25.


頭から血を流し、想像よりだいぶ派手にやられた伏黒を連れたパンダと狗巻と合流して、医務室に訪れたなまえ達はとりあえず廊下で治療が終わるのを待っていた。


「なまえ、なんか東堂に期待されてなかったか」
「えっ、そうなのか」
「違うよやめてよ。憂太連れて来いってさ」
「あーそれこっちでも言ってたわ」
「しゃけ」
「面倒くさいよね」
「面倒くせぇよな」


そして沈黙。静けさの代わりに外では蝉が盛大に鳴いている。この五月蝿さが余計暑くさせてるといっても過言ではないと思うが、これもまた夏の風物詩。
少しでも風を取り入れようと窓際から手を出して脱力していると、外に見覚えのある人を見つけた。この地味な色合いが並ぶに敷地に、空を落としたような色の頭は遠くからでもすぐ分かる。


「霞だ」
「んー?」
「こんぶ」
「ほら、あそこ」


窓枠に入ってくるパンダにスペースを空けつつ、狗巻と顔を寄せ合って指差す方向には何やら辺りを見渡すように動く水色の頭。


「私、ちょっと行ってくるよ」
「え?」
「何か探してるみたいだし」
「まあ、こっちはもう大丈夫だしな」
「しゃけしゃけ」


うん、と頷いて窓から大きい声で彼女の名前を呼ぶと、ビクッとしてこちらを見た。身を乗り出して手を振ると気付いてくれたらしい、手を振り返してくれた。なまえは窓枠に足を掛けそのまま外へと飛び降りた。だってこっちの方が早いから。一階だから問題ない、例え上階からだったとしても結界をクッション代わりに着地出来るからどちらにしても問題はない。


「なまえ、去年交流会参加しただけだろう?良くあんなに知り合い作れるよな」
「しゃけ。すじこ」
「まあそれがアイツだろ。全員なまえみたいな奴ばっかだと平和ボケし過ぎて困るけどな」


そんな会話が背後で繰り広げられていることはなまえの耳には入っていなかった。三輪の元へ走って行く。梅雨が明けたばかりの少し湿り気を含んだ熱気が流れる。東京の夏はジメっとした暑さが定番だ、京都もそうなのだろうか。


「なまえ、久しぶりです」
「うん、久しぶり。霞もこっち来てたんだね」
「はい。学長の同行で。"も"ってことは真依には会ったんですね」
「会ったよ。もう東堂さんと何処か行っちゃったみたいだけど。全く、随分と私達の後輩を可愛がってくれたよ」


なまえが片目を瞑りながら肩を落とすと三輪は苦笑いを浮かべた。
同じ二年の京都校である三輪霞とは、去年の交流会で顔を合わせて仲良くなった。鮮やかな水色の髪と、物腰の柔らかい性格がこれもまた呪術師らしくなくなまえとも気が合ったということなのだろう。


「で、何探してたの?」
「ああ、お茶を買いたくて」


そう三輪の言葉を聞いて、こっちだよと自販機のある場所まで一緒に歩くことにした。京都校も敷地の中に自販機がある場所は一箇所しかないらしい。もっと業者増やして欲しいよねとか、夏服の制服をもう少し薄手にして欲しいとかこの前会った呪霊の話とか。普通の女子高生らしい話に混じって些からしくない話をしながら石畳を進んでいく。


「そういえば京都校にうちの補助監督の弟さんがいるって。新田くん?」
「ああ、はい。いますね、今のところ一年は彼だけなんです」
「へぇそうなんだ。じゃあ結構面倒見てるの?」
「いやぁほとんどメカ丸が見てますね。やっぱり男子は男子同士の方がいいんじゃないですか?」
「メカ丸?」


あれ同級生にそんな人いたかな、と疑問を浮かべたら三輪が教えてくれた。そういえば真希以外にも天与呪縛の術師がいると聞いたことがある。京都の彼がそうなのか、とまだ見ぬそのポップな名前に想像が膨らんだ。


「どんな人?」
「メカ丸ですか?そうですね…いい人ですよ。面倒見も良いし、色々頼み聞いてくれますし」
「へえ……」


京都校にも"良い人"と呼べる人が三輪以外にもいるのかぁ、と素朴に考えた。別に真依や東堂が悪い人とは思っていないけど、やはり仲良くを前提に付き合うのは困難そうだった。


「それより、見てください!さっき五条悟と写真撮っちゃったんですよ〜」


それより、と話題の逸れたメカ丸はさて置いて興奮する三輪が差し出してきたスマホには、少し照れながら自撮りをする三輪の隣で得意げにピースをしながら映る五条の姿。何故だろう、この笑顔に若干苛っとした。
いや三輪のように呪術師たる者、現在の呪術界のトップに君臨する五条のことを崇拝するのも分かる。しかし五条の素性、というかその性格と教師から離れた言動の数々は幾度となく不信を呼んだ。断言出来る、おそらく東京校の学生の中には五条と写真を撮って喜ぶ奴はいない。
………いや、虎杖は喜ぶかも知れないな。断言は言い過ぎたか。


「へえ〜……良かったね」
「全っ然、良かったと思ってない声!吃驚したなまえもそんな真依みたいな反応するんですね」
「それ、多分だけど褒めてないよね?」
「いやあ〜」


笑いながら頬を掻く。多少身長差がある為、なまえが少し見上げる形になる。真希と同じくらいか、もう少し低い?狗巻と同じくらいかもしれないと思いながら隣を歩く。高身長のパンツスタイルと、帯刀姿が良く似合う。そんな三輪がなまえを見ながら思い出したようにあっ、と声をあげた。


「そうだ、なまえに会ったら聞きたいことがあったんです!」
「え、何?」
「あの……」


と、言いづらそうに口吃る。ちらっと何故か一瞬周りを確認して、小さく聞こえた呟きは確かに「お金を…」と言った。まさかとは思ったが、確かにシビアな問題だし、同じ京都校の学生に相談も出来ないだろうとなまえはその真意を汲んだ。


「いいよ、いくら?」
「え?」
「京都校の人からだと借りづらいもんね。訳なら聞かないし、霞なら全然…」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「えっ?」


笑いながら制す三輪に今度はなまえが聞き返すこととなった。「違う、違いますっ」と何度も否定するものだからなまえもとんだ勘違いを侵したことを知る。ごめん…と手で顔を隠しながら謝る。


「いや、私も勘違いさせる言い方でした」
「いや、うん…。あ、で本当のところは?」
「そう!なまえはお金の稼ぎ方が詳しいって聞いて」
「何て?」


上半身を折り畳むようになまえとずいっと目を合わせる三輪の顔が近くて一歩引く。その顔はとても冗談を言っているように見えなくて至って真面目に見えた。


「こっちまで噂は流れてましたよ。なまえが儲けの修行をしてたと!」


間違っては、ない。が、大分屈折して噂は京都まで流れ着いたようだ。凄い守銭奴だと思われてたらどうしよう。しかし三輪はそんなことは思っていないように円らな瞳でなまえを見る。


「いや、……」
「分かってます!なまえが辛い修行を経て得たことを、そう簡単にとは言いません」
「いや霞?」
「でもうちも貧乏で、弟もいて私も稼がないと」


なので!とさらに一歩詰め寄るとなまえは逆にさらに一歩引く。


「どうかヒントだけでも教えてくれないかと」
「いや、待って。間違ってはないんだけど、まあ合ってもないんだけど。教えるも何も、私がやってるのは投資だよ。それに稼ぐというか、借金返してるだけだよ……」


一気に暴露する。借金、なんて大分ビターな個人的問題を、こんな形で吐くことになるとは。どこまでどういう話で京都に広がっているかは知らないが、かと言って全て真実も難しい。混ぜるのは少しの嘘と、少しの本当。


「なんか、すみません…」
「いやいや。投資も元本ないと始められないし、私はそれも借りちゃってる身だから何とも言えないんだけど」


若干の気不味い空気が流れる中、自販機へと辿り着く。日陰になるここは気休め程度の涼しさが残る。先程まで真依と言い合っていたのが嘘のようだ。


「なまえも苦労してるんですね」
「お互い様でしょ」


自販機のポケットからお茶のペットボトルが落ちる。結露を纏うような水滴が三輪の手を伝った。もう夏だねぇ、と笑いながらなまえも結局自分の分を買うことにした。


「結局さ、私達学生の術師は昇級するのが一番の近道なんだよね」
「そうなんですよねぇ」
「だから、交流会だもんね」


いくら仲良くしても、同級生でも同じ学校でも。交流会では対立することになる。皆輪になって手繋いで、など甘いことなど言ってられないのだ。こちらとて今年の交流会には色んな思いが詰められている。


「勿論。相手がなまえでも負けませんよ」
「こっちだって。楽しみにしてる」


そう笑い合っていれば、そこに呪いなんて微塵も感じない。一口飲んだお茶は乾いた喉を潤した。ただ私達は呪術師で、その端くれでもあれば他校の同級生と一度は手合わせをしたいところ。そんな楽しみは日陰以外にも涼しくなる頃まで取っておこうと思った。




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