26.


まだ日も昇りきっていない朝。寝苦しさを覚えて狗巻は目が覚めた。冷房が時間設定で切れた為か、夢見が悪かったせいか。実習の汗とは違う、シャツの張り付く気持ち悪さがおそらく後者だと物語った。ただ、どんな夢だったかはもう覚えてはいない。再度寝に入ろうかと思ったが、完全に覚醒した頭は休息しそうになかった。
始業時刻にはまだ余裕がある。朝食を摂ることを考えてもだ。天気も良さそうだし、散歩にでも行くか、と外へ出た。

昨晩は雨が降ったようだ。そんなに長く降ってはなかったようで水溜りと呼べるものは出来ていなかったが、アスファルトは黒く滲んでいる。砂埃が舞うような独特な匂いと、湿気を含んだ熱がじんわりと立ち込めた。
行く当ても無く歩いていたが、気付けば花壇へと向かっていた。去年は秋桜を植えていた、今年はと言うと少し広くなったその場所に春はチューリップを、夏は向日葵を、そして秋には去年取れた秋桜の種を植えようと話していた。今はちょうど、向日葵が見頃を迎えているはず。
その背丈が見え始めた所で人影が見えた。しゃがんでいる小さい背中、遠くからでも見間違うことはない。
………なまえだ。こんな早くに彼女もどうしたのだろう、と近付く、が。


(………………寝てる?)


両足の踵を地に付けてしゃがんだまま、顔は横にずらして静かに眠っているようだった。いつから居て、いつから寝てるのだろう。何も疚しいことをしようとは思っていないが、辺りを見回して同じように隣に屈み込んだ。
手にはカメラを起動したままのスマホ。向日葵を撮った後、寝ちゃったんだろうな、と容易に想像がついた。目の前の向日葵に目を向ける。屈んでいるから見上げる形になるが、ミニ向日葵という背が1メートルを超えない品種だ。雨粒がその顔に、葉に輝きを乗せている。

未だに彼女は目を瞑ったまま。この態勢で寝るのはキツくないのだろうか。その顔を真っ直ぐと覗く。
……睫毛長い。閉じていると余計にそう感じる。女子は睫毛を長くする為の化粧品があるらしいが、彼女はそれ要らずで羨ましい、と釘崎が言っていたことを思い出した。
艶やかな黒髪に落とす天使の輪っか。そこに、何処から付けてきたのか水の粒が落ちている。向日葵とお揃いだ。
………可愛い。顔が自然と緩む。


「ん、……んん〜」


手を伸ばして触れようとした時。動いた頭で雨粒は滑り落ちた。ぎゅっと瞑った目がゆっくり開く。二度の瞬き。


「んー……んぅ…とげ?」
「しゃけ」


寝惚けたような声と視線にとりあえず肯定で返す。すぅ、と再び落ちる瞼。あれ、また寝ちゃう?


「………………え?棘?」
「しゃけ」


がばっと上げた顔でなまえは、その大きい瞳をぱちぱちして狗巻を見据えた。そのくるくる変わる表情を見ているのがとても面白くて、楽しくて。


「あれ?なんで………、え、どうしたの?」
「ツナマヨ」
「あ、うん…おはよう…」


まだ覚醒仕切っていない頭を傾げながらなまえがゆっくりと立ち上がるのを見上げながら、狗巻も続けて腰を上げた。多分彼女の方は思ったより長くここにいたのだろう、痺れて縺れる足取り。それを思わず支えるように引き寄せる。一気に近付く顔の距離と、驚いたようななまえの表情に心臓が音を立てた。これは、見ようによっては抱き合っているように、見えてしまうのではないか。


「こ、こんぶっ」
「ううんっ。こっちこそ、ありがとう…」


照れたように伏せて笑うと、顔に長い睫毛が影を落とす。太陽は既に顔を出し、その日差しを思い切り浴びるように向日葵も大きく葉を広げていた。
あっ、と思い出したように声を上げたなまえはスマホを確認する。何やらそれを見て笑みを浮かべて、中身を見せてくれた。


「綺麗に撮れてるでしょ?」
「しゃけ」
「ほら、向日葵って太陽に向かって咲くらしいから、日が昇る前だと逆光にも左右されずに綺麗に写真撮れるんだって」


たまたま早く起きちゃっただけなんだけどね〜と、大きく伸びをする。影を一つも残すことなく撮られた向日葵は、まさに撮られる為に鎮座しているほど綺麗だった。ああ、凄いな。今朝起きた時はあれだけ目覚めが良くなかったのに、今はもうそんなこと、忘れている。


「?どうしたの?」
「…ツナ?」
「いや、何か…嬉しそうな顔してるから」


そう答えてなまえが笑う。
もし、そう見えたのなら。きっと、今日一日の始めになまえに会えたから。寝顔が見れたから。笑って、くれるから。
そう思っても言葉には出来ない。けれど、言葉にするのも勿体無いような気がした。小さく笑って、なんでもないと首を振る。そうやって伏せた頭に、なまえの小さい手が前髪を掠める。驚いて顔をあげると、悪戯っぽく笑うなまえと目が合う。


「ふふっ、棘の髪の毛がね、太陽に反射してて綺麗だったの」


向日葵みたい。
ふわっ、と目尻が下がる。
敵わないなと、そう思った。向日葵のようなのはなまえの方で。明るくて周りを照らしてくれる、彼女がいてくれるだけで元気が出る。見ていた悪夢など、忘れてしまうほどに。
向日葵みたいだ、そう言ってくれたなまえに元気を与えられる人間に、自分もなれているのだろうか。


「んーー、お腹空いたっ!今日も朝から伏黒君達と実習だもんね、いっぱい食べとかなきゃ」


朝ごはん食べに行こっ、と手を引っ張り太陽に向かって歩くなまえが眩しくて思わず目を細めた。




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