16.


「………ここ?」


思わず釘崎はなまえに聞いた。呪霊を追ってきたのか、呪物が狙いだったのか、そういえば任務の中身を聞いていなかったが今目の前のビルからは何の気配も感じなかった。なまえも疑問に思ったのだろう、支給されたタブレットと現在地を確認しながらうーん、と唸った。


「釘崎さん。"広域徘徊怨霊"って聞いたことある?」
「徘徊、怨霊?」


呪霊の総称だろうか。少なくとも釘崎の地元では聞いたことがなかった。いや、いたのかも知れないが名前があることを知らなかったのかもしれない。なまえは釘崎の反応を見て続ける。


「その名の通り、一箇所に留まることなく色々な場所を徘徊する呪霊のことなの。最初に報告された場所は新宿。それから山手線を外回りに沿うように徘徊してたみたい。途中、銀座、六本木通って一昨日代官山で目撃されてる」


なんだか自分も考えそうな東京観光マップの周り方だな、と空気を読めないことを考えた。その徘徊怨霊が、ここ原宿のこの建物にいるということなのだろうか。再度建物を見上げるが、残穢すらも感じないただただ無機質なコンクリートの塊があるだけだった。


「………います?」


痺れを切らしてもう一度なまえに問いた。が、当のなまえも困ったように「おかしいなぁ」と呟いた。2人の術師が揃ってここには呪霊の気配はない、と判断したのだ。おそらく誤診ではないだろうと釘崎は思った。


「"窓"からの情報だと、昨夜からいるって話だったんだけど。まさか、もう移動しちゃったとか?」
「先輩は、その徘徊怨霊を祓いに来たんですか?」
「ううん。私はその呪霊を他に移動させないように結界を張りに来たの」
「え、それだけ?」


そう思わず口走ってしまってからあっ、と思った。

"みょうじなまえは呪霊を祓えない呪術師である"

そう高専に来た最初の頃に、伏黒に聞かされたことを思い出した。最初はそんな人がいるのか?と思っていたが、それを疑問とも思わせない体術的カバーがあった為、その事実を一瞬忘れてしまっていた。しかし、そんな気まずさを感じたのも釘崎だけで、なまえは気にもしない様子で「うん」と返答をした。


「もうこの任務は別の呪術師が担当に就いてるの。ただ徘徊怨霊だと移動するから厄介でしょ?補助監督だと、万が一自分を守る術がない人もいるからねえ」
「そういうこと、多いんですか?」
「私は割と。呪物の回収と封印とか」


ね?面白くないでしょう?と連れて来てくれる前の台詞を笑いながらなまえは言った。釘崎も、勿論付いてきたことに後悔など全くしていないが、確かに真希が前に言っていた"なまえにしか出来ないこと"に成る程、と一人納得する。


「その呪霊、一緒にここで祓いましょうよ」


釘崎はさも当然のようになまえに言った。しかし言われたなまえは、まさかそういった提案をされると思ってなかったのだろう。少し驚いたようだったが、あはは〜となまえは緩く笑った。


「ね〜?それが出来たら良かったんだけど。なかなか難しいんだよ」
「どうして?」
「私が依頼されたのは確保だけ、それ以上に手を出しちゃうと…まああんまり宜しくないんだよね」
「そういうもん?」
「そういうもん。結局、こういう任務で報酬や昇級の機会が増えるから、人の仕事を取るってことになっちゃう。面倒臭いでしょう?」


溜息混じりに話すなまえに釘崎も同意した。なんだそれ、祓える人が祓えばいいじゃない。第一なまえに確保だけお願いして、祓うのは別の人だなんて横着し過ぎじゃないか。だったら確保からソイツがやれよ、となんだかなまえを蔑ろにされた気がして釘崎はこの後祓いに来るだろう誰かに苛ついた。


「ま、祓う時もあるけどね。犠牲が増えてきたりとか、暴れちゃったりとか」
「それはそうね」
「そうそう。不測の事態って奴。それはもう、不可抗力だよ」


呪術界は家系の柵や上層部以外にも色んな面倒なことがあるのか、と釘崎は学んだ。自身はそんなこと洒落臭ぇと一蹴したいところだが、なまえは律儀に守ろうとしている。ただの良い子ちゃんかと思いきや、割とそうでもないらしい。真希曰く、他の2年の立場を悪くしない為だかなんだか。「アイツは根っからのお人好しなんだよ」と呆れるように呟く真希の顔を思い出す。禪院家、呪言師、パンダ。確かに個性的な2年に比べるとなまえは唯一なまともな人間にも見えた。
目線の少し下で変わらずタブレットを見るなまえの顔と、その時真希が見ていた脳裏の彼女が重なる。きっと他の2年の先輩は皆この人が好きなんだな、と思う。真希はああは言ってたが、そう呆れて見つめる瞳の奥には、確かに"愛しさ"なるものを感じた。勿論、人としての。
みょうじなまえは、他人の為に生きれる人なのだ。そう、釘崎は思った。


「……うん」


顔を上げたなまえは何かに納得するように頷いた。懐から一枚の呪符を掲げるとそれを元にみるみると建物に"帳"が覆い始めた。


「やっぱり、ここにいるんですか」
「んー分かんない」


釘崎がなまえを見ると、なまえは真っ直ぐビルを見ていた。ちょうど"帳"が地に付いたところだった。


「今までの徘徊エリアから例え移動してたとしてもそんなに遠くに行ってないと思う。"帳"は呪霊を誘き寄せる効果もあるから。加えて条件も加えたし」
「条件?」
「"一度入ったら出られない"。祓えばお終い。とりあえずは、担当呪師が来るまでこのままでいいでしょ」


タブレットをしまう動作からなまえの仕事はここまで、ということだろう。"帳"が覆った退去済みのビルは、原宿という煌びやかな表を対比する裏の顔をしている。釘崎も小さく溜息を吐いて紙袋を持ち直した、時だった。
急に現れた背後に感じる呪霊の気配に目を見張って振り返る。


「危ないっ!」


庇うように釘崎を突き飛ばしたなまえの腕に呪霊が絡む。引き摺られるように"帳"の中へ吸い込まれるなまえの名を呼んだ。


「みょうじ先輩!」
「大丈夫。大丈夫だから。釘崎さんこのまま帰って!来ちゃ、ダメだからねっ」


そう言い残した姿は既に見えなくなっていた。
帰って?そんなの出来るわけないじゃない。身を案じての言葉だったのだろうが、釘崎にその選択肢はなかった。


「これは、"不測の事態"って奴でしょ」


"帳"へ手を伸ばせば、トプッと冷んやりした感覚が纏う。呪霊が出たのなら好都合。祓うのが呪術師だ。釘崎はなまえの後を追う為、"帳"の内へと足を踏み入れた。




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