


「もう、真希。伏黒君、感鋭そうな子なんだから気を付けてよ」
「安心しろ。バレるとしたらなまえが自分で墓穴を掘る」
「うっ…」


言葉が出ない。その通りになる未来が容易に想像出来たからだ。去年何度、自分で墓穴を掘ったことか。ただ、今年のなまえは一味違う。そう簡単には分からせまい。


「いや、今年は大丈夫」
「そうかよ。でももう恵にバレてるぞ」
「嘘!」
「嘘」


「「………………」」


ねえー、もうー!と2回目にも関わらず綺麗に引っかかってくれる友人に声を上げて真希は笑う。揶揄いがいのある唯一の同性同級生の、紅く、まではいかないが桜のように桃色がかった頬の色は内緒にしておこうと思った。




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