20.


「はい。もういいぞみょうじ」


治療を終えた家入がなまえに声をかける。ありがとうございまーす、と捲った袖を下ろした。白い腕には似つかわしい痣の跡も消え、すっかり元通りだ。やはり家入の反転術式は格が違う、と改めてその凄さに脱帽する。
4人で高専に戻った後は先に釘崎を医務室へ行かせて、終わった頃にこっそりとなまえも家入の元へ訪れた。呪霊を祓った後は腕が上がらないほどだった痛みも、帰る頃には既に肘まで上げられるくらいまで治癒していた。それでもちゃんと家入に治療してもらった方が予後がいい。
反転術式も色々で、家入のように他者にアウトプット出来る者もいれば、五条のように自身の治癒は出来るが他者には施せない者もいる。なまえもアウトプットは出来るが基本的に自身に治癒は使えない。使えない、というよりはコントロールが上手くいかない。一年の時に骨をくっ付けるのを失敗して以降、自身には使っていなかった。なまえ自身の治癒は、加護による治癒力の高さであって反転術式ではないらしい、ということはなまえを含めてもまだ判明されていないことが多かった。


「で、狗巻はどうした。お前も治療が必要か?」
「おかか」


回転椅子でなまえから机に直った家入の質問に、狗巻は首を振りながら答えた。ブラウスの袖を下ろし制服を着直したなまえも隣で立つ狗巻をちらっと見て代わりに答える。


「私の付き添いだって。ちゃんと硝子さんのところに行くか見張られてるの。全く、信用されてないんだから〜」


ね〜?と見上げても狗巻は視線を外しながらそっぽを向いた。


「ちょうどいいだろう、みょうじには」
「えー?」
「いくら治癒力が高くてもちゃんと来い」
「しゃけ。すじこ高菜」
「うわあ、棘めっちゃ得意気じゃん」
「ツナマヨ」


硝子さんのせいだよ?と後ろ指で狗巻を指すと、家入もそれを見ながら小さく口角を上げた。


「狗巻も人のこと言えないけどな」
「そうだよね?!」
「おかか…」


家入の言葉になまえも何度も肯定した。狗巻とて、自身の反動が強い呪言の使い手ながら、周りの人間の為ならそれを厭わない。等級が高い分、割り当てられる呪霊もそれなりだ。しょうがないことなのだが、帰って来た狗巻を出迎え医務室へ連れて行くまでが残った3人の仕事だと言っても過言ではない。


「そうだよ!棘だって声ガラガラなのに"大丈夫"って帰って来るじゃん!」
「おかか」
「違くないよ。こっちは心配してるのに」
「おかか。高菜、明太子」
「バレないように医務室行かれる方が心配」
「すじこ」


お互い様だと言い合うなまえと狗巻を目の前に、家入は若干呆れつつも笑いながら間に入った。


「似た者同士なんだな、お前らは」
「え?」
「いくら」


思わず狗巻と目を合わせる。似た者同士?と言われたことのない言葉に首を傾げる。


「ちゃんと自分にも優しくしてやれ。こっちは仕事なんだ、遠慮せずいつでも来い」


そう言って一口コーヒーを含んだ家入に、これから仕事をする合図だな、となまえも椅子から立ち上がる。


「じゃあお言葉に甘えて、怪我したらちゃんと来ます。ありがとう、硝子さん」
「怪我しないのが何よりだがな」
「確かに」


笑うなまえを手を軽く上げて見送った。
彼女に初めて会ったのはもう十年も前になる。五条が連れてきた、ある家の生き残りとして。6歳にして一家滅亡、おそらくそれを目にした幼きなまえは記憶の混濁に加え、一時失声症も患っていた。字が書けないという術式のせいで意思疎通が難しく、任された当時まだ学生だった家入もどうしたものかと頭を悩ませた。
色々ありつつも、呪術師としての道を歩み始めたなまえは七海に体術を教わり、中学に上がると覚醒した反転術式をモノにする為家入と一つ屋根の下暮らすことになり。彼女との付き合いは他の学生に比べそれなりに長いが、大人の家入から見たなまえは、何故だか常に生き急いでいるように見えた。それが家族を失ったからなのか、呪術師としていつ死が訪れても後悔のないようになのか。

"若人から青春を取り上げるなんて、許されていないんだよ"

そう口にした嘗ての同級生の言葉に喉を鳴らす。そうだな五条、彼らはまだ16歳。これから先、辛くも聡い掛け替えのない四年間が待っている。五条が虎杖に妙に肩入れしているように、家入自身もみょうじなまえを他の学生とは違う視点で見ているのかもしれない。
外で並んで歩く二人を見て青春だなぁと思いながらコーヒーをまた口にする。苦かったそれが少しだけ甘く感じるほどに。




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