17.


腕が掴まれている感覚はある。制服の袖に皺が深く刻まれるくらい強く絡まっている、はず。確信めいているが、不確かさがあるのには訳があった。

"呪霊の姿が見えない"

引き摺られながらおそらく"いる"であろう腕に触れようとしても何もない。呪力も感じない。
なるほど、この徘徊怨霊は"姿を消す"ことが出来るのだ。自身の姿だけじゃない、その呪力の気配すらも。これは中々どうして厄介な案件だとなまえは思った。 しかしその姿は一度目視している。釘崎の背後に現れ、"帳"へ踏み入れるその一瞬。その時は確かに呪霊の気配を感じた。だから思わず釘崎を庇ってしまったのだ。


「いい加減…っ、離して、よ!」


姿は見えずとも、例え当たらなくともいるにはいるんでしょ、となまえは地面を蹴って宙を舞う。普通の人間なら関節があるから簡単に外せるこの動きも、呪霊ならそうはいかない。と思いながらの行動だったが、意外にもそれは外すことが出来た。掴まれていた右手を軽く振る。圧が強かったせいか、袖の下には内出血の跡がくっきり付いているが良かった、折れてはない。相変わらず姿を見せない呪霊だが、どこか肌寒さを感じるような空気が伝わる。何処かへ移動してしまうことも危惧したが、術師を巻き込んだのだ、それはないだろう。

"透過"出来るこの徘徊怨霊は、いっても二級レベルだ。低級呪霊が壁をすり抜けられる能力と遜色はない。それでも、こちらの攻撃が効かないのは厄介だった。呪言があれば透過する前に動きは止められるし、式神がいれば呪霊とも対等に渡り合えるだろう。これは狗巻や伏黒が適任だったなと頭の隅で思った。
……釘崎は無事に帰っただろうか。
そう、過ぎった時だ。

再び右手から現れた呪霊のその全貌が眼に映る。節足動物のような身体に、小さく乗った頭にはいくつもの眼がこちらを凝視する。やはり、"透過"したままでは向こうも攻撃が出来ないのだ。腕に絡んだそれを、やっと掴めるようになったその触手を引き寄せるように引っ張った。が、なまえが動く前に、呪霊の口が膨らむ。引き寄せたと思っていたが、"引き寄せられていた"のだ。動きが封じられ、不味いと思った耳に入ってきたのは、低くドス効いた声。


「"芻霊呪法"ーーー」


金槌を振り上げた釘崎を呪霊の眼が一斉に向く。標的がそちらに移ったのだ。打ち付けた釘より早く、呪霊の口から吐き出されたのは無数の糸。


「釘崎さんっ!」


クッッッッソ、と吐き捨てられた言葉。相打ちを狙ったその攻撃も、釘崎の釘は呪霊を通り抜ける。代わりに自身は糸に絡まれ、床に這い蹲る形で縫い付けられてしまった。


「釘崎さん!」


再度名を呼び、釘崎の元へ駆け寄る。糸は釘崎の身体に一寸の隙間もなく張り付いていて、ちょっとやそっとで解放出来そうになかった。斬ろうとすれば釘崎の身体をも傷付けてしまうかもしれない。

やはりここで祓うべきだ。上層部や他の術師は関係ない。…いや、ちょっとは考えるが。しかし、後輩を取られてしまった今、迷うことなどない。一度考えた決意も確固として固まった。糸も、ここ山手線一帯の被害もこの呪霊を祓えば全て消える。
ジタバタ足掻く釘崎の初動の荒さに少し慄いたが、ここで彼女に傷付いてもらう訳にもいかない。


「みょうじ先輩、」
「大丈夫。やろう。ここで呪霊を祓う」


だってこれは、不測の事態でしょう?と笑うなまえの顔はこの状況を楽しんでいるかのように釘崎の目に映る。そう言って立ち上がった姿が大きく見えたのは、自分が地面に伏していたから、なのかもしれない。




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