28.


終わりまであと30分といったところだろう。ちらほらと片付け始めている屋台もあれば、駆け込み、といった形で寄ってみたなまえと虎杖のような人がまだ残っていたりした。
せっかくだから夕飯も済ませてしまおう、と虎杖と一緒に回りつつ、石階段に腰を下ろして買ったものを食べようと袋から取り出す。


「いやー!なんか地元の祭り、って感じでいいね!」
「そんな広くもないしね。でも良かったね、まだやっているお店あって」


割り箸を取り出して、まずはじゃがバターを二つ、膝に置いて食べ始める。その後ろにはお好み焼き、焼きそばが控えている。お祭りの屋台というと、どうしてこう粉物ばかり買ってしまうのだろう。でも美味しそうなのだからしょうがない。隣で虎杖も焼きそばを食べ始める。


「っていうかみょうじ先輩、めっちゃ食うんだね。ちょっとびっくり」
「あ〜……だよね。ちょっと引くよね」


同級生はもう慣れたもんだ。伏黒と釘崎にももうバレた。二人とも初めての時は目を見開いて見たものだ。伏黒なんて二度見した。それを真希に面白そうに笑われるのも、もういつものこと。まあ、だからと言って人の目を気にすることなどなまえはない。だって、食べたいものは食べれる時に食べたい。いつ死ぬか分からないし。
そんななまえの胸中を知ってか知らずか、虎杖はいやいや、と大きく首を振った。


「美味しそうに食べる子はいいと思うよ!ホラ、"いっぱい食べる君が好き〜♪"ってCMもあったし!」
「あったね」
「普通に先輩、そんな食べる感じに見えないんだもん。え、何処に入ってんの」
「そりゃあここに〜」


と、既に二個のじゃがいもが消えた胃があるお腹をたたく。次はどっちにしようかなぁ、とビニール袋を覗き、虎杖と同じ焼きそばのパックを開けた。ソースの匂いがこれまた食欲をそそるんだよなぁ。


「そういえばこの間、五条先生に急に連れ出されて」
「ああ、それちらっと聞いたよ。特級が出たんでしょ?」


思い出すのは出張に行く前、特級呪霊二体の注意喚起と称した五条のイラスト。一つ目の頭の尖った奴と、目が花っぽい風呂敷に包まれているような上手いとも下手とも言えない呪霊の絵に、その場にいた全員何も言えなかった。


「先輩、会ったことある?話せる呪霊」
「そんなはっきり話せる呪霊はないかなぁ」


正直、対峙しただけでは人型呪霊か呪詛師か、その判断はしづらい。しかしコミュニケーションが取れる、加えて領域まで展開するらしい。それほどの呪霊、偶然でも会ったりしたら多分ここにはいられないだろう。


「俺達にはアイツらに勝てる位になって欲しいって」
「マジか〜」
「みょうじ先輩はその領域ってやつ、使える?」
「……………使え、ない。ああいうのは、生得術式を持つような人じゃなきゃ、誰でも使おうと思って使えるものじゃないんだよ」
「そうなのかぁ」


嘘一個。
真実を言えば、なまえの術式、所謂千家家相伝の"呪記"を付与した領域展開はあるにはある。しかし領域は元より莫大な呪力消費があり、いくらなまえが持っていたとしてもそれを実践で使えるかどうかは別の問題だ。そのことは随分前からなまえも分かっていた。それに出来るかどうかも今はまだ不明瞭である。だから、"使えない"はある意味真実でもあった。


「虎杖君は……その、どうして"宿儺の指"食べようって思ったの?普通は考えないと思うんだけど」


遠慮しがちになまえは聞いた。「何故呪術師をやっているか」この疑問は初対面の術師同士の質問としては挨拶みたいなものだ。しかし、虎杖の場合は違う。この界隈なら"宿儺の指"は知らない術師はいないほどの特級呪物だ。手を出そうとはまず思わない。例え知らなかったとしても食べようという選択はおそらく、ない。


「あー…まあ、あん時喰わなきゃ伏黒がやばかったし。呪力を得るならそれしかないって思ったから!」
「普通だったら受肉した時点で終わりなんだけど。でも虎杖君はその時そんなこと知らないもんね」
「あと俺さぁ、ここに来る前っていうか、伏黒に会った日、育ててくれた爺ちゃんが死んでさ。そん時言われたんだわ。人を助けて、大勢に囲まれて死ねって。それを理由にする訳じゃないけど、伏黒を助ける為に"宿儺の指"喰ったこともその後のことも後悔ないように生きたい」
「そっ、…かぁ」


そうか、この子は思ったより覚悟を持ってここに来たんだ。その日会ったばかりの伏黒を助ける為に選んだ道も、これからのことも。呪術師は信念が固まってないとある意味やってられない。命を、懸けるのだから。虎杖が死んだという事実を糧に特訓に励む伏黒も釘崎も、強くなろうとしている虎杖も、それぞれ信念が基にある。
"もし次死んだら囲む一人になってあげるね"そう言いかけて、止めた。
死なせることはさせない、
『術師を助ける』それがなまえの信念だ。


「今度から俺、任務行くらしいんだよね!久々の外活動!」
「へえ、そうなんだ」


虎杖はイカ焼きを齧り付きながら話題を変えた。なまえも既にお好み焼きに手をつけている。同じソースの炭水化物でも飽きずに食べれる。お祭り効果というのはあるのかも知れないが。


「一人で?」
「いや、なんか五条先生が別の人紹介してくれるって言ってた」
「そっか。じゃあそれが終わったらようやく交流会だね」
「そうそう!その交流会で復帰らしいんだけど、俺この間初めて知った!」
「あれ、そうなの?まあ、五条先生、結構適当な人だから…。私最近、虎杖君のこと内緒にしてるの段々心苦しくなってきたんだよね。だから気をつけて行ってきて、早く戻って来てね」
「オス!」


行儀よく敬礼する虎杖に笑いかける。最後の一口を食べ終え、立ち上がった。じゃあ帰ろうか、と眺める先はもう祭りは終わりを迎えていた。空も紫から夜に変わろうとしている。
取り出したスマホの待ち受けには真希からの返信が表示されていて、もうすぐ帰って来れるという。でももう暇だったことを忘れるくらいお腹も一日も満たされた。そんな、ある夏の休みのこと。




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