21.


「……………死んだ?」


それはある7月の昼下がりのこと。
昨日、呪霊の調査に郊外へ向かった一年の3人。その内、例の宿儺の器である虎杖が亡くなった、という報せを今まさにパンダの口から聞かされたところだった。


「………有り得ない」


今までで酷く低い声が出た。なまえが零したその声に他の2人が見合わせると再度「有り得ないでしょ」と呟く。


「特級案件だったんでしょ?それに対して一年だけの派遣?」
「…要は虎杖を体良く消す為だったんだろ。上層部ならやり兼ねない」
「おかか」
「他の二人が巻き込まれても?」
「高菜…」


ぐっ、と握った拳に爪が食い込む痛みなど、痛みと感じないほどになまえの腑は煮え繰り返っていた。内なる怒りが沸々の沸き上がるも思考は至って冷え切っていた。
特級案件を一年に割り当てたのは計画だったのだろう。五条の呼び出しに加え、二年であるなまえ達も急遽任務に駆り出された。行ってみたら何の変哲もないただの低級呪霊で、拍子抜けした。しかしそれも全て、"虎杖暗殺"を誰も邪魔されないよう策略されたものだったと、今になって知る。


「………伏黒君達は」
「無事だと聞いてる。治療を受けて、もう高専に戻っているんじゃないか?」


同級生が亡くなったという事実を、どう受け止めているのだろう。術師をしていれば死は常に隣り合わせだ。その覚悟があったとして、仕方がないと、割り切れるだろうか。
呪いの王である"宿儺"の特級呪物の受肉体。それは呪術界を震撼させる出来事だった。それが、元の状態に戻っただけ。しかしその裏には一人の、数日前までは普通の高校生だった一人の人間の存在が確かにあったのだ。


「私、……ちょっと行って来る!」
「え?あ、オイなまえーどこに、ってもう行っちまったな」
「おかか」
「珍しく凄い怒ってたな、なまえ」
「しゃけ……高菜」
「そうだよな。恵達も、勿論俺達も同じ気持ちだよな………で、そういえば真希はどうした?」
「すじこ、明太子」
「ああ、そうか。先に恵達のところに…」


そう言い掛けたパンダはハッとこの先を予知するように息を呑んだ。


「マズイぞ!真希はまだこのことを何も知らないんだ!余計なこと言う前に止めるぞ棘!」
「しゃけ!」


そう言った2人もなまえが走り去った方とは逆へと走り始めた。


***


階段すらも一段飛ばしで向かう勢いで着いたなまえは、一呼吸置いてから目の前の扉を開く。が、思いのほか力強く開けてしまった。けたたましい音を立て壁に打つかり、跳ね返ってきた扉を慌てて抑える。恐る恐る部屋の中を覗くと、呆れた顔した家入と目が合った。


「みょうじ……静かに入れ。医務室だぞ」
「す、すみません…」


溜息を吐くその姿すら艶めかしい。だけど、今はそれに見惚れている場合ではない。


「で、何の用だ」
「……御遺体は、もう運ばれて来た?」
「……虎杖か」


察し良く発した言葉になまえは頷いた。家入は机のカルテを整理しているのか、棚とを行ったり来たりといつになく忙しなかった。何度かなまえの前を通り過ぎつつも、最初部屋に入って以降、目を合わせてくれていない。


「まだだよ。明日の昼過ぎだな」
「硝子さんが、解剖するんでしょ」
「……まあ、私しかいないしな」
「それ、私にも立ち会わせて」


書類を束ねるその手が止まる。少し考えたように間を置き、ようやくなまえと視線を合わせた家入は「駄目だ」と小さく吐き捨てるように言った。


「…………どうして?」


二年に上がってから同級生には内緒で始めたことがあった。それが家入の元へと運ばれて来る御遺体の解剖の立会いだ。一般人も、呪術師も様々な人がここに搬送されてくる。なまえは少しでも色々な知識を得たかった、自分の力を高めたかった。それが未来の自分の選択肢を増やす為なのか、他人の為なのか。
最初は家入に反対されたが、最終的には家入の手伝い、及び記録係としてならと始めさせてもらったのが今期のことだ。


「……学生の死は初めてだろう」
「でも私、会ったこと、ない………」
「それでも自分より年下の、本来後輩になるはずだった人間の解剖を見れるか?私情を挟まずに、冷静でいられるか?とてもじゃないが、血相を変えて飛んで来たお前にそれは難しいと思ってる」


感情のコントロール。それは術師としてなまえが最も得意としてきたところだ。何があっても昂ぶることはない、常に平常まで持っていける。それが今はどうだ、虎杖悠仁の死を聞いて動揺して、怒りに一瞬でも我を失いそうになった。医務室に入る前に冷静を装ったはずだったのに、そんなに分かりやすい顔をしていたのだろうか、と自分で右頬に手を当てた。


「今回、みょうじの手伝いはいい。また別の症例があれば声掛けてやるから」


肩を軽く叩いた家入の手を見つめる。
私は、何の為に呪術高専に来たのか。東京校を選んだのは、確かに狗巻に会う為だった。そうでなくても自分を見つけ出した五条と七海が当時東京校の学生だったのだから、これもまた必然と言うことだろう。


「硝子さん」


頬から手を滑らせ耳の横にかけて手櫛で髪を通す。"呪記"という術式を持ちながらも使えるのは結界術のみ、そして反転術式。そうだ、と呪術師としてのなまえの信念と改めて向き合う。


「別の症例じゃ、ダメなんだよ。"宿儺の器"なんてこの先現れない。勉強させてよ。私にも生かさせて。これ以上、学生が死ぬことがないように、少しでも現場で助けられるように」


力強い瞳だった。そうだったな、なまえは一度決めたら中々曲げないところがあることを家入も知っている。初めて反転術式を使って家入に教えてもらう時も、一緒に住む時も、二年に進級して解剖を手伝いたいと言った時も。
この曇りなき目が、余りにも自分とは懸け離れ過ぎていて真っ直ぐ見ることが出来ない。そして、それに弱い。
家入は本日何度目かの溜息を漏らし、なまえに向かって言った。


「………解剖は、明日の2時から始める。遅れるなよ」
「……!」


うん!と反して元気に返事をしたなまえは家入に笑顔を向けた。その妙に気が抜けるへらへらした顔と、人懐こさは術式云々より恐ろしい。あの冥冥すらも師として付けられるなまえの、あの気付かずにするっと懐に入ってこれる人間性にまんまと引っ掛かってしまう自分にも溜息を吐いた。




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