15.


「え?棘のこと?」
「はい。どんな人かな、って。前に真希さんやパンダ先輩にも聞いたんですけど」


え〜?、と原宿の路地を歩きながらなまえは考えるように少し俯いた。本当は何の任務か聞くべきだったのだろうが、なまえと2人きりで話す機会があまりない為、聞きたいことを聞いておこうと思考が急ハンドルを切った。まあ今後はもっと話す機会はあるかもしれないけど。


「ん〜善い人だよ」
「それ、真希さんもパンダ先輩も同じ事言ってました」


釘崎は狗巻棘という個人の人間性を掴み切れてなかった。真希やパンダは言わずもがな、訓練の付き合いからもその実力の高さも評していた。なまえに至っても深い付き合いはまだそんなにないが、その面倒見の良さと性格の良さが釘崎の心は打ち解けているに値する。狗巻も勿論悪い人ではないことは分かる。訓練にも同じように付き合ってくれるし。ただ、やはりコミュニケーションが取れない、は一番の理由だと思う。そうだとしても、釘崎が人間性を認める3人の先輩が"善い奴"と認めているのが狗巻棘だ。


「先輩達は、なんで狗巻先輩の言葉分かるんですか?」
「そんな、最初から分かってた訳じゃないよ」


笑いながら答えるなまえにえっ、と横を見た。「そうなんですか?」と聞けば目を細めて笑う顔はとても優しい表情だった。


「勿論。初見で分かったらエスパーでしょ」
「…確かに。じゃあ、どうして、」


なまえは笑顔が似合う、というかいつも笑っているイメージだ。ただ、それが無理して笑っているような貼り付けた表情ではなく、本当に優しい顔をする。今も、昔を思い出すような柔らかい顔をしていた。


「そうだなあ。分かるようになったというか、分かるようにしたって感じかなぁ。…分かりたかった」
「分かりたかった?」
「うん。要は受手の問題だと思うの。棘は、その…確かに語彙はおにぎりの具だけしかないんだけど、身振り手振りとか表情とかで伝えてくれようとしてくれる訳じゃない?」
「はい…」
「それを、分からないで終わらせたくなかったんだよね。彼が何を言いたくて、何を伝えてくれようとしてるのか。それを分かるようになりたくて。そう思ったら段々と分かるようになってきたって感じかな」


歩く歩幅の速度に合わせたような言い方だった。釘崎の歯に衣着せぬ物言いは、相手の信頼関係があってこそ成り立つ。誰にでもという訳ではないのだ。だから、こちらから歩み寄る姿勢というのは、どちらかと言うと苦手だ。多分、それをなまえも分かったのだろう、ちらっと釘崎を見ると小さく笑った。


「棘は優しい人だから。凄く、優しいの。……本当、ずるいんだよ」
「……ずるい?」


言い聞かせるように二回言葉にした"優しい"という表現とは正反対の形容詞に、釘崎は聞き返した。しかし、そう言ったなまえの顔を見て釘崎の女の勘が働く。目を細めて少し俯き加減に歩くなまえの頭の中には、おそらく狗巻が浮かんでいるはず。それを踏まえた今の彼女の顔は、あれ、と第六感が肯定している気がした。


「釘崎さんも、その内分かるようになるよ」
「…みょうじ先輩って、もしかして、」


そう聞こうとして止めた。そんな野暮なことは聞くもんじゃない、と理性が言う。確証は得ていないし、なまえはどちらかというと人が好きという感じがする。個人的にそういった感情は持っていないのかもしれない。不思議そうに首を傾けたなまえの仕草に可愛いな、と思いながら「なんでもないです」と返した。


「…………あ、ここかも」


暫く原宿の路地を歩いた先、どんどん人も疎らになりほとんど影すら見えなくなった。一つのビルの前でなまえは足を止めたので、釘崎も釣られて立ち止まった。そこそこ新しそうな商業ビルだった。しかし三階建の建物には、テナントが退去しており閑散としている。赤い太字で書かれた『テナント募集』の張り紙がやけに物悲しさを語っていた。




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