24.


虎杖の復帰以降、なまえは人知れず伏黒達の修練と、虎杖の地下室を行き来する二重生活を送っていた。他の二年は伏黒達に付きっ切りの為、時たま姿を消すなまえに最初は疑問を抱きつつも、その頻度が高くなれば他にも何かしているんだろう、と聞かれることもなくなった。


「あり?一年ズは?」
「パシッた」
「え〜…」
「おかかぁ」


今日は伏黒と釘崎との合同実習の日。近接対策に加え、伏黒には呪具の扱い方も訓練に加えつつ日々鍛錬を続けていた。真希の言葉を聞いてパンダはすかさず「大丈夫か?」と心配そうに聞いた。どうやら今日、交流会の打ち合せをしに京都校の学長がこちらへ来ているらしい。


「私あの人苦手なんだよなぁー…」
「あのジジィ得意な奴なんていねぇだろ」


珍しく嫌そうに吐くなまえに真希が反応する。京都校の学長である楽巌寺は、宿儺の器である虎杖は勿論、未知なる加護を秘めているなまえでさえ保守派にとっては疎ましい存在扱いだ。おそらく裏では五条の計らいもあり、今のところ自由にやれているが。


「教員は立場があるけど、生徒はそうでもないよな」
「来てるって言うのか、真依が」


真希の双子の妹。なまえは去年の交流会で顔を合わせて以来だ。久しぶりに会いたいなぁ、と呑気には言える雰囲気ではとてもなかった。そんな穏やかなことではない。その不安を表すように、パンダの眉はずっとハの字に下がったままだ。


「憶測だよ。打ち合わせに生徒は関係ないからな。でもなァ………アイツら嫌がらせ大好きじゃん」
「やめてよパンダ。悪寒感じてきた」
「高菜」


同じ学校なのだから、もう少し仲良くすればいいのに。基本的に平和主義のなまえは常々そう思う。対立するのは呪霊とだけでいいだろう、と。しかし人間そう上手くは行かず、上層部や家柄同士の柵がそのまま東京校、京都校の対立へと反映される。去年乙骨と初めて参加した交流会もその関係をひしひしと感じていた。あれからもう一年かぁとその時の流れを思い返した時だった。遠くで何やら不穏な音がする。それにこの呪力は、伏黒だ。加えて京都から一番の厄介人が来ていることも理解した。隣で真希が大きく舌打ちした。


「ほらぁ!パンダがあんなこと言うからっ」
「なんだよー言う通りだったろ?って話だろ」
「ぐだぐだ言ってんな。パンダと棘は恵んトコ行け。なまえ、野薔薇の方行くぞ」
「はーい。じゃあ後で合流しよ。そっちも気を付けてね」
「しゃけ〜」


お互いに手を振りながら目的地に向かって走り出す。その間にもパンダ達が向かった方向では爆発音が聞こえる。随分と派手に私達の学び舎を壊してくれるじゃないか。伏黒のことも無事だと願いたいが安否が心配になってきた。が、考えるのは今向かっているもう一人の後輩のこと。


「野薔薇が簡単にやられるとは思わないけど…」
「アイツ今丸腰だろ。その割に喧嘩売るのは一丁前だからな。幾ら真依相手だとしても早く行った方がいいな」
「だね」


真希のスピードについていけば、釘崎がいるであろう高専で唯一の自販機まで後数百メートル。その距離からもう、地に伏せる釘崎に銃口を向ける真依の影が浮かび上がって見えた。引き金にかかる指の動きを見て止まるなまえの横を、風のように真希が追い越す。
なまえは真依の指先一点に集中する。銃口から発射されるゴム弾の速度、釘崎までの距離、一定のモノならば烏を捕まえるより容易いものだ。なまえは撃たれた弾が釘崎に当たる寸前で結界内に閉じ込めた。壁に囲われ行先を拒まれ暴れるように跳ねる弾も、それを破るには至らない。眉を吊り上げた真依の元には既に真希が追い付いていた。
ふぅ、と一息吐いて歩き始める。何やら真希の口が動いているが真依との会話はまだ聞こえない。それよりも未だ動かず倒れたままの釘崎が心配だ。なまえは足早に歩く。


「呪力がないよりましよ。上ばかり見てると首が痛くなるから、たまにはこうして下を見ないとね」
「真依」
「あら、なまえいたのね。小さくて見えなかったわ」
「まあ…今来たし」
「私の弾、良く止めたわね」
「私、目はいいの」


人差し指で右目を指して笑う。その横で真希は「あーやめやめ」と如何にもくだらない、と言いたげに肩を落とした。


「野薔薇!!立てるか!?」
「無理よ。しばらく起きないわ。それなりに痛めつけたもの」


そう、普通の人間なら起きられないだろう。でも舐めてもらっては困る。私達の後輩がただの一年ではないことを。図太くて頑丈で、人一倍負けん気が強い。釘崎野薔薇なのだから。


「ナイスサポート!真希さん」


真希に気を取られた真依はあっという間に釘崎に羽交い締めにされた。いつも通り口の悪い釘崎に、売り言葉に買い言葉の真依も全く折れるつもりはないらしい。しかしこの3:1の状況は、側から見たらこちらが悪者じゃない?と他人事のように俯瞰して見ていた。
そろそろ本当に落としかねない釘崎を止めようと思った時、被さる影に心の中でゲッ、と思う。思わず身構えしまうのは、昨年の交流会で吹っ飛ばされた記憶が未だ嫌な記憶として根付いているのだと知る。


「オマエと違って俺にはまだ東京に大事な用があるんだよ。
……高田ちゃんの個握がな!!」


女子達の間の空気が盛大に冷めていくのを感じた。そういえば、虎杖とも前にそんな話した時に同じような事を言っていたな。やはり一般男子高校生は、そういう性癖なのだろうかと考えて、今考えている標準が虎杖と東堂という、あまり参考にならない二人で頭の中から素早く消した。


「みょうじ」
「うぇ、あ、はい」


まさか名前を呼ばれると思っていなかったなまえの口からは頓狂な声が出た。


「今年も乙骨と出ろ。また吹っ飛ばしてやる」
「嫌です」


そんな言葉を聞き流したのか、聞こえていないのか、東堂と真依は何事もなかったかのように去って行った。その後ろ姿が見えなくなるまでずっと悪態を吐き続ける釘崎に笑う。


「………ねぇ真希さん」


釘崎を医務室へ連れて行く道中、何やら釘崎が言いづらそうに口を開いた。


「さっきの本当なの?呪力がないって」


真依との会話を聞いていたのだろうか。真希も慣れたように釘崎の問いに答える。ああ、懐かしいな。初めて真希と会った時、自分の部屋の扉を壊してしまって真希の部屋に泊まらせてもらったんだっけ。


「じゃあなんで呪術師なんか…」
「嫌がらせだよ。見下されてた私が大物術師になってみろ。家の連中、どんな面すっかな」


そう歯を見せて笑う真希は今もずっと、変わらず格好いい。自慢の同級生で、親友で。それが後輩にも伝わっていることが何よりも嬉しい。


「さっきから何にやにやしてんだよ、なまえ」
「ふふ、ううん。何でも」


照れくさそうに、俯いて首を振る。


「私は真希さん尊敬してますよっ」
「私も真希のこと大好きだよっ」
「あっそ」

「勿論なまえさんのことも大好きですっ」
「ありがと。私も野薔薇大好きだよ」
「何なんだよオマエら。気持ち悪ぃ」


釘崎と真希を挟んで笑い合う。恥ずかしそうに気味悪そうな視線を向ける真希にも御構い無しだ。
これでまた交流会までの特訓に励みが出るな、と思うとまだまだ強くなれる後輩達の余白を与えてくれた真依達に少しだけ感謝した。




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