29.


「なまえが浮気?」


そう焦ったように言った狗巻に真希とパンダは顔を見合わせた。やがて真希は腰に手を当てたまま溜息を吐く。


「浮気も何も、オマエら付き合ってねぇじゃん」
「おかっ…!おかかぁ…」
「真希ぃ〜」


ガンっと頭を殴られたように落ちた真希の言葉に肩を落とす狗巻。その上にパンダの手が乗る。そんな様子を見て思わずチッと舌打ちした。


「なまえが浮気ねぇ…。………ねぇな」
「俺もないと思うなぁ」


そう2人が否定する。そう思う。だけど昨日、任務の帰り道になんとなく目に入ったのは高専近くの神社で催されていた祭り。"暇だ"と一人で待っているなまえにお土産でも買って帰ろうかと思ったが、もう片付けているところで買えるものはなさそうだった。しょうがないか、と通り過ぎようとした時、ずっと奥の石階段でなまえがいた、気がした。隣に誰かいる。顔は見えないが多分男だ。笑いながら喋っている私服姿の彼女と隣の見知らぬ誰か。思わぬ光景に動揺してすぐその場を去ってしまったが、部屋に戻ってからと言うものもやもやが治らなかった。だからこうして同級生2人に話を聞いてもらっているところなのだ。


「で、何だって?なまえが男と祭りに行ってるの見たってか」
「しゃけしゃけ!」
「祭りなんて昨日あったか?」
「あれだろ、下の神社。俺ら昨日誰もいなかったからなぁ。なまえも暇を持て余してたみたいだし」
「高菜!いくら…」
「うーん…、ナンパとか?」
「おかか!」


パンダの言葉に大きくバッテンを作る。否定を言い聞かせるようだった。真希は変わらずその話を聞いていたが、やはり小さく息を吐いた。


「ナンパは…あったとしても乗ることはねぇな。なまえすげぇガード固いんだよ。固いつーか、興味ねぇんだろうな」
「じゃあ顔見知りなんじゃないか?恵だったとか」
「恵も昨日は野薔薇と任務だったろ。野薔薇が帰って来たのも遅かったしな」


うーん、と答えが出なそうな審議に3人とも唸る。例え伏黒だったとしても少しだけ腑に落ちないが、知らない異性というなら余計に、だ。


「……やっぱり棘の見間違いじゃね?」
「おかかっ!高菜すじこ!」
「おお…分かった分かった。絶対なまえだったんだな」
「しゃけ」


見かけた時は多分だったが、見間違うはずはないとこれは自負する。距離はあったし、疎らに行き交う人の隙間からしか見えないがあれは間違いなくなまえだった。私服で、親しそうに話している異性が他にもいるのかと思うと。
思わず思い出して首を垂れる狗巻に、真希とパンダは三度顔を見合わせた。どうしたものか。


「なまえもうすぐ来るだろ?この際本人に直接聞いてみれば?」
「おかか……。高菜めんたいこ…」
「なんでそんな自信ないんだよ」


本人に直接聞いて、それが事実だとして耐えられる気はしなかった。勿論なまえを信じていない訳ではないが、真希が言うように付き合っていないのはその通りであって。やはり彼女も、普通に喋り合えて、普通に出歩けるような人がいいのではと過ってしまう。自分に彼女は勿体無い、と思ってしまう。
目の前でどんどん落ち込んでいく狗巻の様を見ていられる程、真希も白状ではない。コイツらいつも面倒くせぇな、と心の中では思いながらも一応助け舟は出してみる。


「まあ……多分、大丈夫だろ。なまえ…アイツ色々顔に出にくいけど、割と棘しか見てねぇし」


滅多に言わない真希の言葉に顔を上げる狗巻を見て、すかさずパンダも畳み掛けるように重ねる。


「な!真希もこう言ってるし!棘もなまえにベタ惚れだもんな?なまえしか見てないもんな?気にすんなって!」

「何が?」


狗巻の返事の前に聞こえた声に3人がぎょっとする。振り向けばなまえがパンダの陰からひょっこり顔を出した。


「オマエ…何処から聞いてた?」
「え?いや何も……パンダが気にすんな、って言ってたくらい?ていうか、声掛けたのに全然気付いてくれないんだもん。何話してたの?」


オマエらのことだよ、と突っ込みたいのを真希はぐっと堪えた。果たして何と言おうかと思っていたが、なまえが何かを食べながら口をもごもごしている顔が妙に腹立たしくなって、そっちを片付けることにした。


「何食ってんの」
「ああ、これ?」


飲み込んだなまえは両手で持った紙袋を胸の高さまで持ち上げた。手を突っ込んで出したのは茶色い何か。


「ベビーカステラ。昨日お祭り行ったんだけどね、何でこう、閉店間際の屋台のおじさんって押しが強いんだろうね」


負けて二袋も買っちゃった、と呑気にそれも口に放り込んだ。「真希も食べる?」と聞かれたが思わずいらね、と返す。今までの問答は何だったのかと思うくらいあっさりと自供しやがった。見てみろよ、急すぎて棘もパンダも呆気に取られてるじゃねぇか、という真希の心の声はなまえには届かない。


「祭りって…降った神社のだよな?なまえ、行ってたのか?」
「うん」


聞きながらさり気無くパンダはなまえの紙袋からベビーカステラを食べている。食うのかよ、と真希の突っ込みは最早追いつかなくなってきた。なまえもなまえだ、うんじゃねぇよ。それで今どれだけ大変だったか。狗巻は未だ一言も発さぬまま。しょうがないから真希が聞くことにした。


「誰と行った?その祭り」
「誰って……一人だけど…」


3人でちらっと目配せをする。なまえの言葉に嘘はなさそうだった。ただそれだけだと少し足りない。こっちには目撃者が一応いるのだから、ともう少し踏み込むことにした。


「オマエが誰かと一緒にいるの見たっつーんだよ」
「え…………誰が?」
「パンダ」
「パンダぁ?」


思わず呼ばれた自分の名前に真希を素早く二度見したが、一瞬でスンと戻す。如何にも昨日見かけた目撃者として演じることを決めたようだ。しかしなまえはパンダいたかなぁ、と思い出しているようだった。


「俺は見たぞ。なまえが男と親しげにしてるところ」
「うーん……」
「で、あれは誰だ」
「え〜………パンダの見間違いじゃない?」


そう答えたなまえの一瞬の癖を、3人は見逃さなかった。
"なまえは嘘をつく時、目線が一瞬右に流れる#
多分自身でも気付かない、感情の制御が上手いなまえを一番側で観察し続けた同級生にしか知らない癖だった。しかも必ずとは限らないその癖を見てしまったその瞬間、3人の心は"嘘だ"と一つになった。


「本当に一人で行ったんだって。だって皆昨日いなかったじゃない。あ、棘も食べる?」
「おかか……」
「いらない?そう……」


2人が交わしたのはその一言だけ。流れる沈黙。なまえは都合良くかかって来た電話に呼ばれ、また何処かへ行ってしまった。男といた事実が明るみになってしまった以上、なんと狗巻に声を掛けようかと考えていたがどうやら諦めたらしい。先に真希が口を開いた。


「残念だか、あれは…………………クロだな」
「………ドンマイ棘。一緒にいたとしてもきっと一番はオマエだぞ」


苦しい慰めの手を払った。嘘をつくほど、隠したいほどの相手なのだろうか。人の心は移ろいだ。幾ら「好き」と言ってくれてても変わってしまうのが人の心。でもなまえに限ってそれはない、と信じたい心とそれに対して何もすることが出来ない自分の歯痒さに、このもやもやは暫く引き摺りそうだった。




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